落としたのはある風景の中で

『短編連載』そのソファ 第6回/全10回

「行きましょ」
しばらくしてカナは僕にそう声を掛けた。そしてそのまま僕の手を引き、店を後にした。その店を出ると、外の明かりが酷く明るく感じられ目を細めてしまう。店を後にしてすぐにカナは立ち止まる。
「私お金おろしてくる」
「え?準備してなかったのか?」
「ううん、違う。あのソファを買うの」
「は?」
「だから、あのソファを買うの。いいでしょ?」
「いや、いいでしょって。今日はダイニングテーブルを買いに来たんだろ?それにソファなんて置けないよ」
僕がそう言うと、カナは少しの間口を噤(つぐ)んだ。だけどすぐに口を開いて
「ダイニングテーブルを諦めて、ソファを置きたいの」
と言った。
「何言ってるんだよ」
「分からない。……自分でもどうしてか分からないけど、どうしてもあのソファが欲しいの」
僕たちはそうやってずっと言い合いをしていた。太陽が大きく傾くまでずっと「欲しい」「いらない」を繰り返していた。

※短編集『落としたのはある風景の中で』より
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