見出し画像

ハンナ・ハモンドが臨終における告解で述べた奇妙な話 #3:負債

前章

........................。

はい?

ああ、ごめんなさい、神父様。
少しぼうっとしておりました。
こんなに話し続けるのは初めてなんですもの。
休憩は必要ありませんわ。続けさせてください。

私はソフィアを取り戻して、それからすぐ、誰も知り合いのいない、遠くの街へ引っ越しました。
安い賃貸の家を見つけて、病弱で学校にいけない娘を抱えるシングルマザーという体で暮らし始めたんめす。
そこで私はオフィスビルの清掃作業員の仕事を見つけました。
以前のように、仕事を掛け持ちして、夜遅くまで働く必要はありません。

だって、ソフィアを学校に行かせたり、食事を取らせたりする必要は無いんですもの。
お金は私一人が生活していく分があれば十分でした。

ええ、そうです。彼女は私の血以外は何も口にしようとはしませんでした。
悪魔が言ったように、体が完全ではないせいだと私は勝手に思っていました。

そして、朝にティースプーンで私の血をソフィアに飲ませ、仕事へ行き、夕方に帰ってまた血を飲ませる、という生活が続きました。
ソフィアには病気で太陽の光をあまり浴びるべきではなく、治るまで学校には行けないのだと教えていました。
酷く、子供だましな嘘ですね。
でもあの子は素直に従ってくれました。

ソフィアは、私が家にいない日中は読書をしたり、言いつけてもいないのに掃除や洗濯などの家事をして過ごしていたようです。
彼女は事件のことを何一つ覚えておらず、生き返った直後の記憶も曖昧でした。
何もわからない娘に私はまた、我慢を強いてしまっていると思いました。

そんな時に同僚から、飼い猫が仔猫を産んだので引き取り手を探している、という話をされたんです。
そこで、少し家計に負担はかかりますが、日中にあの子が寂しくないように猫を飼おうと決めました。
昔から、あの娘が動物を飼いたがっていたことを私は知っていました。私を気遣って一度も口に出すことはありませんでしたが...。
私が猫を飼おうと提案した時の、あの娘の嬉しそうな顔と言ったら。
私は猫を飼うことにして本当に良かったと思いました。
同僚から引き取った黒い雄の仔猫を、あの子はチップと名付けてとても可愛がったものです。

周囲に秘密を抱えての生活はそれなりに大変なものでした。
でも、とても幸せでした。
家に帰るとあの娘がいるんですから。

ソフィアは、私が帰るといつも笑顔で「お帰りなさいママ」と迎えてくれます。
私は週に一度は新しい本を買ってあの子にプレゼントします。
あの娘はたくさん本を読む子でした。
夜には一緒にボードゲームをしたり、テレビや映画を観たりしました。
たまに、人通りが少ない早朝か夕方になりますが、近所の公園を散歩し様々なことを話しました。
あの子は私よりずっと植物について詳しくて、いろんな花の名前を教えてくれたんですよ。
おかげで、季節が巡って花が咲く度に、その時の記憶が蘇ります。
とても美しい記憶...。

そんな風に暮らして、2年がたちました。
でも、あの娘の身長も、髪も、一ミリだってのびなかったんです。

違和感には1年もしないうちに気づいていましたが、まだ肉体が完全ではないからだと自分に言い聞かせ気にしないようにしていました。

今思えば、私はそうやって、不穏な予感から目をそらしていたのです。

そして、ソフィアが蘇ってから2年が過ぎた頃、私は彼と...、デイビッドと親しくなりました。
彼は40代の会計士で、私が清掃作業員として働いていたビルにオフィスがありました。

彼は逞しく大柄で、とても親切で、90年代のコメディ俳優みたいに気さくで明るい雰囲気の人だったんですよ。
彼はたまに見かける程度の私に、そこにいたって誰も気にすら留めないような私に、会う度に挨拶をしてくれたんです。
あのビルでそんなことをしてくれる人は彼だけでした。

彼が、私のどこを好いてくれたのかはわかりません。
でも、私たちは少しずつ会話をするようになり、いつしかお互いのことをもっとよく知りたいと思うようになりました。

私と彼は、互いの仕事が終わる頃に待ち合わせ、私にはソフィアがいましたからそんなに長く一緒に居られませんでしたが、夕食を取ったり、彼の車でドライブをしたりして、二人の時を過ごしました。
その間、私は自分の負債を忘れられました。

負債...、望んで負ったものなのにこの言い方はありませんわね。

でも、本当に私は愚かですね、デイビッドと出会ってから、私の悪魔と取引してまで叶えた願いは、負債になってしまったんですよ。

4章へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?