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長編小説『becase』 44

 半分しか食べる事のできなかった食パンをゴミ箱に放り投げ、マグカップに残っていたほとんどのコーヒーを排水口の中に流した。一口しか食べていない目玉焼きは半熟の黄身が割れ、真っ白だったお皿を黄色く染めていた。黄色く染まったお皿はそのテーブルに置いたままにして、私は自分でもいつ習得したのか分からなくなってしまった早着替えを済ませ、さっさと家を出た。あまりにも眩しい太陽に嫌みを感じながら、いつも通りの決まった道を歩き、いつもと同じ時間の電車に乗った。電車に揺られている最中も全く身が入らず、私の体は電車の思うがままに揺れて、隣に立っている中年の男性になんども当たっていた。嫌な顔をされ、少し悪いと思ったけど、それでもやっぱり身が入る事はなかった。
「おはよう」
会社に着きエレベーターを待っていると、上司の中村に声を掛けられた。企画室のある六階フロアの人間で、顔も悪くない。きっとこの会社で人気投票なんかしたら、中村が一番になるんじゃないだろうかって、そんな人だ。
「おはようございます」
会社に着いているというのに、まだ身が入らないのは社会人としてどうかと思う。そんな事は自分でも分かっている。分かっているのだから少しくらい許してくれてもいいものだ。
「沙苗ちゃんはいつも眠そうな顔してるよね」
中村は笑いながらそう言ったけど、私にはそれが皮肉に感じられたから、きっとそういう意味も込めているのだろう。
「そういえば、昨日経理に変な人が来たんだって?」
「ああ……」

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