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いいもの食べてもいいことしても、私は不調でいたかったんだなあ。「更年期不調」終了します!

※2019年8月20日の記事の再掲載です。


長い

本当に長かった不調とお見合いで出会った彼との出会いから始まった
「恋する更年期」。(笑)

「長かった」
けど55年(これからもっと増える)の中の
たった3年ほど。

でも
「苦しみ」ととらえると数年は確かに辛いものですよね。

「50円玉ふたつ」のあとに
まだあるんかいってなってたもんな・・・。

でもわたしの
いろんなことが「剥けて」きて(笑)

不調の原因を探り
健康になる方法をいくつもいくつも探した中で

最終行きついたのは

まさかの

隠れ酒を
人に言えない自分や
言えても「やめない」ままで
なんとかならないかとなってる自分。


カッコワルスギル・・・・


やたら「自分」がでてきますが
要は

身体は不調じゃなかった。

不調にしたかったんだな。


不調でいることで
私は「得」していたからです。

この体調の不調の間に
気づいたことが大きくふたつあるのね。


人は年齢を重ねる

この「当たり前」のことを
受け入れていなかった。

なんで前みたいにならないの?

80歳が20代を憂いてたら
「そりゃおかしい」ってなるけど

「40代を憂いる50代半ば」もありだとは
とうてい「あたしのなかでは」考えられなかった。


「いいのだ!!
昨日できることを今日しなくても。」

って普通に言える私が。

ぐああああああああああああああああっ!(ヘレンケラー風味)

わかるより理解より
ホンモノを掴むまで私の耳も心は
まったく開いてないのである。


どちらからでもいい

どんなにいい話を聞いたり読んだりしても

「そっか、そうしてみよう!
どっこい・・・・しょ」

「しょ」でまた

身体はまたベッドに落ちる。
あかん…(あかんくない、って今は思えるようになったけど)

でも
身体がしんどいと
どんなに頭でいいことだと思っても
それを実践するエネルギーが身体にわいてこないね。

おかしいのは
どんなに不調でも
彼とのデートには恐ろしい腰の軽さで
出かけてた。

なんでかっていうと
好きだからだけど

要は
楽しいから。

「楽しい」くても「楽しくなくても」
身体が元気だとそれなりに行動起こせてきた。

でも身体にエネルギーないときは
楽しくないことするのはもちろん
楽しいように創作するのも

無理だし
普段楽しめることでさえ
楽しくない事にしちゃうよね。瞬時に。

だから
心からいいものでアプローチかけても無理なときは
身体が動くように調えてもいいなって。

自分が「楽しさ」を容易に想像して
動けるようになることだけを
探してきた。

釣りだけしてても
デートだけしてても

それでも
自分のしあわせがそこにあるなら

それでいいんだってね。

結果的には

釣りが
デートが
お弁当が
温泉が

そしてそこから
アクション起こせるようになったことからの

人とのつながりが
今の状態に至る。

好きなように生きていいのだ。

これからも
好き勝手に表現して生きるのだ。

というわけで
元気になった「恋する更年期」も
これからもよろしくです。

そしてこの話のつづきまだあって。

不調でいることで
私は「得」していたからこと。

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