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小さい頃の夢は大人になった今も胸の中にある

私が記憶している中で、1番昔の将来の夢は獣医になること。小学生低学年の頃から中学生まで獣医になりたかった。当時、2匹の犬を実家で飼っていて彼らと毎日遊んでいたくて病気になったら助けてあげたくて獣医になろうと思った。

中学生になると夢が変わった。学校と公園と友達と犬という世界が少し広まったんだと思う。中学の授業で青年海外協力隊という団体を知り、海外で活動している人が講演に来てくれた。青空がただただ美しい遠い国、地図でしか見たことのない国で安全な水を人々に届けるための仕事をしているらしい。私の夢は、獣医から汗水垂らして井戸を掘ることへと変わった。

高校生になると、少し先の将来まで心配するようになった。大学受験も少しずつ視野に入ってきた。英語と世界史が好きだったのと、2ヶ月のニュージーランドでのホームステイですっかり海外にかぶれた私は、とりあえず英語を使って世界で活躍するというふんわりとした目標を持って、国際ビジネス法というまたふんわりした感じの専攻を大学で学ぶことにした。井戸を掘る夢は少し薄れていた。

地方から東京に出た18歳は、自由を謳歌してとりあえず夢だった留学をした。英語を使えるようになりたいという思いだけで、英語を使って何がしたいかは考えていなかった。就職活動の時期が来て、海外で働ける機会をもらえそうな会社に就職が決まった。何がしたいかはあまり考えておらず目の前の就職活動を終えて、卒業旅行をすることばかり考えていた。それに親の失望しないネームバリューと給料を保証してくれる自分の居場所を見つけることが最優先となっていた。

就職すると、毎日机に座っているのが嫌になった。海外支社と仕事をする機会はあって英語も使って仕事をした。将来は海外で働ける機会も約束されているような環境だった。労働環境も多分かなりホワイトだった。だけれど、仕事が楽しくなかった。書類作りも嫌だったし、会議も嫌だったし、仕事内容もつまらなく感じた。やる気も出なくて毎日イヤイヤで仕事に行って、社会人として落ちこぼれのようにも感じた。

様々な出会いがあり、海外に住んで働きたいと思うようになり、看護師になろうと思った。仕事も書類作りなどはなさそうだし楽しそうだなと思った。日本で看護師として数年働き、海を渡ってカナダでの看護師免許も取った。

日本で看護師としては、ほとんどの時間を急性期病院で働いた。
忙しすぎて、怖すぎて、大変すぎて、看護師になる前に思い描いた看護師としては働いてなかった。毎日疲れていて休日は何もできなかった。医療現場でよく言われるような現実と理想の食い違いに引き裂かれるような気がしたし、看護師としての自分が自分がどんどん嫌いになっていった。

カナダでは急性期病院には行かないと思っていた。英語ということもあったし、日本での経験は少しトラウマでもあった。けれど、何故か急性期病院に就職してしまった。(←イマココ)
何とか仕事はできている。英語はできないけれど何とか業務はこなしている。日本よりは忙しくはない。同僚も日本より優しい。
けれど、やっぱり急性期病院なのである。患者の血圧は不安定だし、せん妄患者もそこそこいるし、苛立っている患者はたくさんいるのである。

看護師だから、患者さんを理解しようとしなければいけないのである。どんなに乱暴なことを言われても、無理難題を押し付けられても、何なら暴れている患者(患者本人のせいではない)のこともPatient centered approachのもとに少なくとも理解しようとしなければいけないのである。

でも同時に自分のメンタルは崩れていくのである。様々な暴言によって、その暴言に心の中で暴言を言い返している自分に対して、患者の様々な感情に揺さぶられて、揺さぶられながらも次の業務のことを考えている自分に対して。
患者の話を1人1人きちんと聞いて、それに120%で応えて、自分のサポートで少しでも身と心が楽になってほしいと思うのに、実際は、話を遮るポイントを笑顔で頷きながらひっそりとうかがい、血圧が高いとため息をしてしまいそうになり、胸が痛いと言われたら、ドクターへの報告やその後に予想される採血諸々の追加業務を考えて泣きたくなってしまうのだ。自分のことだけ考えて。私にはキャパオーバーかもしれない。私は患者が急変してアドレナリンが湧き出る看護師ではないのだ。むしろメンタルブレイクダウンを起こしてしまうのだ。

あと30年は働くのだ。30年したら慣れるのだろうか、それとも30年しても同じような思いで働くのだろうか。
中学生の時からふんわりとあった海外で困っている人のために働きたいという夢。カナダの病院で働いている今、一部は叶っているように見える。
でも楽しくないのだ。そしてモチベーションも出ないのだ。
自分が描いたのはもっと専門的な知識を持って、困っている人たち(もちろん入院患者も困っているけど)に適切な知識や教育を届けて、その人たちの健康に寄与することだったように思う。
病院から逃げたいのか、急性期医療から逃げたいだけなのかもしれない。心電図に興味があるという同僚に打ち負かされているように感じているのかもしれない。

けれど、やってみたいことをやってみた方がいいかもしれない。もしそれが自分が思い描いていたものとのギャップがあったとしても、トライしてみたことに後悔はないだろう。
それに、自分の本当に興味がある看護師としての分野については勉強してみようと思えるのだし、モチベーションが上がるのだから。

青年海外協力隊として、井戸掘りをして安全な水を届けるという夢はずっと胸の中にあって、やっぱり自分はそれに近いことに興味があるんだ。それが井戸掘りという分野か健康という分野かの違いだけで。
やってみよう、やってみたいことを。


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