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長編小説『becase』 45

私と同じ経理室にいる美崎さんという女性は中村と同棲しているらしい。これは美崎さんから直接聞いた事だから間違いないだろうけど、会社ではこの二人が同棲している事を公にはしていないという。私としてはどっちでもいい事だし、関係のない話なのだけれど、なぜか、美崎さんはそんな会社で内緒にしているような話を同じ会社にいる私に言ったのだ。その理由は今でもよく分からないけど、中村にしても私に対しては同棲しているという事を隠そうともしない。前に中村が同僚と話している時に「俺は彼女いないんだよ」なんて事を言っていたのを、たまたま耳にしてしまったけど、それがどういう意味なのかという事までは理解出来なかった。こういう状況だからしょうがなくついた美崎さんに対する愛の嘘なのか、それとも、自分という人間の何かよく分からないプライドを守るための嘘なのか。いずれにしても、私にはどうでもいい事だった。
「昨日聞いたよ。大丈夫だった?」
さすがに皆が集っているエレベーターの前では美崎さんの名前は出さないようで、私は「誰に聞いたのですか?」とでも聞いてやりたい気持ちにかられたけど、そこはさすがに大人にならなくてはいけないとその言葉を踏みとどまった。そんな事を考えている内に、ようやく私の頭が機能し始めてきている。
「ええ、よく分からないけど……すぐに帰ったみたいなので」
「すぐに帰ったって……沙苗ちゃんは呑気だなー」
と言って中村はまた笑った。皮肉たっぷりの笑顔だった。
「まあでも、何もなくてよかったよ」

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