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【物語】そこに映るのは(前編)

友人に教えてもらった心療内科。
インターネットで検索しても出てこない、そのクリニックは『鏡の病院』と呼ばれていた。

私がそのクリニックを知ったのは、会社で倒れた一週間後。

残業続きで、寝る時間と通勤時間以外は、会社のパソコンに向かっていたある日。急に胸が苦しくなり、上手く息が吸えなくなった。大きな眩暈のあと意識が遠くなり、気づいたら病院のベッドの上にいた。

救急車で運ばれた総合病院で診断されたのは、『過労』。まあ、そうだろうな、と思いながら、その日は、点滴だけを受けて、そのまま家に帰された。

付き添ってくれた同僚は、「ゆっくり休んで」と優しい言葉をかけてくれたけれど、彼女も私と同じように、疲れ果てた顔に気休めの化粧をのせていた。

休むことが一番だと、繁忙期に二日間休みをもらった。忙しい最中に、休めと言われても、気持ちはちっとも休まらない。ただ、ぼんやりと天井を見ているうちに、二日が過ぎていった。

二日目の午後には、体力的にはそれなりに回復したため、メールで上司に出勤の連絡をした。

『ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。明日から出社します』

しばらくして、返ってきたのは『了解です』というbotのようなメールだった。


次の日の朝は、普段通り支度をして、少し早めに家を出た。地下鉄の階段が、やけに辛い。休んで寝ていたせいで、体力が落ちたのかな、と思いつつホームで電車を待った。

三分後、到着した電車のドアが開いた。すぐに発車するのは、わかっている。でも、乗れない。身体が動かず、また胸が苦しくなる。運転室から顔を出した運転士さんと目が合い、私は息を止めたまま、近くのベンチまで移動した。

電車はそのまま発車した。なんとか呼吸を整えて、次の電車を待つ。でも、また同じ。乗れない。電車のドアが開くたびに、拒否反応のように、苦しくなる。仕方なく、上司にメールを入れた。

『すみません。駅で体調不良になったので、お休みさせてください。申し訳ありません』

すぐに返ってきたメールは『了解です』の四文字だった。


同じことが数日続き、はじめに診てもらった総合病院を受診した。結果は、異状なし。安定剤のような薬だけを処方された。健康なのに、会社に行けない。忙しい時期なのに。申し訳ない気持ちで、いっぱいになった。

カーテンも開けず布団にくるまり、行き場のない思いを押し殺していた。そんな時、以前から気にかけてくれていた友人から連絡があった。

『鏡の病院に行ってみなよ』
「鏡の病院?」

友人のメールには、心療内科であること、小さな診療所であること、最後に住所が書かれていた。私は、ネットで『鏡の病院』を検索した。表示されたのは、住所が全く違う『鏡野病院』という小児科だけだった。

心療内科を受診することに抵抗もあったし、ましてやネットにも出てこないクリニック。いくら心配してくれている友人の勧めでも、正直、躊躇した。

それと同時に、いつまで今の状態が続くのだろう、という不安が、ぎゅうぎゅうと心を圧迫していた。普段の生活に戻れるなら、その思いだけで、受診することを決めた。



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