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『短編』スタディルーム 第2回 /全4回

 夜泣きが始まる頃も、俺は家で仕事をしていた。妻の衣江(きぬえ)は寝ていたが、夜泣きが始まるとすぐに目を覚ましあやしている。

「ごめんね、集中出来ないでしょ?」

「いや、大丈夫だよ。それに、これはあって然るべきことだよ」

「夜泣きが?」

「そう」

「うん、そうね」

 こんな会話はほとんど毎日のように行われていた。俺が集中出来なかったのは紛れもない事実だったし、そりゃ夜泣きはない方がよかった。ただそんなことは言えない。会社にいつまでも残っているのもなんだか気が休まらない。

「すぐ近くにファミレスあるじゃない?」

「ああ、あるね」

「あそこに行ったらどうかしら?きっとまだまだ毎日続くと思うの。こういうのは」

「ファミレスか」

「集中出来ない?」

「いや、そんなことない。むしろあれくらいの程よい雑音は集中力を高めるって聞いたことがあるし」

「さすがにこれじゃ、あなたが持たないよ。毎日遅くまで仕事してるのに、この子のことも気にしないといけないなんて」

そう衣江が言った。だから俺が深夜このファミレスを訪れるのは最近の日課だった。


 都心からは少し離れた場所にあるせいか、深夜ともなるとさすがに人の入りが落ち着いている。以前ここの店に休日のランチを食べに来たが、三十分くらい待ったことがあった。

 同じ店だというのに、時間帯でこんなにも違うのだ。当たり前のことだが、今皆が寝るべき時間に俺が起きて仕事をしていると思うとなんだか自分は何をやっているんだろうとふと疑問に思うことがある。

「まああんたは、パパになったばかりだから」

姉は俺にそんなことを言った。「自覚がないんだよ、自覚が」
姉の子供は五歳になっていた。つい先日見た時はまだ言葉だって上手く話せていなかったはずだが、いつのまにか俺のことを「おじさん、おじさん」とはっきり呼ぶようになっていた。

 明らかに子供と俺との時間の流れの速さは違う、と思わせた。きっと俺が資料を一枚作り上げる間に、この子は立ち上がって、言葉をいくつも覚えてしまうのだ。歳を取るということは恐ろしい。退化していくとは恐ろしい。

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