「自分のために料理ができない」という6人が3ヶ月で変わったこと
「自分のために、料理を作る」をテーマにしたドキュメンタリー本を制作し始めて4ヶ月が経ちました。この本は以前noteで「自分のために、料理が作れない」と感じている参加者を募集し、その方たちにオンラインでのパーソナルレッスンを通じて、料理の実践や意識にどのような変化があるかを観察し、変化の様子をまとめる本邦初(?)「料理実践ドキュメンタリー本」です。
この本を作ろうと思った経緯は上記のnoteにくわしく書きましたが、この本を作る一番動機になったのは次のことです。
本書は今年中には出版予定で、今回はその途中経過を書いてみたいと思います。
次のような方々にぜひ読んでいただけたらと思います。
・自分のために料理ができないと感じている方
・料理について、日々考えをめぐらせている方
・家事とケアについて関心がある方
・料理の仕事に携わっている方
メンバー紹介
当初5名の枠でしたが想像以上のご応募をいただき、特に気になる方に面談を実施したのちに6名のメンバーに決定しました。20〜60代の6名で、男性1名、女性が5名。一人暮らしが3名、家族と同居が3名です。以下、参加者の受講動機の文章をもとに私が適宜編集してメンバー紹介をしていきます。
Aさん(30代・女性・子2人、夫と同居)
毎食の料理を担当しているが、何百回も作った料理でもレシピがないと作れない。常に料理が億劫で、子供たちや夫は好反応をしてくれるが自分の料理を心の底からおいしいと思えたことがない。今回の講座を通じて、料理と仲良くなりたい。
Bさん(30代・女性・夫と同居)
パートナーと暮らしを始めたら料理をするようになると思っていたが、いまだに料理できていない。「女性はごはんを作る」という価値観を全く求めないパートナーに感謝しつつ、自分の心のなかにある理想との乖離に、日々チクチクと罪悪感が募っている。 できれば健やかに楽しく、呼吸するように料理をしたい。
Cさん(30代・男性・妻と同居)
炊事は好きで、日頃は妻のために夕食を作っている。しかし、妻が不在の日や、自分ひとりでテレワークしている日の昼などは、ほぼ炊事をする気にならない。自分のなかで何が違うのか、なぜ自分のためには気が向かないのか知りたい。ひとりで食べるってどういうことなのだろう、楽しんで食べるってどういうことなのだろう、そんなことを考えるヒントになるとよいなと期待している。
Dさん(20代・女性・一人暮らし)
管理栄養士の資格を持ち職場で大量調理の仕事をしているが、家ではほぼ調理をしない。外食するわけでもなく、ゆで卵を食べたり、鯖の水煮缶を食べたりしてお腹を満たす日々。けれど実家にいる頃はクックパッドを見て母親の好きそうな料理を作っていた。一人暮らしを始めてからは自分のために何かするのが億劫で、食べることが好きなのに、いつも寂しい。この企画を通じて、自分のために料理できるようになり、自分で自分を幸せにしたい。
Eさん(30代・女性・一人暮らし)
健康的な生活を送りたいと思うが、どうしても忙しさを理由にして料理が億劫になることが多い。30代半ばは、食と健康を意識し始める年齢だと思い、食の充実が精神面に及ぼす影響もすごくあると感じる。 ただそう思ってはいるけれど、外食やコンビニ、インスタント食品に頼ってしまいがち。そんな自分の「心の変化」を観察してみたいと思う。病院に躁鬱と診断されているが、料理が何かそこから抜け出すヒントになるのではと感じている。
Fさん(60代・女性・一人暮らし)
娘にすすめられて応募した。自分のために作ることががよく分からない。変わらなくても良いと思いつつ、たぶん心のどこかで変わりたいとも思っている。①60代を独りで生きていくための自信が欲しい。②主人への冥土の土産が欲しい。③高血圧もちなので体を気遣う習慣をつけたい。④来年の3月の還暦に家族写真を撮ろうと言われたので、自分に自信をもって写りたい。
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今回参加してもらうメンバー以外にも、本当にさまざまな理由で「自分のために料理ができない」という状況が発生し、今の状況を変えたいと思っていることが私は希望だと感じました。
どんなレッスンを行っているのか
6名それぞれに対して、月に一回2時間ほどのパーソナレッスンを3ヶ月間行いました。1回目と3回目は主に調理のレッスンを行い、2回目は料理を学んだことでどのような変化があったかを対話する時間をプロジェクトに参加してくださっている精神科医の星野概念さんとともに過ごしました。また、参加者はワードや私へのDMなど各々好きな形で料理している際に感じたことや考えたことを記録してもらうようにしました。
この記事を公開した時点では、4名は全てのレッスンを終え、2名は3回目のレッスンを控えている状態です。
どのような変化があったのか
たった3回(6時間)のレッスンですが、参加者は各々のペースで自分のために心地よく料理できるように変化していっているのか感じ取れます。
調理の「なぜ」がわかると、他の料理にも応用できる
仕事のスキルアップや英会話などはお金を払って学ぶことが多いですが、家事はなんとなくでできるから自分独自の方法でやっている方が多いのではないでしょうか。料理はレシピがあり、それに沿ってやれば出来上がりは人によって違えど全く何も作れないことはないと思います。でも、なぜこの調味料を使うのか、なぜこの切り方なのかを説明してくれるレシピは少ないです(それを書いていると長くなって読んでもらいづらいから)。
レッスンでは、逐一野菜の切り方や調味料の意味と入れる順番など、「そうする理由」を説明して行いました。そうすると、今までなぜそうしていたのかがわかって、スッキリと腹落ちした様子です。「肉に酒を振るのは臭み抜きと風味づけのため」と生姜焼きで学んだことを、蒸し鶏で実践するなど変化を感じました。
億劫なことはやらなくていい
レッスンの初回は「初めて料理を学ぶ気持ちで聞いてください」とお伝えしています。私の料理は野菜の皮はほぼ剥きません。私が作るだいたいの料理は食材をフライパンに入れてから火をつけるので、切った野菜を入れる場所を作らなくても大丈夫。豚バラ肉などはキッチンバサミで切ると、まな板と包丁を洗わないでよくてラク。億劫になることを省くことで、「え、これもしなくていいの?」と肩の力が抜けていくのを感じました。億劫はことはしなくていいように工夫すればもっと料理はラクにできます。カット野菜を買うことだって方法の一つです。それは手抜きではありませんよ、と伝えました。
料理に正しさはない。もっと日々の食べているものを肯定しよう
参加者の一人が、レッスン最終回で「このレッスンは、料理できない私が料理ができるようになるプロセスだと思っていましたが、違いました。山口さんが教えてくれたような、野菜のサラダや肉や野菜を焼いただけのような、本当になんてことない日々の料理が、十分に料理していることになるんだと肯定してもらえるプロセスでした。私が料理だと思っていたものは、常に栄養バランスが考えられていて何品も並んだ立派なものだったようです」と話してくれました。なんだ、料理しているじゃない!と思わず笑ってしまいました。
誰から見られていなくても、自分の食べるものを作っていることは自分の心と身体をケアするとても大切な営みだと思います。料理家の私だって、完璧じゃありません。昨日焼いた焼き魚と茹でた野菜だけという献立にもならないような食事の日があります。誰かに見せる理由がないので、SNSにはあげません。だからSNSに上がってくるのは、言ってみれば「薄化粧の料理以上のもの」です。パジャマで電車に乗る人が(たぶん)いないように、「すっぴんの料理」は誰もアップしたいと思わないのではないでしょうか。でもそれで全然いいんです。正しい食卓や料理はありません。自分がこれでいいと思えるなら、それでいいんです。
自分の中の小さな自分に「何が食べたい?」と聞いてみよう
「自分のために作るのがもったいなく感じる。頑張って作っても食べるのが自分しかいないと虚しい」という参加者が数名いました。彼らに提案してみたのは、自分の中にいるもう一人の自分(幼い自分のイメージ)に「何が食べたい?」と聞いてみること。これ、実は私もよくやっていることです。
朝起きて、自分に食べたいものを聞いて、その時の気分で作ってみるとすごく気持ちにフィットした食事ができて満足度が高いのです。一人だけど、もう一人の自分がいると思うと一人じゃない。参加者の一人はこの質問で「自分はどうやら目玉焼きをプラスすることでテンションが上がるらしい」と気づいたそう。自分に食べたいものを聞くこと、ぜひやってみて欲しいです。
自炊について話す機会の必要性
メンバー選定のための面談の翌日、その方からメールをいただきました。
面談を受けた他の方からも同じようなメールが届きました。
二通目のメールをくださった方が作っている料理の写真を見せてくださいました。なんとおいしそうな!
レッスンではもちろん料理を教えましたが、何よりも「料理ってなんだろう、なぜするんだろう」という話をたくさんしました。日々「なぜ洗濯や掃除をするのか」となかなか考えないように、料理が当たり前になると多少辛くても、面白くなくてもやり過ごせてしまいます。だから、自分が今料理について何を感じているのかを言語化して誰かに話す機会はかなり人を変えるのだと感じています。何でもない日の、誰かに喋ったこともない普通のご飯の話はもっと話題にされるべきですね。
小さな「やったー!」を積み重ねよう
料理の好きなところは、自分で考えたことを実践してすぐ成果が出るところです。何か味が足りないなと思った時、ナンプラーをちょい足ししてばっちり風味と味が決まった時「やった〜!」と心の中で小さなガッツポーズをします。たまに「私天才だな〜〜!」と口に出して言っています。
料理は作って食べることの繰り返しです。その中で、野菜がきれいに切れた、おいしく煮えたなど小さな「やったー!」を積み重ねられることが、いつか自分を支える"何か"に変わっていってくれるのだと感じています。誰かに頼らなくても、誰かが認めてくれなくても、自分で自分を肯定できることはそうたくさんありません。
参加者はこの「やったー!」を感じ、味わって食べることで、自炊が心地よく感じられているように見えます。「やったー!ポイント」が溜まっていくとちょっと嫌なことがあっても「まあいいか。」と思えたりするのが不思議です。この自己完結型の喜びがあることは料理は、あるいは家事の特徴であり、いいところだと思います。ただの作業だと思って素通りしてしまえば気づかない、食材の美しさや良い香り、炒める音などのヒーリング効果は抜群だと感じています。
話されていない話題がたくさんある(私の気づき)
おいしいレシピやおすすめの調味料・調理道具、調理のちょっとしたコツや、時短方法など、料理まわりで話題になることはけっこう定番化されています。でも、料理する人が日々感じていてまだ話題にされていないことはたくさんあります。なぜ今日はこの献立にしたのか。買い物は何を基準に選んでいるのか。少しだけ残ったドレッシングをどう消費しているのか。なんとも言えない料理ができてしまった時にどう対処するのか。残った食材の保存方法や消費方法。食材はどこまで代用可能なのか。食べてくれる人のリアクションがない時、どう受け止めたらいいのか。料理にはもっともっと話されていない話題を取り上げべきだと感じました。
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参加者との対話を通じて、自分のために料理をすることは最高のセルフケアであり、意味のあることだと改めて感じました。私は「自炊=自分の身体と心を世話して、生きていく自信をちょっとずつ積み上げる営み」だと思っています。料理というと、どうしても出来上がった食べ物に目が行きがちですが、「作るプロセス」にこそ魅力があります。私のこれから進むべき道を照らしてもらうような体験になりました。具体的なレッスン内容やレシピ、変化の様子は今年の後半に出版される本を楽しみにしておいていただけるととても嬉しいです。
この記事を読んだみなさんへ。自炊を取り巻く話題でどんなことを知りたいか、聞いてみたいか、ぜひツイートやコメントで教えてもらえると幸いです。
みなさんのサポートが励みになります。 「おいしい」の入り口を開拓すべく、精進します!