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窓の外は緑でね

〜朝の読み物 《夏 2022.8.1》〜


旅館の館内放送が流れる。
声の主はコバ先だ。コバ先こと小林先生、通称はブラモン。ブラックモンキーの略。
私のクラスの隣、6年3組の担任だけれど、専門教科が体育だから、うちのクラスの体育の授業もみている先生。
年がら年中こんがりと焼けた肌で、長い手足を大きく伸び縮みさせながら鉄棒やら登り棒やらしている姿はほんとにブラモンだと思う。最初にブラモンって言い出した人、天才。
もう少し若くてイケメンだったら、女子から人気があって、ブラモンなんて言われずに済んだかもしれないのに。
「おはようございます。6時になりました。朝の散歩に行きますので、すみやかに支度をして、6時半までにロビーに集まってください。」
コバ先がまた同じ内容を繰り返した。

修学旅行3日目の朝。
一昨日も昨日も、布団に入ってからずいぶんおしゃべりをしていた。みんな、なかなか目を覚まさない。
そっと布団から這い出て窓辺に向かうと、カーテンの隙間から明るい日差しが見え隠れしている。
ゆっくりとカーテンを開けようか、思いっきり開けてみようか迷っていると、なにやら廊下の方が騒がしくなってきた。
「起きてー。朝だよ。散歩行くよー。」
突然部屋のドアが開いて、雪平先生が入ってきた。びっくりしてカーテンの端をもったまま固まっていると、
「あら、橋本さん早いわね。カーテン思いっきり開けちゃって。どの部屋もなかなか起きやしないんだから。」
とさっぱりとした笑顔で言った。
朝早くだというのに、いつもの雪平先生だ。メイクもヘアスタイルもしっかり決まっている。
先生に言われるがままに思いっきりカーテンを開けると、薄暗かった部屋がぱっと明るくなった。みんな、眩しそうに目をこすったり、寝返りをうったりしはじめる。
「ほら、起きて。朝だよ。」
先生はみんなの布団を、一枚、また一枚と剥がしていく。
5人目の布団を引き剥がすと
「6時半集合だからね。急いでー。」
と言い残して部屋を出て行った。
隣の部屋で、みんなを起こす先生の声が聞こえる。

「はしもっちゃん、起きるの早くない?」
あっきーがもそもそと起き出してきた。他の4人もゆっくりと身体を起こしはじめる。
「コバ先の声で起きちゃったんだよ。」

窓の外は、光の中で揺れる木の葉でいっぱいだ。
散歩なんてかったるいと思っていたけど、昨日の朝歩いてみたら、新鮮な空気が身体中を巡るようで気持ちよかった。今朝はどこを歩くのだろう。

みんなよりもちょっぴり早く目覚めた朝。待ちに待っていた修学旅行、最終日の朝。ずっと覚えていて、いつか誰かに話すかもしれない。
「窓の外は緑でね。」
って。





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