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平凡でいることが一番難しいのかもしれない。平凡でいるための努力が必要。

私の言葉じゃありません。私こんなこと言えない。

Tverで「恋を何年休んでますか」というドラマが配信されている。2001年放送とあったので、20年以上前の作品。当時高校生だった自分にものすごい刺さった作品である。最近で言う、昼顔とか恋する母たちに似たような、不倫を女性側から描いたドラマである。

ごく普通の主婦が心に密かに抱えている、生活への悩み・不満・鬱憤、そして「恋をしたい」というあこがれや困難を浮き彫りにし、現代女性の生き方を描く。主要キャストは小泉今日子・飯島直子・黒木瞳という人気女優3人。有子(小泉)は二人の子供を持つ専業主婦。まゆみ(飯島)は美容師という仕事を持った子供がいない主婦。そしてもう一人、咲子(黒木)は単身赴任の夫の留守を娘と二人で守る主婦。この3人の主婦を通してストーリーが展開していく。

恋を何年休んでますか 公式HP

キョンキョンが昔から好きで、このドラマでの長い髪をハーフアップしている姿が印象的で、昔の恋人役の宮沢和史とのシーンは今でも覚えてるなぁと思いながら観ている。キョンキョンて、かわいいけどちゃんと年を重ねてる感じがいい。

日本の夫婦の在り方って昔から変わらないんだなぁと思った。結婚て子どもができたら女から母親になり、夫とは恋人ではなく家族になる。それが別に悪いことではないのだろうけど、夫と妻の間に恋愛がなくなるというのは普通なのかなと改めて思った。

今でも忘れられないセリフの一つ、夫役の仲村トオルが奥さん役のキョンキョンに「俺は君のお父さんじゃないよ」と言う。パパ、パパと奥さんに呼ばれる旦那のセリフ。そうなのよ、なぜに子どもから見てお父さんを奥さんもパパとかお父さんと呼ぶのか。引き続き名前で呼べばよくない?と思うけど、そういうものじゃないのかね。私は結婚したけど子どもを持っていないのでよく分からないけど、違和感はある。他の国ではあんまりないのではと思う。

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私は不倫ドラマが好きだ。当たり前だが不倫自体は好きじゃないし、正当化して楽しんでる方は理解できない。ドラマとして描かれた時、シリアスな感じでもギャグな感じでも、心の葛藤はやっぱり観ていて面白いから。作り物だからこそ楽しめると思っている。

今回、この「恋を何年休んでますか」を改めて観てみて、不倫ドラマが好きな別の理由が分かった気がする。

私は不倫相手の子どもである。父は別で家庭があり、母は不倫相手であり、妊娠して結婚することなく私を産んだ。それで子どもの頃から母親を見ていて常々思っていたのが「この人には私(娘)しかいない」のだということ。そして「この人はもう恋愛しないのか」ということ。大人になって思うのが、これらはとても不幸だということ。

だからなのか、結婚してもシングルマザーでも恋愛している女性を描くドラマは観ていて何かしらの希望を与えてくれていたのかも。実生活で不倫してる人たちは受け入れがたいが(自分の親がそうだけど)、ドラマならある程度客観的に見れるから。このドラマをリアルタイムで観てた時、母親は私を産んでから誰かを好きになったことはあるのかと考えたことをふと思い出した。

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最近、契約結婚とか夫婦間同意のもとの婚外恋愛が存在するみたいで、実際にそれをやってる人の話はとても興味深い。誰も騙してないし、コソコソする必要がない。そして日本にとても合う結婚の在り方ではないかと思う。結婚して子どもができたら関係性が変わってしまう人たちにとって現実的なオプションだと思う。問題がない夫婦であればそのままでよいと思うけど、うまくいかないとき、子どものために離婚しない(この考えは違うと思いつつ)とか理由があるなら、同意のもとの婚外恋愛としたらいいのではと。

ドラマの中でキョンキョンが「平凡でいることが一番難しいのかもしれない」と言っていて、それはつまり、結婚して子どもができても男女の関係が続いて幸せであり続けることって難しいことなんだと。そして平凡でい続けるための努力とは、子どものことや配偶者のことを理由に言い訳せずにお互いで関係性を作っていく努力をすることなんだろうなと。

あ、珍しくちょいきれいごと書いちゃったかもしれん。でも一つ自分の中でぼんやりしていたものが、ちゃんと繋がった気がした。

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