小説|ジャニス・ジョプリンと見た夢【第1章】
※※※この物語はフィクションです※※※
ゆとり世代を生き抜いた女の末路
Dear ジャニス
あなたがこの世を去って早くも4年の歳月が経ってしまった。
この世をシャウトし、嘆いてくれる人はもう誰一人としていない。
何より、いちばん大切なあなたを守ってあげられなくて、ごめん。
テレビから流れるジャニスの楽曲「Move over」。新車のCMの挿入歌に起用され、飛び跳ねるように踊る女性モデルが画面越しに放つ一言は皮肉にも「Wake up!(起きて!)」。私の人生には未だ彼女の存在が色濃く残っており、そう簡単には消えてなくならないようだ。
彼女が生涯に完成できなかった楽曲
「Buried Alive In The Blues〝生きながらブルースに葬られて〟」
彼女の悲しい結末とは裏腹に、パワフルすぎるメロディーに疑問すら覚える。
〝生きながらブルースに葬られて〟
それは一体どんな意味を持つのか。
ジャニスは一体何を考えてこの曲を書きあげたのか。
もう一度だけ、もう一度だけで良い。彼女に会って話せたら。そんな叶うはずのない夢を捨てきれずに、私はだらだらと現代を生き続けている。
──
私は平成3年生まれ。世間から『ゆとり世代』と呼ばれた世代である。
子供のころはたまごっちやゲームボーイと戯れ、中学〜高校ではプリクラやカラオケに勤しむ、どこにでもいるような女の子だった。
大学では軽音サークルに入り、講義にも行かずただひたすら昼夜バンドマンごっこに勤しみ、まさに典型的なゆとり世代の象徴だった。
大人たちは言う。
「でた。ゆとり」
そう言われると、なんだかむしょうに腹が立った。
何もしていない。
ただのんびりと過ごしている。
自分に甘い。
そんな響きが私は大嫌いで、そう感じたのはきっと私だけではないだろう。
私は音楽に情熱を注いでいたし、それの何がゆとりなんだ。「大好きなバンドで一生音楽をしたい」そう親に告白したときには「馬鹿を言うな」の一点張りで、この時代に生まれたことをはじめて憎んだ。
私は1960年代のアメリカに強い憧れを抱いていた。
混沌とした時代ではあったが、当時を生きるバンドマンたちはそれぞれの音楽を貫き、命尽きるまで創作活動に明け暮れていた。そんな姿と音楽の時代そのものが羨ましかった。
ロックの神様がたくさん誕生した時代に生きてみたかった。一度で良いからタイムスリップしたいと何度願ったことだろうか。
そもそも、この世の中自体がゆとりなんじゃないか、私はそう思ってならない。
こんな世の中をジャンヌ・ダルクのように引っ張って行ってくれるような強い存在を、私は今も昔もずっと追い求めていた。
泣き、叫ぶ女
大学卒業後、私はとある出版社へ就職した。
音楽雑誌『Musiholic(ミュージホリック)』の編集者を勤めること早2年。慣れないこともあるが、ようやく自分一人でも取材を任されるようになってきた。
雑誌ではいろんなジャンルの音楽を扱っており、新進気鋭のバンドから往年のベテランアーティスト、地下アイドルまでさまざまだ。しかし、雑誌の売れ行きが悪く方向性を見失っているようにも思えた。
仕事は激務で終電で帰ることもしばしば。恋人もいなければ、大学のバンド仲間とも久しく会っていない。音楽が好きでこの仕事に就いたのに、心も身体もヘトヘトになっていた。
そんなある日。原稿の締日までギリギリになってしまい、敢えなく終電を逃してしまった。
仕方なく漫画喫茶にでも泊まろうと夜の街を徘徊していたところ、とあるライブハウスから音楽が聞こえてきた。
仕事以外でライブハウスに足を止めたのは久しぶりだった。それより、こんな場所にライブハウスなんてあったっけ? 明日も早いし身体を休めないと、と思ったものの、少しだけなら、と階段を降りてみた。
深めの階段を一段、また一段と降りていく度に、音が濃く・太く感じてくる。
階段をすべて降り、ライブハウスの扉の前に立ったところで音がはっきりしてきた。
そして感じた。
この歌声は一体なんだ。
泣いているような、叫んでいるような。今まで聴いたことのない声に、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
なんだか緊張感も漂うような雰囲気に一瞬怖気付いたが、勇気を出して重い扉を押し開けてみた。
そして、足を踏み入れた瞬間、まるで時が止まったようだった。こんなにも自分の魂が震える瞬間は人生で初めてのことだった。
私は“彼女”に出会ってしまった。
〜♪
「Kozmic Blues」
周囲を巻き込むパワフルな歌声、心臓が止まりそうなくらい切ないブルース、シャウトには何か自分の命を削っているかのようにも聴こえる。
ソバージュがかかった長い髪の毛をかき上げ、小さな身体を振り絞りながら全身全霊で歌う。私は彼女の音楽に涙が止まらなかった。
ロックなのか、ソウルなのか、、なんて言うジャンルなのか・・・
とにかく、、こんな音楽聴いたことない!!
これだ。これこそ今の時代に必要な音楽だ!!!彼女は間違いなくジャンヌ・ダルクだ!!
興奮が冷め止まないまま、私は彼女が帰るまで待ち続けた。
こんなことは初めてだった。音楽でこの世を変えられる、そんな可能性を感じ「この音楽を世に届けなければならない」と使命感さえ覚えた。
彼女が裏口から出てきたところを、思い切って声をかけた。
「すみません。音楽雑誌で編集者をしているものなのですが…」
唾をごくりと飲み込み、私は彼女にこう言った。
「あなたの音楽をもっと知りたいです!!ぜひ記事を書かせてください!!!!!」
一瞬困ったような顔を浮かべるも、彼女は満面の笑み浮かべながらこう言った。
「私、ジャニス。一緒にカラオケ行く?」
「えっ?」
これが私とジャニスの出会いだった。
私とジャニスは見事に意気投合し、朝まで歌い、叫んだ。カラオケでは、日本の歌も海外の歌も、なんでも歌った。まさか初めて出会うアメリカ人とその場でカラオケに行くとは思ってもみなかったが、私は彼女の歌声に心底惚れてしまった。
そして、タバコを吸いながらウイスキーを瓶でラッパ飲みする女の子は、今までもこの先もジャニスが初めてだった。
次の日会社を大遅刻し、上司に思いっきり怒られることになったが、私は決して後悔しなかった。
「ジャンヌ・ダルクを見つけました!!」
会社のフロア全体に響き渡るような声でそう言った。
この先何が起きても怖くない。不敵な笑みを浮かべながら、自信に満ち溢れていたのだった。
浮世離れした女の子
私はその後もジャニスのライブに足を運んでは、共に時間を過ごした。とにかく楽しくて、何より彼女の音楽が大好きだった。
ロックな楽曲には勇気をもらい、ブルースソングには涙を流し、聴く度にこれまでの自分の愚行がすべて許されるような、そんなあたたかな気持ちになったのだ。
ジャニスのライブは本当に圧巻だった。何か不思議なパワーを持っている。彼女の存在自体がこの世のものではないような、どこか別の惑星からやってきたようにも思える。
彼女のパフォーマンスを見逃したくないがために、無心にカメラのシャッターを切り、見たこと、感じたことをすべてを文章にして書き起こす。
そして完成した提案書を上司に提出した。
「う〜ん。華がないな。それに何だか随分古臭いファッションだな」
「歌声を一度聴いてみてください!圧倒されますよ!ジャニスの音楽は今の時代にまさに…」
「そんなことより、このアイドルたちの連載を頼むよ。今すごい人気なんだぞ!お前も編集者として今売れるべき音楽をちゃんと見定めろよなー」
上司に渡された資料には、アイドルたちのキラキラとした笑顔。違う、私の魂が震えるのは残念ながらこの笑顔たちじゃない。
〝今売れるべき音楽をちゃんと見定めろ〟
今売れるべき音楽って何? 可愛いヴィジュアルとか、マルチなタレント性とか?
ジャニスの音楽を広めたいのは、私のエゴなのか?自己満足なのか?
いや、そんなことない。
違うんだ。もっとこう、魂が震える、そんな音楽を世の中に広めたいんだ。
ロックの神様たちは、もっと音楽で勝負して、音楽で自分を貫いていた。そうでしょう?
いつからこの世の中はこんなにも複雑になってしまったのだろう。
私はやるせない気持ちでいっぱいになった。そしてまたこの時代に生まれてきたことを再び悔やんだ。
ある日私はジャニスにこんなことを聞いた。
「ジャニスはインスタとかやってないの?動画とか投稿したら絶対すぐ売れるのに」
「インスタって何?」
「えっ?」
「Instagramだよ!写真とか、動画とか投稿するやつ!!」
「知らないよ、何のためにするの?それ」
「いやいやいや、えっ?もしかして、YoutubeとかTwitterとかTikTokも知らないの?」
「知らないね」
信じられなかった。ジャニスはソーシャルメディアはもちろん、“ググる”ことさえ知らなかったようだ。
「へぇ〜これで知りたいことが知れるんだ。こんなことできたら誰だってノーベル賞取れちゃうじゃんね」
唖然とした。
そういえば、ジャニスのこと、アメリカの田舎町で生まれたことぐらいしか知らなかった。いつも連絡は謎に公衆電話からだったし、会うときは同じ時間にいつものバーで会ってたし。
私はソーシャルメディアについてひと通りジャニスに説明した。
「ふぅん。ちなみにこのハートとか犬のマークは何?」
「これ?これはフィルターで顔に装飾ができるの。他にも目を大きくしたり、肌を白くしたり…」
「アッハッハッハッハ!!!!」
突然ジャニスは大笑いをした。
「こんなことしてどうするの!まるで仮面、オペラ座の怪人ね。そんでもってこの子たちはどうしたの?みんな同じ顔じゃない!日本の女の子はみんな同じ顔になりたいの?」
私はジャニスの言葉に一瞬頭が真っ白になったが、確かにそうだ、と納得した。
それ以外にもジャニスは当たり前のことを知らないことが多く、それぞれに対する観点もかなり独特だった。
はじめて一緒にタピオカを飲んだときも…
「吸ってるか吐いてるかわからなくなる飲み物ね。まるでタバコみたい」
電子マネーで支払う私を見て言った一言はこうだ…
「これがお金になるの!? 魔法みたい!なんでも買えるの? カラーテレビも?ベンツも??」
一体いつの時代の人よ!!
同世代くらいと思っていたけれど、たまにジャニスが80歳くらいのおばぁちゃんに感じるときがある。
だからなのか、歌うときはこの世のすべてを見てきたような、そんな印象があった。私はそんなジャニスをいつも不思議に思った。現代人にはない、まさに浮世離れした女の子だった。
そんなある日、私はジャニスに提案をした。
「ジャニス、インスタライブしてみようよ」
「嫌よ。そんな手鏡に歌って何の意味があるのよ。私はね、愛する人のためにしか歌わないの」
「ひどい!スティーブ・ジョブズの大発明を手鏡だなんて!」
「誰それ。それにあなたたちにとっては手鏡でしょ?ほんと、昔話の悪い魔女みたいね」
「むっ…これはね、鏡じゃないの。むしろ扉。この扉をくぐれば新しい世界に飛び出せるの!ジャニスの歌をもっとたくさんの人に届けられるのよ」
「届けるって、誰に?」
「だから、世界中の人にだよ!」
「えっ?世界中?」
「もちろん」
「それってこの日本の反対側の人にも届けることができる?」
「日本の反対側??それってブラジルのこと?当たり前じゃん。まあ、今の時間配信したらブラジルで見てくれる人はあんまり居ないかもしれないけど」
「…私、それやるわ」
「えっ?」
「南半球に届けられるなら、私は歌うわ」
私はその日はじめてジャニスの強い眼差しを見た。あんな瞳をした女の子は初めてだった。
「マイクちょうだい」
「じゃあ、、配信するよ?」
〜♪
「Piece of my heart」
ジャニスは泣いていた。絶対に誰かを想いながら泣き、そしていつも以上に叫んでいた。
悲しい気持ちにもなったが、この夜のジャニスにとても色気を感じた。
同じ女性でも惚れてしまいそうな艶のある雰囲気を纏っており、私は一生忘れられない夜になった。
この日のジャニスの涙の意味を、私は後ほど知ることになる。
(続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?