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小説|ジャニス・ジョプリンと見た夢【第4章】

※※※この物語はフィクションです※※※





Cry Baby


ロッキンのステージから4年後。

私は勤めていた会社を退職し、ジャニスとの日々をある一冊の本にした。

本のタイトルは
『ジャニス・ジョプリンと見た夢』

書籍は瞬く間に世間に広まり、このストーリーをきっかけにジャニスと同じ1960年代を生きた世代はもちろん、現代の若者たちまでいろんな世代が同じようにジャニスの曲に夢中になった。

もちろん書籍の内容はフィクション、小説という形だが、元になった思い出はすべて本物である。だって彼女はこの時代にも生きていたのだから。

小説の世界でたくさんの人々がジャニスとの再会や出逢いを体験してもらえて私は嬉しかった。

けれど、なんだか一人ぽつりと取り残されてしまった気持ちもした。

あのロッキンのステージ以来、私とジャニスは一度も会えていない。
ジャニスは無事に過去に戻れたのだ。

元の時代に戻ったことで、世の人々は〝ジャニス・ジョプリン〟の存在を思い出してくれた。また、アメリカの有名音楽誌ローリング・ストーンが選出する「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」にも選ばれ、ジャニスの功績は永遠となったのだ。

これで良い。
これで良かったんだ、と心の中で思い込ませようとしていた。

しかし私の心の中では大きな穴が空いてしまったようでならない。
心は悲しくてたまらないのに、涙は出てこない。

歴史の文書に目を通してみると、やはりこう書いてあった。

── ジャニス・ジョプリン。1970年10月、ドラッグの過剰摂取により死去。

私は、心のどこかで未来が変わるのでは、と淡い期待を抱いていた。
またジャニスに会えるのでは、と思っていた。

しかし、そんなことは私の勝手な思い過ごしだった。
ジャニスは「27クラブ」の一員になってしまったのだった。

天才は27歳で死ぬ。

どうしてだろう。

ジャニスが完成できなかった曲
「生きながらブルースに葬られ」

そこからはエネルギー、いや生命力しか感じられない。

実は今でもどこかのバーやライブハウスで、ジャニスは歌って踊っているのかもしれない。そんな気がしてならない。

彼女が大好きだったお酒「サザン・カンフォート」を飲みながら思い出に浸り、私は今でもジャニスの声を探し続けている。

──

ある日、書籍の発売を記念したイベントが書店にて行われ、おこがましいことに、サイン会まで催された。

そのイベントにてMCからこんな質問があった。

── もし、ジャニス・ジョプリンさんご本人に会うことができたら、どんなことをお話しますか?

私は笑みを浮かべながらこう答えた。

「そうですね。南半球への想いは叶ったか、本人に聞きたいですね」

MCはハテナのような顔を浮かべていたが、これが私の本心である。

ジャニスの歌の原動力にもなっていたであろう、南半球の彼。
彼がいなければジャニスの歌はこんなにも深く、こんなにも切ないものにはきっとならなかっただろう。

ジャニスは私のiPhoneに一つの動画を残していた。それは、私ではなく彼にあてたメッセージだった。

ただただ「愛している」と。

私宛のメッセージではないことに寂しさも込み上げてきたが、ジャニスはそれだけ彼のことを愛していたのだった。

だから私はとにかくジャニスの想いが叶ったのか、それだけが気になって仕方がなかった。

その後、書籍へのサインがはじまった。

思い切って飛行機に乗って彼を探そうか、何度も考えた。

けれどそもそも南半球のどこの誰なのかもわからないのに、一体どうやって探そうか。そんなことをうやむや考えてはじめていたとき、私の目の前に一通の手紙が差し出された。

「えっ?」

目の前には見知らぬ異国の男性の姿。

「これ、ジャニスからあなたへ手紙です」

────

Dear my friend
 From Janis Joplin

────

ジャニスの筆跡であろう文字が、その手紙に書かれていた。

「ちょっと、これ…あの!!!!!」

顔を上げた瞬間、彼はすでに私の目の前から姿を消していた。

もしかして…あの人???

私は手紙を開いた。
少し黄ばんだ紙に、綺麗な字でメッセージが記されていた。

────
Dear my friend

あなたと過ごした日々はあっという間で、まるで夢を見ているようだったわ。

私はあれから1960年代に戻って、変わらず音楽を続けていたけれど、あなたのことを忘れたことは一度だってなかったのよ?

あなたはいつも私の音楽に泣いてくれた。私の音楽に真剣に向き合ってくれた。

私の音楽を愛してくれてありがとう。

調べてみたらあなたがいる未来は今から50年以上も先みたいね。

時が経ったら必ず会いに行くから、いつものバーで待っててね。

私がいなくなっても、曲は永遠に残るはず。だからいつでも一緒よ。

そうそう、新しい曲を作ったわ。

あなたがもう二度とカラオケボックスで一人で泣かないように、いつでも歌うと良いわ。

────

手紙と共に、ある一枚の楽譜が添えられていた。
タイトルにはこう書かれていた。

「Cry Baby」


私は手紙を抱きしめながら、涙が止まらなかった。

ジャニス…あなたは時を超え、孤独な私のもとへ駆けつけてくれた。

ジャニスは私に音楽という魂を与えてくれた。
このゆるぎない魂は、孤独に負けないための盾となり、未来に立ち向かうための剣となる。

曲を流せばいつでも思い出す。
歌詞を口ずさめばいつでも蘇る。
あなたの声が私には聴こえる。

私は、もうきっと大丈夫。
だってジャニスはいつでもそばにいるから。

ジャニス、あなたに会えて本当に良かった。
こんな奇跡はきっと二度とない。

音楽とは、いつでも人に寄り添ってくれる最強の味方である。

私はこれからもジャニス・ジョプリンの音楽を愛し、想いを綴り、またひとつ、またひとつ強くなってこの時代を生き抜いていくのだった。

(完)

あとがき

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

今回、noteの創作大賞をきっかけに、生まれてはじめて小説を書いてみました。大変おこがましいですが、あとがきという素直な想いを綴らせていただきます。

27歳という若さでこの世を去ってしまった、偉大なるロックスター、ジャニス・ジョプリン(1943-1970)。

私は彼女の存在を知ってからと言うもの、彼女の曲を聞くたびに胸が切なく、涙してしまうことがあります。

勝手に親友だと思ってしまうくらい大好きなジャニス・ジョプリン。そんなジャニスのステージを一度生で見たく、彼女に直接会ってみたいと思い、そこで今回この思いを小説という形で叶えることにしました。

誰でも救いとなる音楽やスーパースターたちの存在があるかと思います。

嬉しいとき、楽しいとき、悲しいとき。
どんなときでも音楽はそばにいてくれて、無条件にわたしたちに勇気や希望を与えてくれる。

こんな素敵なものはない、と私は思います。

ジャニス・ジョプリンのように、もうこの世にはいないアーティストたちもたくさんいます。

しかし彼らは曲として生き続けていて、永遠の命になっています。

悲しいときは音楽を聴きましょう。
涙が止まらないときは歌いましょう。
自分は決して一人じゃない。

この小説を通して、少しでも誰かの心が温かく包まれたら大変嬉しいです。

最後までありがとうございました。

良かったらぜひ、ジャニス・ジョプリンの曲を聴いてみてくださいね。

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