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【物語】詩を探して

「詩は、どこにでも、いるんだよ」

父さんは、そう言った。ぼくは「どこにいるの?」と、たずねてみたけれど、父さんは「探してごらん」と、にっこり笑うだけだった。

* * *


ぼくは、お気に入りのリュックに、鉛筆とノートと虫メガネを入れて、家を出た。はじめに向かったのは、近くの図書館。虫メガネで、図書館の本棚をよ~く探した。

「なにしてるの?」

虫メガネをのぞいているぼくの後ろから、図書館のお姉さんの声が聞こえた。

「詩を探してるの」
「詩? 詩集を探してるの?」
「ちがうよ。詩を探してるんだ」
「そう」

ふり返ってはいないけれど、図書館のお姉さんが不思議そうな顔をしているのが、わかった。ぼくは、そのまま、詩を探し続けた。絵本の棚、図鑑の棚、大人用の本棚。なかなか詩は見つからない。

少し疲れたので、近くにあったイスに座った。ふと見た本棚は、本が何冊か借りられていて、斜めになっていた。本棚の隅っこに、黒い三角の隙間すきまがあった。ぼくは、そこをぼんやりと見ていた。


本棚の三角

ここは、物語が届く場所
まだ見ぬ世界が並ぶ場所

トビラは全部、四角じゃないよ
三角だって秘密のトビラ

トビラは全部、トビラじゃないよ
スキマだって秘密のトビラ

なにもないのは
待っているから

なにもないのは
希望があるから

なにもないから
こちらへどうぞ


本棚の隅っこから、突然、詩が飛び出した。ぼくは、リュックから急いでノートと鉛筆を取り出した。そして、飛び出した詩を、急いでノートに書き写した。

はじめて見つけた詩。ぼくは嬉しくて、開いたノートを高く持ち上げた。やっぱり、詩はいるんだ! 父さんの言った通りだ! 心の中で、そう叫んだ。

* * *


その夜、ぼくは、誕生日に買ってもらった望遠鏡を庭においた。空には、満天の星。数え切れなくて、くらくらした。

きっと、星空にも詩はあるはずだ。そう思って、望遠鏡をのぞきこんだ。星は、キラキラとまたたいている。水のように揺れていないのに、キラキラと輝いている。

白い大きな星。青い小さな星。たくさん集まった光の粒。ぼくは、望遠鏡をのぞくのをやめて、星空を見上げた。空が、宇宙の色をしている。どこまでも、どこまでも。


宇宙の彼方かなた

宇宙の先の ずっと先

見たことのない星の上
望遠鏡をのぞく きみ
望遠鏡をのぞく ぼく
星空の中で会いました

声は遠くてとどかない

望遠鏡の中の きみ
空を指さし見上げてみてと
きみがさした指の先
星がひとつ流れていった

ぼくはジャンプで受けとった
きみもジャンプでよろこんだ

声は遠くてとどかない

けれど
ふたりの想いはとどいてた

宇宙の先の ずっと先
星空の中で会いました


宇宙の色をした空から、突然、詩が飛び出した。ぼくは、急いでノートを広げて、詩を書き写した。すごい! すごい! ここにもいた! ぼくはうれしくて、庭で何度もジャンプした。

* * *


次の日。学校が終わって、ぼくは公園に出かけた。お気に入りのリュックには、鉛筆とノートと虫メガネ。詩は、どこにでもいる。だから、きっと、公園にもいるんだ。そう思って、わくわくしながら、公園までの道を進んだ。

ぼくがいつも行っている公園には、すべり台とブランコと砂場がある。所どころにベンチがおいてあって、走り回るには十分な広さだった。

ぼくは、すべり台、ブランコ、砂場の順にまわって、虫メガネでよ~く探した。

「なに、探してるの?」

公園によく来ている、五歳くらいの女の子が、ぼくに声をかけた。

「えっとね、詩を探してるの」
「し? どんな形をしているの?」
「それは、ぼくにもわからないんだ」
「それは、大変ね。でも、きっと、見つかるわ」

女の子は、そう言って、にっこりと笑った。ぼくは「うん、ありがとう」と、女の子に笑顔を返した。

すべり台にも、ブランコにも、砂場にも、詩は見つからなかった。ぼくは、近くのベンチに座って、空を見上げた。なかなか見つからないなぁ。そう思いながら、空を見ていると、優しい風がふいてきた。大きな雲が、ゆっくりと流れている。

ぼくは、そのまま目をとじた。みんなが遊んでいる声がする。お散歩中の犬の声がする。公園の木の葉が、風に揺れる音がする。


音が消えた後

優しくふいていた風が
人さし指を一本立てて
耳を澄ます合図をおくる

静かに、聴いてみて

みんなの声が ゆっくり消えた
犬の声が ゆっくり消えた
木の葉の音が ゆっくり消えた

全部の音が ゆっくり消えた

空に浮かんだ大きな雲から
光のハシゴが降りてきた

太陽まで続くハシゴ

蝶々が一羽 舞ったあと
天使がぼくに手をふった

大きな筆で色をぬる
七色の筆で色をぬる

虹の魚に虹の橋
虹色の花が空に咲いた

音が全部 消えたあと
天使が空で微笑んだ


風と風の境目から、突然、詩が飛び出した。ぼくは、ノートをヒザの上において、詩を書き写した。

「きっと、見つかるわ」

あの子の言った通りだ。やっぱり、公園にも詩はいたんだ。ぼくは、ゆっくりと空を見上げた。大きな雲が流れたあとに、小さな虹のカケラが、見えた気がした。


夜になって、父さんが帰ってきた。

「父さん、ぼく、詩を見つけたよ!」

そう言って、父さんに見つけた詩を見せた。父さんは、ぼくが書き写した詩を読んでくれた。

「おぉ! これは、すごい」

父さんのメガネの奥の目は、真ん丸になっていた。それから、にっこり笑って、ぼくの頭をぽんぽんと優しくたたいた。

「空白の中に、詩を見つけたんだね」
「くうはくの中?」
「そう。なにもない、空白の中」

ぼくは、空白の中が、よくわからなかった。ぼくが困った顔をしていたからか、父さんは、ゆっくりと話を続けた。

「図書館の本棚の隅っこには、なにかあったのかい?」
「なにもなかった」
「星空の先の先には、なにかあったのかい?」
「なにかあるかもしれないけど、見えなかった」
「風と風との境目には、なにかあったのかい?」
「なにも聞こえなかった」

「なにもないから、詩がいたのかもしれないね」

そうか。ぼくが見つけた詩は、なにもない場所にいたんだ。なにもない場所は、なんでもある場所なのかもしれない。ぼくは、そう思った。

「明日も、素敵な日になるといいね」

父さんは、そう言って、詩を書き写したノートを大切にとじて、ぼくにわたしてくれた。

「うん、おやすみなさい」

ぼくは、鉛筆とノートと虫メガネをマクラのとなりにおいて、布団に入った。これから見る夢は、今はまだ、なにもない。だから、きっと、夢の中にも詩はいるんだ。そう思いながら、目をとじた。






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