小説|ジャニス・ジョプリンと見た夢【第2章】
※※※この物語はフィクションです※※※
バズりとは?
その後、まさかの自体が起きた。
「ジャニス!!!ジャニス大変!!!!これ見て!!!」
いつものバーでタバコをふかすジャニスに私は駆け寄り、携帯の画面を見せる。
私が配信したジャニスの動画がネットでかなりバズったのだった。
SNSに寄せられたコメントには、
「最高!!」
「今まで聴いたことない!」
「泣きながら歌う姿に、私も泣いた…」
「どんな歌手よりも痺れる!」
と、多方面から絶賛の声があがっていた。
「ジャニス見て!!こんなにもコメントが書き込まれてるよ!!すごいよ!!やっぱりメジャーデビューすべきだよ!!」
興奮する私とは裏腹にジャニスは意外にも冷静で、むしろ怒っているように見えた。
「・・・」
「ジャニス??」
何も言葉を発さず、ジャニスはコメント欄に穴が開きそうなほど“何か”を探していた。その様子に私はあることが脳裏に浮かんだ。
「もしかして…、南半球の何か?」
「届いてないじゃないの!嘘つき!」
「えっ?」
ジャニスは出て行ってしまった。もしかして、南半球にいる“誰か”に聴いて欲しかったのかも…?
ジャニスにはなんだか悪いことをしたような気持ちにもなったが、しかし意外にもジャニスはその後もライブ配信を続け、終わると必ずコメント欄で何かを探していた。
初めはジャニスの音楽が知れ渡ることが嬉しかったが、なんだか切ない気持ちにもなった。
こんなにも便利な世の中になっているのに、伝えたい人に届けることができないなんて──。
そしてジャニスは瞬く間にSNSで有名になった。
そしてある日、こんなDMが届いた。
──────────
ジャニスさま
いつも素晴らしいパフォーマンスを拝見させていただいております。ぜひ私が主催するライブにてパフォーマンスを披露していただけないでしょうか?
良いお返事を待っています。
──────────
私は携帯を持つ手が震えていた。
「ちょっと!!すごいじゃん!!もちろん返事はokだよね!?!?」
「まぁー、出ても良いけど?」
調べてみると、どうらやこのライブはあらゆる人気バンドやアーティストたちの登竜門的なライブだったようだ。
このライブを通じて、ジャニスの歌声が南半球の例のあの人に届いたら良いのに!いや、日本の小さなライブハウスの演奏なんて気にも留めないか。。
ジャニスのために誰が私にできることはないか。
私ができること。やれること…
…そうだ!!!私にだってできることはある。
「ジャニス。私、ライブのこと世界に向けて書くよ」
私はジャニスのためにあることを実行しようと心に決めた。その行動がまさかの出来事になるなんて、このとき知る由もなかった。
ミッドナイトブルース
ライブ当日。
会場には新進気鋭のバンドがたくさん集結していた。その中にはいくつか取材して記事にしたアーティストたちも多数いた。
控え室でジャニスと出番を待っていると、主催者の男性らしい人が挨拶にやってきた。
「ジャニスさん!!この度はありがとうございます!!ネットで動画を見てあなたの歌声にとても感動しました。今日は思いっきり楽しんでくださいね」
彼の挨拶に対し、ジャニスは笑顔で受け応えしていた。楽しそうなジャニスとは反対に、私は不安だった。
私は、ライブの記事を海外の有名な音楽雑誌に寄稿する予定だった。ジャニスの想い人にジャニスの存在を届けるために…
けど本当に届けることができるのか。ジャニスをまたがっかりさせてしまうのではないか、心配でならなかった。
「ジャニスさんまもなく出番ですので、準備をお願いしますー」
運営スタッフから声がかかった。
ジャニスは立ち上がり、ギターを抱えてステージに向かった。ウイスキーの瓶も忘れずに。
「ジャニス!頑張ってね」
「今日の曲はね、古くから伝わる曲を歌う予定。そうね、私の尊敬する人も歌ってたわね。混沌とした時代を強さで牽引した強い女性の、自由への主張よ」
私はゾクっとした。ジャニスが放った何気ない一言に重みを感じ、そしてもっと多くのことを学ばなくてはならないとも思った。
この日のジャニスを見逃してはならない、と思い急足で会場に向かった。
すると、会場にて思いがけない人物に出会った。
「久しぶりだな」
「えっ?」
そこには大学時代の先輩であり元彼がいた。
「お前、こんなところで何やってんだよ?」
「いや先輩こそ…。ん?」
先輩の腕章に見覚えのある名称があった。
「あーそうそう、俺ここの事務所に就職して、今マネージャーやってるんだ。で、今日は売れそうな若手がいないかハンティングしに来たって訳。お前は、まだあの雑誌社で働いてるのか?」
「うるさいわね。私は今日大事なミッションなの!邪魔しないでよ!」
「そ。俺あっちの席で見てるから。頑張れよー。じゃあな」
喧嘩別れしてしまった先輩。こんな場所で再会するなんて、最悪。。
そんなことよりジャニスのライブが始まる…
ジャニスはなんだかいつもと雰囲気が違った。なかなか始まらない様子に会場がざわつく…。
「スゥッ…」
小さな会場だけに、ジャニスの呼吸が響き渡る…。その姿に見ているこっちの息が止まりそうだ。
〜♪
「Down on Me」
ジャニスのステージは、まさに混沌としている時代を自由と強さで牽引してくれる光のように見えた。
ジャニスが歌った「Down on Me」
心の奥底から湧き出る、私の中で眠っていた、あるはずのない不確かなエネルギーを呼び覚ましてくれる、そんな曲だった。
バンドクルーと笑い合うジャニス。気付けばお客さんまでステージ上にぎゅうぎゅうに上がっている。
ジャニスは演奏を披露するのではない。空間そのものを作り上げてしまうんだ。
こんなシンガー見たことないよ。私は涙が止まらなかった。
そしてなぜだろう、毎回ジャニスが歌うステージが〝これで最後〟と感じてしまうのは。
何故だろうか。あなたが遠くへ行ってしまいそうな、そんな悲しい結末を描いてしまうのは。
きっと、妙に切なく、誰よりも色っぽく、未来に向かって叫ぶような歌い方をするジャニスがそうさせるんだ。
私はこの日を境目に、自分の使命を見つけた気がした。
私は、記事のタイトルをこう名付けた。
“異国の地で輝く自由への光 ── ジャニス・ジョプリン”
あれだけいつも時間がかかる原稿が、この日のことばかりは夜通しで書きあげ、気付けば私の狭い部屋に朝日が差し込んでいた。
こんな経験ははじめてだった。なんて充実した気持ちなんだろう。
しかしこの私の行動がまさかの展開になるなんて、思いもよらなかった。
叫ぶ男
ある日、
「部長、大変です!フロントに変なおじさんが…」
新入社員が大慌てでフロアに走ってきた。
変なおじさん??
覗いてみてみると、その人は何かを必死に叫んでいるようだった。
「生きているんだよ!!!!!!!!…ったく、なんで誰も知らないんだ!!!!編集長!!編集長を呼べ!!!!この世から忘れられてるなんておかしいだろう!!!」
おじいさんは頑なに何かを伝えたがっていた。
「なんだよあのうるせーじいさんは…。警備員を呼べ!ったく…入稿前の忙しいときに…」
部長は仕方なくフロントへ向かう。
なんで海外の人がこんな日本の出版社に??
誰かのファンか何か?
しかし、次の瞬間、思いがけない言葉が飛び出した。
「ジャニス・ジョプリンが生きてるんだよ!!!!!!」
…?ジャニス??聞き間違いではなかろう、おじいさんはジャニス・ジョプリンと叫んでいた。
まさか、とは思った。そして背筋がゾクっとした。
仕事が終わると会社のエントランスにそのおじいさんらしき人が佇んでいた。
見かけは怪しい人ではなさそう。60代〜70代くらいだろうか。身につけているものは高級品ばかり。お金持ちなのかな。
「あの〜」
私は勇気を持ってそのおじいさんに話しかけてみた。
おじいさんは黙ったままこちらを見る。
「一度お話聞かせてもらえませんか?」
私はおじいさんの話を聞くために、いつものバーに案内した。ジャニスはまだ居ないようだ。
「私の名前を言うまでもないな。早速本題に」
「あのー、いや…知りません」
「何っ??私の名前を知らない???」
「はい」
「ったく…最近の若い者は!こんな記事を書いておいて、私のことを知らないなんて、けしからん!」
おじいさんが手にしたのは私が無名で寄稿したジャニスの記事だった。
「ちょっ!!私の記事!!わ〜すごい!本当に載ったんだぁ〜」
無記名で寄稿したため、記事の行方がどうなっているか知らなかった。私はとても嬉しかった。この記事は、南半球のあの人も見てくれているだろうか?
「そんなことより、とんでもないことをしているんだぞ、君は」
「えっ?」
おじいさんの表情は暗かった。
「私の名前はディック・キャベット。もう引退したが、元はタレントであり、コメディアンであり、トークショー番組“ディック・キャベット・ショー”の司会者だ。ジョン・レノンとオノ・ヨーコだって出演するほど有名な番組だったんだぞ」
どうやらおじいさんはとてもすごい人だったらしい。
「勉強不足ですみませんでした!」
「まあ良い。それで、私はジャニス・ジョプリンとも交友があり、それはまぁ詳しくは話せないのだが…」
「えっ?もしかして、元彼とか??!」
「…番組以外でもトークする関係とでも言っておこうかのう…。私はジャニスの音楽性だけでなく、人柄にも惹かれていた。人々を惹きつけてならない、魅力が…。そんなジャニスがこの世から忘れられているなんて…一体どうなってるんだ」
「えっ?忘れられている?」
一体、なんの話をしているのかさっぱり理解できなかった。
「ジャニスは1943年生まれ。60年代の音楽シーンで活躍した伝説のロックスターじゃよ。この映像を見てくれればその凄さがわかる」
おじいさんは一本のビデオテープを取り出した。マスターに頼み、その映像をプロジェクターで流す。
〜♪
「えっ………………」
そこにいたのはジャニスの姿だった。
「あの、、これは?」
「これは、1967年に開催されたフェス〝モントレー・ポップ・フェスティバル〟の映像。現代のフェスの原型とも言われているこのイベントで、ジャニスのステージはそれはもう圧巻だった。20万人もの観客全員がジャニスのパフォーマンスに圧倒されていたよ」
信じられない…。ジャニスは1960年代のスーパースター!?
すると鼻歌を歌いながらバーの階段を降りる音がし、扉がガチャリと開いた。ジャニスがバーにやってきた。
「ねぇ聞いて!良い曲が書けたの、タイトルは…」
ジャニスは驚いた表情で大きな帽子を外し、ギターケースを床に落っことしてしまった。
「ディック??」
「ジャニス…」
「ディックーーーーーーーー!!!!」
ジャニスはディック・キャベットとハグをしていた。
「ちょっとディックじゃない!なんでここにいるのよ!!!少しシワが増えたようだけれど、未来のディックに会えるなんてもー信じられない!!とってもロマンティック!!!そうだこのことを曲に書いてみ…」
「一体どう言うことなの!?ジャニス!」
盛り上がる様子のジャニスに、私は問いかけた。
「会った日に言ったじゃない!タイムワープしたんだって」
「えっ?」
私はジャニスに会った日のことを脳内で巻き戻ししてみた。
ライブハウスで出会って、声かけて、カラオケに行って…そこで確かジャニスは私になんか言ってたような…。
────────────────
「私ね、本当はロックスターなの。1960年代の」
────────────────
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!? あの言葉って本当の意味だったの!?」
酔っ払っていたし、夢見る少女が不意に発した願望かと思ってたけれど、まかそれが本当だったなんて。。
呆気に取られている私を横目に、ジャニスは映像に飛びついた。
「ちょっとこれ〝モントレー・ポップ・フェスティバル〟の映像じゃない!懐かしい〜!!そう言えば、あなたが尊敬しているジミ・ヘンドリックスも出演していたね。このときは楽しかったわぁ」
「嘘っ…!? ジミヘンも??!!」
私は理解に追いつこうと必死だった。
「ええと、一度話を整理させて。ジャニスは、1943年生まれ。1960年代に人気を集めたロックスターで、なぜか今この2000年代にいる。合ってる?いや、ところでなんでこの時代にいるの?」
ジャニスは一瞬頭を傾げた。
「それはなんだか私もあまりよく分からなくってね。いつものようにレコーディングしていたら、ヘッドホンの奥から泣き声が聞こえてきたの。幻聴かと思ってそれがすごく怖かったんだけど、女の子が叫んでいるような気がして、それで気になってスタジオの扉を開けてみたら、この世界に通じてたの」
「そんなことって…いや、ちょっと待って」
まるで映画のような展開に驚きが止まなかったが、ある重大なことに気づいた。
「そんな有名なジャニスが、この時代にいるって言うのにみんな大騒ぎにならないの?」
「それが問題なんじゃ」
ディックは重い表情で口を開いた。
「この世の中の人々は、ほとんどジャニス・ジョプリンのことを忘れてしまっているようだ。おまけに、過去の情報はなぜかすべて消えてしまっている。ネットにもどこにも出てこない。実は私もその一人だった。けれどあんたが書いたこの記事に何か引っかかった。そしてこのビデオテープ再生したおかげでわしは記憶を取り戻すことができたのだが。。どうやら、ジャニスがタイムリープしてしまったことによって歴史が変わってしまったようだ」
「そんな…ジャニス…」
ジャニスの顔を恐る恐る見てみた。
俯いている様子に、緊張が走った。。
「ジャニス…?」
ジャニスは笑顔で言った。
「逆にありがたいわね」
「えっ??」
「だってそれって新しく音楽活動ができるって訳でしょ? 人生を二度楽しめるってことじゃない!」
私は、なんだか悪いことをした気がした。SNSやライブに出たことによって、ジャニスの歴史を、いや、音楽の歴史を変えてしまったのではないだろうか…。
「そうだった、新しい曲を書いたの、みんな聞いて!」
ジャニスはギターを持たずに演奏用の椅子に腰掛ける。
「なんて言うかな。これは純粋な想いっていうか、すごくシンプルな曲なの。誰もが願う、願望よ。良かったら歌ってみて」
〜♪
「Mercedes Benz」
この曲は、私にとって初めて聞く曲だったのだが、なぜかバーの客はどこかで聞いたことがあるようなノリだった。
気づけばバーの客がみんな口ずさんでいた。その顔ぶれは、年齢からして本当はジャニスのことを知っているような人たちにも伺える。
なんだか切ない。みんなジャニスのことを忘れてしまっているなんて。
けどみんな楽しそう。音楽ひとつあればすぐに仲間になれる、そんな暖かな空間とジャニスの音楽の素晴らしさに改めて感動した。
まったく、この女の子は。。
「あ、あと私ロッキンに出ることにしたわ。応援してね」
ジャニスは、日本最大級のロックフェス〝ROCK IN JAPAN FESTIVAL〟に出演することになった。夏の暑い日に彼女の歌声が響き渡る様子が目に浮かぶ。
彼女はひたすら未来に突き進む。たとえ世間が彼女を忘れてしまおうとも。
(続く)
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