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長編小説『becase』 38

 だから、四階に着きドアが開いた瞬間に私より先にまず彼がその階に降りた事に驚いた。私の配属しているこのフロアは経理関係のフロアで外部の人が訪れる事なんて滅多になかったし、そもそも人を受け入れるようにできていないのだ。最初私は彼が降りる階を間違えているのだろうと思い、先に彼が降りた後にボタンに目をやってみたけど、四階以外にボタンが光っていない。つまり彼は元々この階に行こうとしていたという事になる。ただ、さっきも言ったようにここのフロアは人を受け入れるようにはできていないから、エレベーターを降りてそのすぐそこが開かれた空間のオフィスになっている。おそらく皆も私同様、この会社にいる人間の存在くらいは把握しているのだろう。見知らぬ人が突然エレベーターから降りて来たものだから、皆が彼に少しの驚きと困惑の目を向けていた。小さなフロアの空気が若干淀んでしまったような、不思議な空気の匂いがした。そんな眼差しを幾人もの人から向けられ彼はさぞ居心地が悪かっただろうと思う。エレベーターを共にしたという罪悪感からなのか、そんな居心地の悪い思いをしている彼のためなのか、皆の気持ちを代弁してあげようという仕事に対する誠意なのか分からないけど、私は彼に声をかけた。

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