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創業2年、社員18人で収益は数千万ドル。Sam Altmanが出資したAI活用のB2B決済プラットフォーム「Slope」

こんにちは!Z Venture Capitalの湯田です。

今回は、先日約$30Mの資金調達ラウンドを実施し、Open AIの共同創業者Sam Altmanも資本参加したことが発表された、B2B決済プラットフォーム「Slope」についての記事です。

なぜ取り上げたかというと、彼らの資金調達に関するリリースの中で、下記のような特徴が目に入ったためです。

  • 2021年創業で社員18名ながら、収益は数千万ドル(8桁のARR)と急成長をしている

  • B2B決済領域でAIを組み込んだサービスを早期に展開している

  • Open AIの共同創業者Sam Altmanが出資者として名を連ねている

実績もさることながら、すでに実サービスでOpen AIのGPTを取り入れており、B2B決済領域の技術開発においても先進的な企業に見えます。今回は彼らのサービスの特徴や思想を紐解き、AI時代のスタートアップのためのヒントを探りたいと思います。

記事の執筆にあたり、現在Z Venture Capitalでインターンをしているmomokaさんに調査の協力頂きました。スタートアップに関する発信を行っていますのでmomokaさんのXもフォロー頂けると幸いです。


基本情報

・設立:2021年
・本拠地:アメリカ
・総調達額:$187M
・ラウンド:シリーズA
・従業員:18人
・HP:https://slopepay.com/

Slopeの沿革

まずはSlopeの生い立ちを振り返りたいと思います。Slopeは、Lawrence Lin MurataとAlice Dengの2人が、2021年に創業したFintechスタートアップです。

創業者のプロフィール

出典:Slope / Lawrence Murata and Alice Deng, co-founders of Slope by Techcrunch

Lawrence Lin Murata
・共同創業者兼CEO、スタンフォード大学卒。社会課題解決を目的とした組織「CS+Social Good」を共同設立
・Slopeを立ち上げる前は、AIを活用して自動車の運転アシスタントを提供するスタートアップNewton Technologiesを運営(後にNautoに買収された)
・Lawrenceの家族は30年間、卸売業に従事しており、それがSlopeを立ち上げるインスピレーションとなった

Alice Deng
Slopeの共同創業者兼CPO。カリフォルニア大学バークレー校卒。社会課題解決を目的とした組織「Blueprint」を率いる
・その後、Dropboxのプロダクトマネージャーを経て、Glisten AI(YC W20)を共同設立し、CVとNLPを使用した電子商取引製品を提供
・2023年にForbes 30 Under 30リストに選出


全く違う事業アイデアでY Combinatorへ参加

LawrenceとAliceは、長年の友人としてスタートアップを共同創業しました。100以上のアイデアを検討した後、Airdeskという”オフィススペース版のAirbnb”のアイデアに可能性を見出し、2021年夏のY Combinatorに参加しています。

しかし、そのアイデアはY CombinatorのパートナーであるBrad Floraに「最低のアイデアだ」と評価されます。実際に検証を進めてみると、やはりあまりうまくいかず、AirDeskに続く様々なアイデアを探索することになりました。


Slopeの誕生

新たに5つ目のアイデアを模索していた際、Lawrenceは両親が経営するおもちゃの卸売店で働いていた際に感じたB2B決済におけるオンライン移行の難しさを思い出します。そこから100社以上の卸売業者にインタビューを行い、卸売店の「キャッシュフロー管理」「手作業によるワークフロー」に関する課題を突き止め、Slopeのビジネスモデルへの転換を果たします。

そして2021年8月、SlopeはB2B向けの「BNPL(Buy Now, Pay Later)」サービスをローンチ。企業間のオンライン決済を柔軟にするために、迅速にBNPLの承認を行うことができる決済ソリューションをAPIとして提供し始めました。

出典:Slope HP


資金調達と急速な成長

Slopeはシードラウンドで800万ドルを調達していますが、その後わずか6か月後に2,400万ドルの資金調達を行います。初期顧客として米国とメキシコのB2Bマーケットプレイスへの導入でPMFを確信したことが、早期での資金調達の後押しとなりました。この時点でまだ4人のチームでしたが、すでに2,500社以上の企業に融資を実施し、売上はMoM+121%という驚異的なスピードで成長していました。

Slopeの主要な顧客は、多数の法人を相手に取引を行うB2Bマーケットプレイスや、様々な業界の卸売業者です。今ではB2CやC2Cで当たり前となっているEコマースですが、B2Bへは浸透していませんでした。これが、コロナ禍をきっかけに加速し始めます。このような新たな潮流によって生まれた課題を捉えたことが、Slopeの成長速度を早めることとなりました。

そして、2023年9月27日にシリーズ A のCo-leadである投資家Union Square Ventures が主導するラウンドで3,000 万ドルを調達しました。このラウンドでは投資家としてOpen AIの創業者であるSam Altmanも参画し、今に至ります。

Slopeの提供するサービス

Slopeは、法人間の決済が未だアナログが故に存在する様々な障壁、特に売り手の課題を解決するために誕生したサービスです。

Slopeが解決する課題の例
・請求書や小切手、FAXを使った注文、請求のやり取り
・取引先の顧客が信用できるかわからない
・請求情報が数多くあり、管理できない

法人間決済の領域の企業と言えば、BrexやRampといったユニコーン企業を想起する方もいるかもしれません。しかしSlopeは、彼らとは少し異なるカテゴリに位置するサービスです。

ざっくりと説明すると、Brexなどの法人カード企業は、買い手に対してクレジットカードという形で信用を付与して法人間決済をオンライン化するソリューションです。これにより、買い手のキャッシュフロー改善や、社内の経費精算、支払い管理の自動化を行っています。

一方でSlopeは、売り手に対してサービスを提供します。APIまたはノーコードの請求書リンクを発行し、クレジットカードや銀行送金といったオンライン決済を導入できるようにするというのが最初のアプローチです。コアとなる価値は、買い手が柔軟な支払いができるように独自の与信システムを使ったBNPL機能にあります。この点は、Brexなどの法人カードと近いものがあります。

加えてSlopeは、請求書発行や注文管理、回収状況の可視化といった売り手側の利便性を向上する売掛金管理機能を提供し、売り手の業務を効率化するためのワークフローのデジタル化を実現しています。(なお、このような領域はB2B Checkoutと呼ばれたりもします。)

その中でもSlopeの最大の特徴の一つは、AIを活用し、与信精度の向上に率先して取り組んでいる点にあります。2023年4月には、「SlopeGPT」と呼ばれる新たな機能をリリースしました。


法人間の信用問題をAIで解決

少し話はズレますが、元々Slopeという社名はサム・アルトマンの”Hire for slope, not Y-intercept. This is actually my number one piece of life advice.”

日本語に訳すと「Y切片ではなく、傾きで雇え。これは私の人生における最大のアドバイスである。」という下記の投稿が由来になっています。

このような背景からも、SlopeはSam Altmanの考えから強いインスピレーションを得ている企業であり、Samが実現しようとしているAIを中心とした思想の影響も強く受けているであろうことが見て取れます。

さて、話を戻しましょう。

法人間決済において最も重要な課題の一つは、取引先の信用です。信用の不足(各社の信用を適切に測る手段がないことを含む)がこれまで法人間、またクロスボーダーの決済取引において障壁となってきました。

Slopeはこの問題をAIによって解決しようとしています。

例えば、信用を測る上で特に有用とされているデータの一つに、各社の銀行の取引明細があります。しかし、これまでは銀行の取引データを捕捉できたとしても、そのデータが構造化、標準化されていないため与信データに活用しきれないという課題がありました。記録されているトランザクションがそれぞれ、収益なのか、支出なのか、借入なのか、投資なのか、種類を特定し分類することが難しいためです。

従来は、辞書やキーワードデータベースとの紐づけ、その他ルールベースのアプローチを通じてトランザクションデータを分類し、記録された内容を理解してきました。しかし、このようなルールベースのアプローチでは、多種多様な取引を正確に分類するのに限界がありました。実際のところ、多くの記録は手動で確認し、カスタムルールを適用することで、ルールベースのアプローチの欠陥を補う必要がありました。しかしこれには莫大なコストがかかり、拡張性がありません。この課題に対処するため、Slopeのチームは「SlopeGPT」の開発に着手しました。

出典:SlopeGPT: The first payments risk model powered by GPT

SlopeGPT

Slopeの開発チームには、GPTのような大規模言語モデル(LLM)を組み込むことによって、

  1. 一貫性のないトランザクション記述の意味を捕捉し、

  2. クラスターが個々のビジネスに合わせて調整されることで、既存のルールベースの方法よりも正確なトランザクション分類が可能となる

という仮説がありました。

例えば、アメリカで主流の送金方法であるACH(Automated Clearing House)による流入は、同じような記録であっても、ある企業にとっては資金調達であり、ある企業にとって売上を表している場合があります。LLMは自然言語を理解し、概念と意味を捉える能力を有しているため、取引の一貫性を考慮してこれらを自動的に分類できる手段となり得るというわけです。

彼らは、18か月間にわたって収集した250万件の銀行取引に関するデータセットでGPTやGoogleのBERTなどのLLM、Levenshteinのような類似性メトリクスなどの有用性をテストしました。検証の結果、GPTを活用したモデルが、顧客の事業状態を高解像度で把握するのに最もパフォーマンスが高いモデルであることがわかりました。

このようなプロセスを経て、大規模自然言語処理モデルを活用した初の支払いリスクモデル「Slope GPT」が2023年4月に発表されました。一部はOpenAIの「GPT-3.5 Turbo」を活用し、またさらなる精度向上のために、自社独自の大規模言語モデル(LLM)の開発にも着手しています。

Slopeは、信用及びリスク管理機能を自社で開発することにこだわりを持っています。彼らは競合よりも多くのワークフローを抑える機能群を提供しており、法人間取引で発生する包括的なプロセスをカバーしています。彼らはこのようなサービス設計が、部分的な機能のみを提供する他社が見逃す可能性のあるリスク信号を検出するのに役立つと考えているためです。トランザクションと発注データの分析から定期的な支払いと異常を検出するために不可欠な機能、と述べています。

SlopeGPTのアーキテクチャは以下の通りです。詳しくはこちらの記事に解説があります。

  1. 生のトランザクションデータを取り込む

  2. トランザクションデータをGPTにフィードし、エンべディングする(自然言語情報を数値に変換し、その単語や文の意味を表現するベクトル空間に配置する)

  3. エンべディングを顧客レベルにクラスタリングする(同じ顧客からのトランザクション情報を一元化し、分析しやすくする)

  4. キャッシュフローの構成要素(売上なのか給与支払いなのか、など)を識別。また、各要素から季節性、販売傾向を生成し特徴を分析する。

  5. 生成された特徴を他のリスクの特徴と結合し、支払いリスク判定モデルへインプットする

  6. 支払いリスク判定モデルが、生成された特徴量を使用して顧客のリスクを評価し、最終的な意思決定のための判断ベクトル(支払い承認/却下、金額設定やその理由など)を生成する

出典:SlopeGPT: The first payments risk model powered by GPT

SlopeGPTは、既存のリスクモデルとともにすでに運用環境に導入されています。筆者の私見ですが、これはGPT発表後、金融領域におけるGPTモデルの適用という意味では世界でも最も早い例の一つだと考えています。

また彼らはSlopeGPTに基づくリアルタイムアラートシステムも構築しています。具体的には、すでに以下のような顧客指標をリアルタイムに追跡できる仕組みを稼働しているとのことです。

  • 企業のキャッシュフロー源の安定性

  • 資金源の条件付き再発生確率とその期待値

  • 企業運営の転換点などの異常検出(キャッシュフローが発生すると予想されながら発生しない場合にアラートを出すなど)

最後に

法人間決済市場における競争は日々激化しており、差別化と市場シェア拡大が急務となっています。Slopeも例外ではありません。特にSlopeGPTなどのAIモデルは学習に大規模なデータセットが必要となり、そのデータ品質や正確性も重要です。そのため、今後いかにより多くの顧客から質の良いデータを継続して収集していけるかという点が競争優位を維持する上での鍵となります。

その中でSlopeの強みは、支払いプロセス全体に対応する包括的なサービス提供にあります。これによって顧客のデータを複合的に捉えることができています。AIがサービスに組み込まれる時代には、収集するデータ接点を考慮したサービス設計が重要になるでしょう。

また、GPTなど既存のLLMを積極的に導入してAI技術にレバレッジをかけ、少人数でのサービス運営を実現している点は、これからのスタートアップ企業にとって参考になる姿勢だと感じました。テクノロジーに最大限レバレッジをかけて急成長を実現できる点は、フィンテック企業のダイナミクスだと改めて思います。

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今回の記事は以下の記事を参照しています。詳細はこちら↓から見てみてください。

参考:

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