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長編小説『becase』 42

「何が、違うの」
彼に問いかけたというよりは、独り言に近かったと思う。私の口から漏れたその言葉は、ただ純粋に何が違うのかを私自身が理解したいと思ったからであって、その答えが彼の言葉であろうと、たまたまそこを通った通行人の言葉であろうとどうでもよかった。ただ私がそれを理解したいだけだった。
 私の言葉を聞いた彼は、私の事を真っ直ぐに見つめていた。確かにまだ薄気味悪さは残っている。でも最初に家の前で見た時に感じていた怖さはもうなくなっていた。この遠いようで近いような距離がそうさせているのかもしれないし、彼と会って少しだけでも時間が経過したからかもしれない。
「いや、その……」
彼の言葉はその時に吹いた冷たい風に流され、私の耳にまで届く事はなかった。ただ、何か口を動かしたであろうという事だけを察して私は一言
「何?」
と言った。そうしてまた彼は萎縮したかと思うと、急に何かが自分を奮い立たせたようで
「あの……好きなんです!」
とまたマンション中に響き渡るような大声で言った。あれ?この人は何を言っているのだろう?と私は今確かに目の前に立っているはずの彼の姿が、急に曖昧になり、それこそ今自分がここに立っていることさえ曖昧になった。彼が言った好きだという言葉がどういう意味合いを持っているのかも分からないし、誰に向けられている言葉なのかも分からない。仮にそれが愛に関する好きだとして、仮にそれが私に向けられた言葉としたら、私はどう答えるべきだろう。答えるべき?そうじゃない、ただ自分が思っている事を素直に伝えればいいだけじゃない。でも、彼が私に対して愛の告白をしているなんて事に確証は得られない。だってここは二人だけの空間でもない屋外な訳だし、あんなに大声を出しているのだから、このマンションのどこかの部屋の誰かに対して言った言葉なのかもしれない。可能性はいくらでも考えられた。でも、自分にとって何が一番良いと感じる事のできる可能性なのかはさっぱり分からなかった。

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