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はやぶさ2の成果、および小惑星由来アミノ酸の調味料としての経済性

探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウから回収した砂にアミノ酸が含まれていた、というニュースが話題である。

本記事ではこの「アミノ酸」が何なのか、生命の起源にどう関わるのか、調味料として採掘するうま味はあるのか、といった点について解説していく。全体的にカジュアル(婉曲表現)な内容のため、真面目な話を読みたい人は JAXA の報道資料を推奨する。


アミノ酸? 何それおいしいの?(おいしい)

おそらく日常で「アミノ酸」の文字列を見る機会といえば、食品の原材料名表記だろう。さしあたって手元にある CookDo 麻婆豆腐の元を見たらちゃんと調味料(アミノ酸)が入っていた。

麻婆豆腐はアミノ酸が含まれるので実質宇宙

しかし「なるほどアミノ酸というのは調味料か、つまり小惑星には調味料が含まれているのか〜」というのは的外れである。あくまでそういう用途もある、というだけである。容疑者の自宅に肥料があったからって、爆弾の原料だと思われてはたまったものではない。

ではアミノ酸とは何なのか。報道には「生命の源」という錬金術師みたいなキャッチコピーが載っているが、これはそこまで本質を外していない(調味料に比べれば)。

人体の60%は水である、というのは皆さんご存知のとおりだが、重量比で水の次に多いのがタンパク質である。タンパク質とは要するにアミノ酸が連なったものだ。つまり人体から水を除けばほぼアミノ酸である
(他の主要成分として脂質があるが、今回は無視する。筆者もあまり脂質のことを考えたくない年頃である)

水それ自体はこれといった機能はないので、生命の「機能」っぽい部分はほぼタンパク質・アミノ酸が担っていると言っても過言ではない。そう言われればアミノ酸を「生命の源」と書いても、それほど誇大広告ではあるまい。


アミノ酸から生まれ、アミノ酸を生む命

では、そんな重要なアミノ酸は、どのようにして作られるのか?

タンパク質を構成するアミノ酸は20種類ある。このうち11種類は体内で合成できるが、残りの9種類は食品から摂取しなければならない。この9種を「必須アミノ酸」と呼ぶ。これは家庭科で習うのでご存知の方も多いだろう。

では、必須アミノ酸は誰が作っているのか? これは主に植物がアンモニアから合成している。人間はその植物を食べ、あるいは植物を食べた動物を食べることで、自身に合成できない物質を取り込むことができるわけだ。
(アンモニアは空気中の窒素から作られる。そういう細菌がいる)

ところがここで問題が発生する。地球上のアミノ酸は生命が作っている。しかし生命は(植物も含めて)すべてアミノ酸からできている。それなら地球最初のアミノ酸はどこから来たのか? いわゆる「鶏が先か、卵が先か」問題である。生命科学はだいたい何を突き詰めてもこの問題に行き当たる。


生命なしでアミノ酸を作るには?

最初のアミノ酸はどこから来たのか。これをはじめて実験的に研究したのがスタンリー・ミラーである。Wikipedia の写真がやたらキマっている科学者だ。

スタンリー・ミラー(1930-2007)

彼は1953年に「落雷でアミノ酸が生み出されたのでは?」と考え、原始地球の大気をフラスコの中に再現し、そこで放電を起こすことで、実際にアミノ酸を合成することに成功した。フラスコで生命(の元となる物質)を合成するという、ずいぶんホムンクルスじみた実験である。

ただ後になって地球化学の研究が進展し、原始大気には彼が用いたようなアンモニアやメタンは含まれてないことが明らかになってきた。このためアミノ酸がミラーの方法で生まれた可能性はかなり低い。この他に海底の熱水孔からアミノ酸が合成されるなどの報告もあるが、決着を見ていない [Huber and Wächtershäuser, 2006, 孫引き] 。

このあたりの事情はこちらの資料(日本語)に詳しい:古川善博、地球化学50, 1-9 (2016)


宇宙から来たのでは?

というわけでアミノ酸の起源は不明だが、近年注目されている説に「宇宙から来た」というものがある。困ったときの宇宙頼みかよという印象を受けるが具体的な根拠もある。地球に飛来した隕石の中にアミノ酸が含まれていたからだ。(有名なものは1969年のマーチソン隕石)

とはいえ隕石にアミノ酸が含まれていても、「地球に落ちたあとに付着したんじゃねーの?」という疑いが拭えない。なにしろ地球は生命で満ち満ちているので、そこかしこにアミノ酸があるのだ。(同位体比を調べれば、ある程度は地球由来かどうかを識別できるが)

そういうわけで、宇宙から隕石を待つという受け身ではなく「こっちから宇宙に取りに行ってやる」という攻めの姿勢を見せたのが「はやぶさ2」のサンプルリターン計画である。回収した5.4gのサンプルは一度も地球大気に触れないまま分析に回されたので、これまでの隕石サンプルと違い、地球内での汚染は最小限にとどまっていると考えられる。

そんな貴重なサンプルから、無事にアミノ酸が検出された、というのが今回のニュースである。ただ地球生命のアミノ酸が小惑星に由来するのか、というのはまた別の問題である。地球で生成するルートも研究されているのは先述のとおり。


アミノ酸の起源と生命の起源

個人的な意見を言えば、最初のアミノ酸が地球産か、それとも小惑星由来なのかは、生命の起源にとって本質的ではない。アミノ酸から生命が生まれる過程がまだまだ謎であるし、「生命の起源」と言われたらそちらを指すのが本筋だろう。

また、生命の構成物質が宇宙由来だと言われても「そりゃそうだろう、地球上の物質は全部宇宙由来なんだから」という話でもある。人体の60%は水であり、その水は地球形成時に衝突した微惑星に由来するが、だからといって「人は宇宙から来た」というのは無理がある。それが人体になったのは明らかに地球上なのだから。

生命を構成する物質(あるいは生命そのもの。パンスペルミア説の場合)が「宇宙から来た」と言ってしまうと「じゃ、宇宙ではどう誕生したんだ?」と問題が先送りされてしまうので、生命誕生の全過程を知りたい身としてはあまり楽しくない。もちろんこんな個人的感情ははやぶさ2の成果の偉大さとは一切関係がない。


アミノ酸の右手型と左手型

(これは生命科学的に重要な点なのだが、論文中には記述が見当たらない。なぜか毎日新聞に書かれているが触れないでおこう)


小惑星は調味料になるのか?

最後に、代表的なアミノ酸調味料である味の素を抽出するのにはどのくらいの小惑星サンプルが必要かを試算してみよう。

現時点ではリュウグウ試料のアミノ酸濃度は報告されていないので、組成が類似している(と論文中で言及されている)オルゲイユ隕石のデータを参照する。

隕石中のアミノ酸濃度は4.2ppm。つまり隕石1kgあたり4.2mgのアミノ酸が含まれている。これは複数種類のアミノ酸の合計値であり、また味の素の成分はグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸などがあるが、今回は簡単のため(←面倒臭いのアカデミックな言い換え)、アミノ酸総量を比較する。

隕石は14kg回収されたため、含まれるアミノ酸は59mg。味の素社のホームページによると「味の素ひと振り」は100mgのため、隕石全体に含まれるアミノ酸はひと振りの半分。おひたし半人前に相当する量である。

小惑星リュウグウのサンプル総量は5.4gであったため、隕石と同一組成ならば含まれるアミノ酸は23μg。ヒトの味覚が検出できるアミノ酸は L-Glu 濃度で0.02%程度なので、ぎりぎり味のするアミノ酸溶液が1mL作れる計算になる。

ではリュウグウ全体を持ち帰った場合はどうなるか。この小惑星の質量は 4.5×10¹¹ kg であるため、全体が均一と仮定する※と含まれているアミノ酸の総量は1900トン。味の素は1瓶70gなので、2700万個に相当する。
(※リュウグウの全体は均一ではない。だからこそ複数地点からのサンプル回収がはやぶさ2の重要な成果である。JAXA に怒られそうなので補足)

なお味の素の年間生産量は50万トンなので、小惑星リュウグウ263個分が必要となる。まさに天文学的生産量である。

「味の素グループ環境報告書2011」より抜粋

こうしたデータと比べてみると、自己増殖する生命がアミノ酸を生み出す能力がいかに圧倒的かがわかるだろう。資料には昆布やトマトがさも非効率的かのように書かれているが、小惑星に比べればその比ではないのだ。


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