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長編小説『because』 48

「いないのか……」
彼がいない事に寂しさを感じた事は、もはや言い逃れできない事であって、否定する気もないのだけれど、なぜ、見ず知らずのしかも自分のストーカーである男に私の心を軽くさせられなくてはいけないのか、それは一向に理解する事ができそうになかった。いつもいつも同じ時間を繰り返していると、たまに起きる非日常が、たとえ自分の身に危険が及ぶ事であっても、興奮を生むのかもしれない。
 バッグから鍵を取り出し、差し込み口に入れたその時に
「あの……」
と背後でとてもありきたりな不気味な声が私の耳に届いた。私は驚き、一瞬体を震わせてからゆっくりと振り向いた。
「あの……」
いつからか、そこには昨日の彼、私をストーキングしている怪しいその彼が、俯いたまま立っていて、昨日とはうって変わって黒いスーツを着ていた。ビジネスバッグを持ち、奇麗に磨かれているのだろう真っ黒な靴が蛍光灯に照らされ光っていた。
私はそんな彼を見て笑ってしまった。
「え……」
言葉ともいえない言葉を彼は発し、私が笑っている状況だって掴めていない。
「いや、だって、スーツを着たストーカーって聞いた事ない」
自分がなぜ見ず知らずの人に、こんなに自然な言葉を発する事が出来るのだろうと考えながらも、私の口からは言葉が流れるように出てきた。もう何年も付き合いがある人同士で交わす、そのくらい自然なものだった。
「ストーカーって……」
彼も私につられて口元を緩ませていた。緩ませたままの口元でそう言った。
「だって、あなたストーカーでしょ?」
「いや……ストーカーでは……」
彼は頭を掻きむしりながらも、まだ口元を緩ませている。

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