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銃・病原菌・鉄の新シリーズ。金・宗教・硝石 ◆ 水曜日の湯葉72 [4/19-25]

ローラン・ビネの小説『文明交錯』が面白かった。史実では16世紀にスペイン人に滅ぼされた南米のインカ帝国が、逆にスペインを征服するという架空史である。以下ネタバレを交えつつ紹介していく。

10年ほど前にベストセラーとなったジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』は、「なぜ欧州のスペインが南米のインカ帝国を征服し、その逆は起こらなかったのか?」という疑問をもとに、人類史を紐解いていく本である。その答えはタイトルである「銃・病原菌・鉄」に集約されるわけだが、となると必然的に次の疑問がわいてくる。

「それなら、インカ側が銃・病原菌・鉄を備えていれば、大西洋を渡ってスペインを征服できたのか?」

この疑問に取り組んだのがこの小説『文明交錯』である。

まず「どうやってインカ帝国に鉄その他をもたらすか?」という点だが、これは11世紀のヴァイキングが持ち込んだことにする。史実によるとヴァイキングは大西洋を渡ってカナダあたりまで植民していたらしいのだが、本作ではさらに南下し、中南米の「雪を知らない先住民」に遭遇し、製鉄技術と家畜、さらに病原菌をもたらした、とする。

こうして500年後に渡ってきたコロンブスが見たのは、鉄を持って馬に乗り、天然痘にも免疫がある先住民、というわけである。このコロンブスから銃を奪うことで、ヨーロッパと互角に戦える文明が西半球に成立する。

とはいえ、これではまだ技術レベルは互角である。大西洋を渡れる人数はせいぜい数百人(インカを征服したピサロがそうであったように)で、ヨーロッパを征服するには全く足りない。

インカ皇帝が武器にしたのは、まずヨーロッパの政治事情。ちょうどルターの起こした宗教改革の時期で、ヨーロッパ全体が異端審問によって大きく分裂していた。さらにレコンキスタで祖国を失ったイスラム教徒や、少数派であるユダヤ教徒。誰もが「敵の敵」を求めている中で、全くの新参者であるインカ皇帝は上手いこと立ち回り、わずかな手勢で次々とスペイン王国、神聖ローマ帝国での地位を確立していく。

さらにインカ皇帝はヨーロッパの持たないものを持っていた。莫大な黄金と硝石である。史実ではこの黄金ゆえにスペインに征服されたインカだが、本作ではヨーロッパで傭兵を雇う戦力になる。また南米のチリ硝石は火薬の原料である。本国からこうした天然資源の供給を受け、若きインカ皇帝アタワルパは次々とヨーロッパ各国を征服していくが、その間に故郷ではとんでもないことが起こり……

ドラマ的な描写は薄めで、年代記形式で話がグイグイ進むので、Wikipedia で知らん国の歴史をずっと読んでる人に勧めたい小説である。インカ帝国の一夫多妻制にヘンリー8世(離婚がしたくてカトリックやめた人)が傾倒したり、コペルニクスの地動説がインカの太陽神信仰に一役買うなど、歴史ネタのストーリーへの組み込み方が見ていて惚れ惚れする。


4月19日 水

髪を切る。行きつけの理髪店では僕の仕事を説明していないので「最近暑いですね〜、GWはどっか旅行いくんですか?」「そうですね、GW終わったら行こうと思います」みたいな噛み合わない会話をする。自分の職業を知らない人と会話する機会があまりないので新鮮味がある。

「子供が巣立ったら白髪染めを止める親が多く、傍目には急に老けたように見える」という話がなかなか含蓄深かった。マリー・アントワネットは処刑前に突如として白髪になった逸話があるが、単純に白髪染めをする余裕がなくなったのかもしれない。

そのあと東京に行って竹田人造さんに会う。この日記でもやたら名前を挙げているがリアルでは初対面。編集の人と4人で飲酒。ネギ料理専門という謎の居酒屋だった。竹田さんはずっとガンダムの話をして、僕はずっとドラえもんの話をしていた。


4月20日 木

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毎週水曜20時に日記(約4000字)を公開します。仕事進捗や読書記録、創作のメモなどを書いています。…

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