ダブルスタンダードは悪なのか

場合によっては完全に悪になることもあると思うけど、基本的には悪とは言えないと私は思っている。なぜか。人間の感情には筋なんかあんま関係ないからだ。筋とか、理論とか、そういうものは実在しない。認識する人間がいるだけだ。しかし、感情は明確に実在している。なんならお薬で作り出すこともできる。もちろん筋や理論や論理は大事だ。法治国家はそれがなければ成り立たないだろう。しかし、ダブルスタンダードは多分悪ではない。「悪」とは、無い方が良いもののことを一般的に言うと思う。ダブルスタンダードはしょうもなく「在る」ものなのだと思う。それに有った方が良いことも多いと思うのだ。

これは自分で気づいたり言語化したことではなくて、小熊英二の『<民主>と<愛国>』の中のどこかで(何かの引用かもしれない)そんなようなことが書いてあったと思うことなのだが、人間はある時には正しかったり、善人だったり、優しかったりすることがあるし、同じ人がある時には間違っていたり悪人だったり愚かだったりするみたいな、そういうことがある。

そして、人間の相反するとされるような感情は、たいてい一人の人間の中で、一つの対象についてでさえも、共存できるものだ。楽しいと悲しいも、美しいと醜いも、可愛いと恐ろしいも、愛しいと憎たらしいも、同時に存在し得る。どちらかがあればどちらかがありえない、ということは、大抵無い。言い切れない。

そういう筋の通らないことが普通、であるのが人間だと思う。

さらに、人間が自分の言動や行動をどれだけ覚えていられるか、どれだけ筋を通そうと気を付けていられるか、ということには、それぞれ人によって限界がある。ある人が、この時にはこっちの評価基準、次の時にはまた違った評価基準で、一見フェアじゃない判断をしたとする。つまりダブルスタンダードで不公平な判断をしたとき、非難するならその不公平な判断自体を非難するしかない。しかし、何か問題があって、それを解決したいときには、なぜそのような判断をしたのかという何か具体的・感情的な背景を理解しないことには、解決に向かうのは難しいのではないか。その時に注目されるべきなのは、筋が通っていないこと自体ではなくて、その時々で違う評価基準を使うことになった理由だと思う。そこには必ずその人の「感情」が影響しているはずだ。まあ、それをやるには「ゲスパー」しないように、丁寧にその人にききとりをしなければならないのだが。

これがダブルスタンダードがあることはしょうがない理由と、それに対する対応(?)

次が、ダブルスタンダードがあった方がいい場合。

子供の頃の自分が一番理解できていなかったと思う重要なことの一つに、現実の社会で規則を設定して何かを運用するときには、明確にせず、曖昧なままにしておかなければならないことがたくさんある、ということが挙げられる。つい先日も子供の登校班や下校班の話をご近所のママさんとしていた。こんなもん、ルールを厳密に布いてそれを厳密に適用するとか、無理なのである。

小さい頃は、そんなの、もっとしっかりしたルールを決めればいいだけじゃないか、みたいに思っただろう。なんでも明確にしたい。明確なルールに沿って、自分を明確に正しい状態にしておきたい。これがいかにもお子様的なのだと理解できたのはずいぶん大きくなってからだった。大人でもあんまりよくわかってない人がいるけれど、多分現実の複雑さに直面したり、それを運用する側になったりしたことが無いのだと思う。「机上の空論」とはよく言ったものだが、現実のマジでエグめのケースバイケースに直面してみるのが一番効果的なのだと思う。

ルールを守ることは大事なことだ。しかし、ルールを厳密に守っていたら解決できない問題、しかも、とにかく対応し切ることが重要である問題はたくさん存在している。

なので、現実的な対応としては、メインのスタンダードがあって、例外的に適用しているごにょごにょスタンダードが存在できる余地がある、みたいなことが適切な場合が多いのではないか。これもいろんな話をごっちゃごちゃにしている話であることは自覚しているけれど、言葉とか筋だけで、ダブスタだ!それだけでこいつの言う事には価値が無い!みたいなのはちょっと違う場合も多いと思う。その人の説得力がなくなるのは仕方がない。ただ、その人がそういう判断と発言をした背景は、一つのサンプルとして意味があるということだ。

多分、判断を明確にすることと監視を緩めることはセットになっている。判断を曖昧にすることと、取りこぼしがないようにすることもセットになっているのかも。そうか。なんか公共の福祉とか、そういうのは後者の属性なのかもな。いや、まあ厳密に明確なルールとその適用が必要な場合ももちろんあるとは思うけどさ。考える時の要素としては判断の明確さと監視の厳密さはありな可能性がある気がしてきた。。。あんまりしっかり考えられてないけれど、ちょっと思ったので書いておいた。なんか最近、ケースバイケースみたいな話ばっかり考えているな。

以上です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?