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ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #4:もっと食べたい

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私に体が弱く学校にいけない、ということにしている、ですけど、とにかく事情を抱えた娘がいることは、親しくなってすぐにデイビッドに伝えていました。
それでも彼は構わないと言ってくれました。
私もそんなデイビッドを愛していました。

彼を休日に家に招き、ソフィアに会わせたこともあります。
デイビッドは持ち前の気さくさでソフィアを笑わせようとしてくれましたし、父親を知らないソフィアは、はにかむようにしながらも、彼と親しくなりたいように見えました。

その様子を見て私は、もし彼と結婚して、三人で親子として暮らせたらどんなに良いだろうと思いました。
でも、そんな想像は戯れだと良くわかっていました。

だって、デイビッド、私の娘のソフィアは食事をしない代わりに私の血を飲むの、髪も延びないし成長もしない、何故なら一度死んで悪魔に蘇らせてもらったから、なんて、そんなこと言えるわけありません。
一緒に暮らす上で隠し通せるとも思えません。

だから、私はそのままの関係に満足して......いや、違いますね。
満足できなかったけど考えないようにしていたんです。
私は狡い女です。
デイビッドの気持ちをもっとよく考え、受け入れられないなら私から別れを切り出すべきだったんです。

でも私は、デイビッドへの愛も、ソフィアへの愛も、どちらも手放したくなかったんです。

そして、あの日が来ました。

あの日、仕事が終わって、デイビッドが車で私を家まで送ってくれました。
家の前につくと、私が車から降りる前にデイビッドが言いました。
「ハンナ、僕は君とソフィアのことが大好きだ。君たちをずっと守っていきたいと考えてる」
「あら、いきなり何を言うのよ?」
薄々何を言われるか予想できていたのに、私は思いがけないふりをして返しました。
「結婚しよう」
そう彼に言われ、やはり、と思いました。
そして緊張で心臓が早鐘のように打ちました。
いずれこうなることは解っていたのに、私には全く覚悟ができていなかったんです。
彼との心地よい関係と甘い夢想に耽溺しながら、私は現実から目をそらし続けていました。
「デイビッド、私は...貴方のことがとても好きだけど、娘のこともあるし...今の貴方との関係に満足してるから、これ以上望むことなんてないの。だからもう少しこのままでいたいわ」
そう答えを先延ばしにするようなことを言うのが精一杯でした。
「僕は、満足していないよ。君を愛してる。さっきも言ったけど、君たちを一生守っていく覚悟はできてる。君たちと家族になりたいんだ」
そして言葉を探すようにしばし押し黙りました。
その時の彼の目は、何かに臆してるようにも見えましたが、やがて意を決したように話し始めました。
「家に帰ったとき、君とソフィアがいて、僕を笑顔で迎えてくれたらと毎日考える。
もう僕1人しかいない家に帰りたくはないんだ。
君たちと出会ってから、僕はそれまで平気だった孤独に耐えられなくなってしまった」
デイビッドの言葉は、私がソフィアを亡くし、独りになった時に感じたことそのものでした。

気がつくと私は泣いていました。

それを見たデイビッドはあわてて私に謝りました。
「すまない、君の気持ちも考えず、僕の身勝手な気持ちを一方的に押しつけてしまった。
でも、一度考えてみてくれないかな...?」

そうしてデイビッドは去り、私は家に帰りました。

ソフィアはいつものように笑顔で迎えてくれました。
しかし私は、その心遣いに気をやる余裕もなく、彼女への対応もそこそこに、シャワーも浴びず、着替えすらせずにベッドに横になるくらい憔悴していました。

頭の中ではデイビッドに言われたことがぐるぐると巡っています。
彼の願いと、彼の孤独。
彼の願いを拒絶することは、かつての自分を見捨てることのように思えて、あの日覚えた寂しさとやるせなさ、そして罪悪感が私を苛みました。

応えられない愛情だと解っていたのに何故ここまで関係を深めてしまったのか?
彼と会うのが7年間の誓約が終わった後だったなら?
あるいは悪魔と契約するより早かったなら?
目を閉じると、あの悪魔の青白い炎と、それが私の周りを巡ってできた炎の輪が見えるような気がしました。
そして思いました、いっそソフィアが居なかったなら、と。

そこで私は、ソフィアにまだ血を与えていないことを思い出しました。

しかし、何もかも億劫だった私は、明日の朝に忘れなければ良いと思いそのまま深く眠ってしまいました。

目覚まし時計のアラームに覚醒できないくらい深く...。

朝起きてすぐ寝すぎたことに気づきました。
時計を見ると午前7時を過ぎています。
ソフィアに最後に血を与えてから、1日以上の時間がたっていました。

血の気が引きました。

私は大慌てで部屋を飛び出し、震え縺れる足でソフィアの姿を探しました。
リヴィングにもキッチンにもソフィアはいません。
彼女の部屋へノックもせずに飛び込みました。

すると彼女は床にぺたんと座ってにっこりと笑い「おはようママ!」と元気良く言いました。

口の周りや金髪をべったりと血で汚しながら。

その血塗れの両手は、頭の無くなった飼い猫チップの死体を握りしめていました。

「とてもお腹が空いたの」

ソフィアはそう言って、サファイアのようにきらめく、深い緑の目で私を見ました。

私は悲鳴をあげ腰を抜かしました。
ソフィアはきょとんとした顔をしています。

チップの体は見るも無惨な有り様で、ソフィアの柔らかそうな指と白く小さい歯で引き裂けるとはとても思えません。

しかし、ソフィアの両腕は引っ掻き傷だらけで、顔には血と、肉片や猫の毛がこびりついています。

ソフィアがチップを殺して食べたんだと確信しました。

それから私は彼女を問い質そうとしましたが、何を言っても私が憔悴している理由が解らないようでした。

まるでシリアルを食べたかのような軽さで
「だってお腹が空いたから」
を繰り返すだけです。

私が問い詰めるのを諦めた頃、彼女は言いました。

「もっと食べたいの」

その後、私の血を与えようとしましたが、彼女はもうそれを受けつけませんでした。

5章へ続く

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