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「直感」文学 *終わりが近づいて、始まりが近づいて*

 「いつだったか……、とても綺麗な景色を見たような気がするの。ふっと沸いた光が私を包み込んでいくような……、そんな風景だったと思う。でもそれがいつの頃だったか、どうしても思い出すことが出来ないの」

 ミチルと僕は一枚の毛布にくるまりながら、その始まりを待っていた。今はまだ静寂の中に包まれたその時だけど、それはやがて暖かく迎えてくれるはずだ。

 「それも、今みたいに日の出を見た時のこと?」

 僕がそう聞き返すと、ミチルは小さく頷いた。

 「そう。……多分、まだ私はとても小さかったんだと思う。その暖かさが太陽のおかげなのか、……ううん、もしかしたらお母さんのぬくもりだったのかもしれない。とにかくそこはとても暖かくてね、私はずっとそこにいられたらいいのにって思ったの」

 冷たい空気は、その許可もなしに僕たちを包み込んでいた。体は小刻みに震えて、僕は少しの眠気を覚え、おおきなあくびを一度した。

 「眠い?ごめんね、初日の出が見たいなんて言い出して」

 「いや、いいんだ。僕だって見たいから」

 僕はそう言いながら、あくびのせいで溢れた涙を拭き取った。「初日の出を見るなんて久しぶりだよ」

 「そうなの?」

 「うん。ミチルは毎年見ているの?」

 「見てる。だけどね、その遠い記憶の思い出の中にある”暖かな朝日”を超えることはないの。確かにとても綺麗で、少しずつ光に包まれていく感覚は気持ちのいいものなのだけど、……あの時の思い程ではないの」

 ミチルの口からは白い息が溢れている。

 「そういった昔の優しい思い出ってあるよね。それでまた、それを越すことが出来なかったりするものだよ」

 「そうかしら?」

 「ああ、きっとそうなんだ」

 真っ暗だった遠くの空が、少しずつ青みを帯び、それはやがて空全体へと広がった。

 そして遠くの方で強いオレンジ色の光が、僕たち目掛けて一直線に飛んでくる。とても綺麗な初日の出だ。

 「あ、出た」

 僕は思わずそのように言葉を零した。隣にいるミチルを見ると、彼女は真っ直ぐにその太陽を見つめ、意識はその暖かな光の中に埋もれてしまっているようだった。思わず「大丈夫?」と声を掛けると、

 「……これなのかもしれない」

 と静かなに言った。

 「これ?」

 僕の手を握るミチルの手が、ぎゅっと力を込めた。

 「暖かな記憶……、もしかしたらこのことだったのかもしれない……」

 彼女は僕の肩に頭をのせて、ゆっくりと目を閉じた。

 「え?」と言う僕の言葉には反応を示さないまま。

 そこでいつまでも、抱かれているのだった。

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