游志緒

私たちは愛されるクズになんかなれない だから一緒にいよう 話をしよう 不定期投稿は許して

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私と料理

久しぶりに生焼けハンバーグを出してしまった。 スーパーで買った厚めの成形済み肉。フライパンで蒸し焼きするだけで完成するはずのもの。両面をこんがり焼いたあと、念には念をと20分ほど蒸し焼きにした。 ところがだ 「肉汁すごいなと思ったら、生?」 次女が箸で割ったハンバーグの断面を見せる。 「生ですね。もう少し焼きます。」 またやってしまった。 冷凍のままフライパンに乗せてしまったのが悪かったか。 まだフライパンを洗ってなかったのがせめてもの救いだと思いながら、席を立ち、回収したハ

    • 【連載】サロン・ド・フォレ -8-

      町は意外と広いようだ。老女は迷うことなく道なき道を進んでいく。 大木で私が使わせてもらった部屋の隣はきっと、先ほど会ったハルトという男の子が使っていたのだろう。 ハルトは「落ちついたらゆっくり話そうよ。」 と言ってくれた。ここに迷い込んできたのは自分だけではないと思うと心強かった。 一人では迷ってしまいそうだなと思っていると、老女は立ち止まった。 「ここがあなたの家よ。」 赤茶色の屋根をした、一階建ての小さな一軒家。 「ドアを開けてみてごらん。」 言われるがままに金色の丸い

      • 【連載】サロン・ド・フォレ -7-

        どれくらい眠っていたのだろうか。 目をひらくと、意識がなくなったときと同じ明るさの天井があった。 残念ながら、すべては夢のなかの出来事だった、ということはなかったようだ。 一晩眠ってお昼くらいの時間になってしまったのだろうかと思ったが、確かめようにも壁にもどこにも時計がない。頭も身体も重く、なかなか起き上がろうという気持ちになれない。 寝返りをうちながら周囲の音に耳をすませたが、ベッドがきしむ音以外なにも聞こえない。とても静かだ。 昨日、今日になれば私の家ができると老女は言

        • 泥棒

          〜夜の読み物 《秋 2022.9.30》〜 「あちっ」 コーヒーは勢いよく手の甲にかかり、ワイシャツの袖まで茶色いしみが飛び散った。 仕方なくマシンから引き抜こうとしたコーヒーカップをまた戻し、なにか拭くものはないか探す。 シンク下の戸棚の取っ手に白いタオルがかかっているが、なにを拭くためのものなのかわからない。 誰かに聞こうにも定時はとうに過ぎていて、誰もこちらにやってくる気配はない。 とりあえず赤くなってしまった手を水で洗い、ワイシャツの袖口も少し水で濡らしてみた

        • 固定された記事

          【連載】サロン・ド・フォレ -6-

          入ったときには気がつかなかったけれど、入り口から見て右の奥まったところに上へと続く階段があった。トン、トンとゆっくりと上る老女のあとをついていく。 木の中だからどの壁も床も当然木でできている。どこにも窓が見当たらないのに明るく、ごつごつとした場所は目立たずなめらかなつくりだ。 まもなく二階の踊場につくと、二つの扉があった。 「ここは私の部屋で、こっちはお風呂だよ。私はお店をしめたあとに入るから、それ以外の時間だったら好きに使ってくれてかまわないよ。」 それだけ言うと、彼女は

          【連載】サロン・ド・フォレ -6-

          【連載】サロン・ド・フォレ -5-

          あたたかな湯気が上るコーヒーカップを両手で包み込んだ。 一口飲むと、深い苦味で少しだけ気持ちが落ち着いてきた。 「私、生きてるの?」 「生きているもなにも、あなたはちゃんとここにいるじゃない。それは私の自信作なんだ。食べてごらん。」 マカロンを指さしながら老女は言った。 コーヒーと一緒にコトンと置かれたお皿には、かわいらしい三色のマカロンが乗っている。黄色、黄緑色、ピンク色どれもきれいな色をしていて迷ったけれど、ピンク色を指ではさみ、かじってみた。 生地は溶けるように消え、や

          【連載】サロン・ド・フォレ -5-

          【連載】サロン・ド・フォレ -4-

          目をひらくと、そこには大きな木があった。 見たこともないほどのその大木は、広々とした芝生の真ん中に堂々と幹を構え、新緑のようにつややかな葉をつけた枝々を大きく空へと広げている。 芝のまわりは森で覆われており、私が歩いてきた桜のアーチだけが水色に輝いている。 この世界の入り口はここだけだと言わんばかりだ。 白い服を着た男の子やおじさんどころか、またしても誰もいない。 生き物の気配がしないのだ。 美しい景色の中にいるのに恐怖心は拭えない。 夢ならはやく醒めてと願いながら、ゆっく

          【連載】サロン・ド・フォレ -4-

          同期が同期をやめる日に

          同期が会社をやめる。 彼があの椅子に座るのは今日が最後だ。 同時期に中途入社で入った彼は、課こそ違うものの通路をはさんで僕から見て斜め前の席にいる。 入社したての頃は、すれ違いざまに前の会社はどんなだったとか、この会社に慣れたとか慣れてないとかいろいろなことを言い合った。 同時期入社5人のなかで彼とは年が近く、隣の課ということも相まって、時間があえばランチに行ったり仕事終わりに飲んで帰ることもあった。 そんな彼が転職活動をはじめたのは、入社して4年目に入った今春だ。

          同期が同期をやめる日に

          【連載】サロン・ド・フォレ -3-

          現れた桜のアーチは森の奥へと続いているようだ。 水色の花びらが、光でキラキラと輝いているように見える。 思いきって立ち上がると足がしびれていて、少しふらついた。 どこを見回しても誰もいない。 小さな虫一匹さえもいない。 来た方向をもう一度見やっても、木や葉があるだけだ。 進むしかないのだろうか。 手のひらに乗せた花びらを地面に落とし、導かれるように水色のアーチに近づいた。 木の幹は見慣れた桜のそれだった。 そっと触れてみると懐かしい手触りがした。 見上げると、日を浴び

          【連載】サロン・ド・フォレ -3-

          それいけ ! イケメン

          〜昼の読み物 《秋 2022.9.2》〜 イケメンは世界を救う。 なんでこの事実に政治家のおじさんたちは気がつかないんだろう。 自分たちに力がなくて、自分たちよりずっとかっこいい彼らにはとんでもない力があることを認めたくなくないのかな。 おしゃべりしながらお弁当を食べたあとは、お決まりの順序でスマホアプリの巡回をする。 一人の人や一つのアイドルグループを推すのはもはや当たり前。アイドルを次から次へと好きになる人がいれば、俳優ばかり、スポーツ選手ばかりを好きになる人もい

          それいけ ! イケメン

          【連載】サロン・ド・フォレ -2-

          茂みにしゃがみこんで、どれくらいの時間がたったのだろう。 なにかに追われた恐怖でまだ心臓がどきどきしている。 確かに視線を感じた。確かになにかに追われた。 それなのに森へ飛び込んだ瞬間、また地面がぐわんと揺れ、なにかが追いかけてくる気配が消えた。 大きな茂みにしゃがみこんで身を隠し、地面を見つめて呼吸を整えた。時折、茂みのあいだから外の様子を伺った。 なにも追ってこない。 やはり気配は消え、なにも来ない。 けれど、なかなか茂みから出る勇気が出ない。 あと10分、なに

          【連載】サロン・ド・フォレ -2-

          【連載】サロン・ド・フォレ -1-

          駅前の商店街をこえ、大きな工場も通り抜けた。 住宅街をまっすぐまっすぐ進んでいく。 この道がどこに続くのかはわからないけれど、ただまっすぐに進めばよいと、なぜだか私は知っている。 家がまばらになり空き地が増えてきた。 気がつくと足元はもう、きちんと舗装された道路ではなく、茶色い砂の道。 さすがに少し疲れてきて、息を整えるようにゆっくりと歩く。 もとは家やマンションがあった場所なのだろう。四角いコンクリートの跡や欠片が地面のあちらこちらに続いている。 しばらく空き地を進み続

          【連載】サロン・ド・フォレ -1-

          朝の現場

          〜朝の読み物 《夏 2022.8.15》〜 時刻は6時45分。 グツグツと音をたてはじめた小鍋と、3つの目玉焼きを乗せたフライパンの火を止める。 子どもたちを7時にはテーブルに座らせなければならない。急ぎ足で階段を上る。 子ども部屋のドアを開けると見事な大の字の長男と、長男の脇にぴったりとくっついて眠る妹。 「起きてー。朝だよー。」 カーテンと窓を勢いよく開け、二人の足にかろうじて引っかかっているだけの布団をはがす。 「起きてー。」 二人の身体を交互に揺するものの全く起き

          朝の現場

          リメンバー アンド リメンバー

          〜夜の読み物 《夏 2022.8.5》〜 ラン ラララン ラン ランラー ラン ラララン ラン ランラー 一歩踏み出すたびに揺れる、お気に入りの白いレースのスカート。 ラン ラララン ラン ランラー 街灯に照らされて、影が踊る。 ラン ラララン ラン ランラー 駅前の商店街を抜け、大きな公園に差し掛かると、 車通りも人通りも一気に減る。 イヤホンを外して、揺れるスカートの裾を眺めながら口ずさむ。 ラン ラララン ラン ランラー 今日の景色も言葉も表情も、一晩眠

          リメンバー アンド リメンバー

          窓の外は緑でね

          〜朝の読み物 《夏 2022.8.1》〜 旅館の館内放送が流れる。 声の主はコバ先だ。コバ先こと小林先生、通称はブラモン。ブラックモンキーの略。 私のクラスの隣、6年3組の担任だけれど、専門教科が体育だから、うちのクラスの体育の授業もみている先生。 年がら年中こんがりと焼けた肌で、長い手足を大きく伸び縮みさせながら鉄棒やら登り棒やらしている姿はほんとにブラモンだと思う。最初にブラモンって言い出した人、天才。 もう少し若くてイケメンだったら、女子から人気があって、ブラモンなん

          窓の外は緑でね

          〜夜の読み物 《夏 2022.7.22》〜 叶多がいない。 どんなにスクロールしても、見慣れた叶多の姿がない。真っ黒の背景にたくさんの照明を受けて撮影されたであろういくつもの顔。顔。顔。 最新の写真に差し替わったのかもしれないと見返してもやはりいない。 叶多自らがつけた名前もない。 いつかこんな日がくることは分かっていたはずなのに、どうして、という言葉が頭のなかで何度も駆けまわった。 「風呂入らないの?」 彼が呼ぶ声がして、今から入る、と生返事をしながら、開いていたページ