見出し画像

りんごあめと花火(1)

「人がいっぱいだねえ。暑い!」
「ねえ、なんかほしいものでもある?っていうか屋台、いっぱいあるね」
「別にない」
「たこ焼きとか定番だよね、あれ!」
「うん」
「カキ氷はどう?」
「いい」
「お面とかもあるじゃん!あれ、なんのキャラ?」
「知らない」
「そっかー。あ!ジュースあっちにあるよ!のどかわいたでしょ?」
「いらない」
「遠慮してる?気にしないでよ。今日は花火大会なんだからさ、なんか買おうよ」
「いいよ別に」
お母さんは私の手を引き、遠慮のない大声で「わあ!」とか「あれあれ!」とかいって、
屋台に並ぶいろんな売り物にいちいち興奮をしている。
人が多い。さっきからお母さんの手に引っ張られて進んでいるからか、
行き交ういろんな人にぶつかって気持ち悪い。
人もぎゅうぎゅうで、辛い。
屋台の鉄板がじゅうじゅうと音を上げ、それを聞いただけでも汗が出るし、
お母さんの大声がかき消されるくらい周りがうるさい。
背の高い大人たちのせいで前も見えないし、
歩いたほこりがそこかしこに舞い散らかり、腕に砂みたいなほこりがついて気持ち悪い。

鬱蒼とした気持ちを吐き出す方法もわからず、
私はただただお母さんに手を引かれ歩いていく。

・・・ぼんっ!

花火があがった。ひゅるひゅると音をたて、空にのぼってゆくのが見えた。
どこから点火しているのだろう。
一瞬暗闇に消え、行き先を失ったかと思ったら、

・・・ぼんっ。

真っ赤な、あれはまるで、ヒガンバナのようなお花が突然現れて、
暗い夜空を一気に明るく、そう、彩った。

驚いた私の顔と同じように、大きく目を見開いたような花火。
あっ、と驚くよりも先に、それはすぐに四方八方へとしだれて散っていった。

目の前いっぱいに広がった花火の夜空。
私はきれいだとかすごいだとか声を上げることなく。
今まで暗かった頭上に、突然、前触れもなく現れた大きな火花の、
その異様な光景に手が震えた。

およそ数秒だけの永遠。

その花火が終わった後、空はまたむっつりと黙ってしまった。
花火が途切れたあと、周りの人がきらめく声を上げて、元の時間に戻った。
でも私にはその声が聞こえなくなり、
どくどくと、奥のほうからやってくる心臓の鼓動だけが聞こえる。

思わず、手に持った棒をぎゅっと握り締める。
りんごあめは、屋台の電球にあたってつややかに光っていた。

もう片方。

もう片方の、私を握ったお母さんの手。
はぐれないようぎゅっと握っていたから、汗でびっしょりぬれていて、
屋台を見つけるたびに、お母さんはその手を上下に動かしてはねえねえと呼びかける。

でもそのときは、私の気持ちを察してか、
何もいわず、花火が夜を包み込むように、やさしく、そっと私をつつんでくれていた。

さっきまで暑くて手放したかったのに、
あたたかくて優しい手が、とっても大切に感じた。

(2)
https://note.com/yu_fish/n/n90865a0f9185

(3)https://note.com/yu_fish/n/nde1606dd7e99

(4)
https://note.com/yu_fish/n/n4a24d7ff9385

(5)https://note.com/yu_fish/n/n4b7159682588

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,794件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?