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『志ん生一代(上・下)』読みました。


志ん生一代(上・下)

著者:結城昌治



内容紹介
名人・古今亭志ん生の若き日の彷徨を描く
15歳で家出し、20歳で三遊亭小円朝に弟子入りし、朝太の名をもらう。
「一人前の噺家になるまでは家にはかえらねぇ……」。
落語への情熱は本物だったが、10代から覚えた「飲む、打つ、買う」の3道楽は止められない。師匠を怒らせ、仕事をしくじり、借金を重ねていく……。後の名人・古今亭志ん生の若き日の彷徨だった。
上巻では不世出の天才落語家・志ん生の若き日が、生き生きと描かれる。


落語、というものにはじめて触れた日のことは今でも憶えている。

友達ん家で遊んでて夜中の一時だか二時だかに帰宅して、まだ眠くないのでテレビでもとザッピングしていたら落語がやっていた。

『そういえば落語ってまともに聞いたことないな』

と思い、途中からだったがそのまま見ていた。
途中からなので話の内容はいまいちわからなかったけど、

『落語っておもしろい、かも』

っと思ったのがはじめて触れた日のことだ。

今からすれば、アレは桂枝雀で演目は『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』だったのだと思う。

それから少しして東京にいる兄が、
『図書館で落語のCD借りてきたけど聞きたいか?』
と言ってきたので送ってもらった。
その頃はCDでもMDでもなくカセットテープにダビングしたものを送ってもらって聞いた。

それに入っていたのが古今亭 志ん生の「水屋の富」だった。

それが面白く、一発でハマった。

その後落語のカセットテープセットやCDセットやDVDを購入したり、無職で時間があったのでYouTubやニコ動で聞きあさったのは別の話なので割合しておく。

なんにしろ、聞くきっかけが枝雀で、ハマったきっかけが志ん生なのだ。

自分にとって志ん生というのは不思議な落語家だ。

志ん生は今からすれば前時代どころ全然時代ぐらい、あるいはもっと前時代の落語家なので、落語をやっている映像はYouTubなんかでも見かけないきがする。

一番下の子である古今亭志ん朝が六三歳で亡くなったのが2001年ということからでもそれは分かるだろう。

しかし落語というのは音声だけでも全然大丈夫という利点がある。

でも正直、志ん生の落語は聞き取りにくいと思う。

それでも心を捕らえてくる魅力があるのだ。

その辺りがいまいち上手く説明できないので、個人的に不思議な落語家と思ってしまうのだ。

これこそ「フラがある」という所かもしれない。
稽古で上手くはなっても、生まれ持った面白さは稽古では身にはつかない。

本書は自伝でも評伝でもない。
志ん生を主人公にした小説、だろう。

昔読んだ志ん生の本で書いていた、と思うが。(探したけど出てこなかったので出所が不明)

『貧乏はするもんじゃねぇ、たしなむもんです』

という名言を憶えているんだけど、この小説中でもその言葉を体現するかのようにずっと貧乏なのだ。

もともと遅咲きで売れた、なんてのも知っていたけど、やっと売れ出したら戦争がはじまって、慰問で満州に行ってまた貧乏生活が始まるあたりなんかは、たしなむのを通り越している。

そもそも人付き合いの下手さと、飲む打つ買うをやめられないあたりなんかが貧乏生活が続く要因だ。

つまりは本人が悪いのだ。

師匠の羽織を質に入れてしまって低迷するあたりなんか、俺なんかは絶対マネできない。いかに自分が小心者かというのを自覚させられてしまう。

そんな志ん生が落語で食えることができたのは、結局は腕があったからで、貧乏のどん底生活でにっちもさっちもいかなくなり、別の商売で食いつなごうにも上手くいかない、自分にはやっぱり落語しかない、と覚悟を決め、前座扱いでもいいので寄席にでようと向かうあたりのシーンは心に響かないはずがない。

老舗の寄席、上野鈴本の支配人島村に話しかけられる場面がある、

「どうだい、上野にでてみねかい」
「あたしを上野へだしてくれるんですか」
「条件があるけどな」
「おれの言うとおりにやることだ。おめえのずぼらは知りすぎているくらいだが、抜いたり遅れたりしたら承知しねえ。酒はいい。博打も止せとは言わねえ。しかし、商売はきちんとやってもらう」
「分かりました」
「それから言うまでもねえことを言うようだが、芸人てえのは手前ひとりで通がっちゃいけねえ。手前が嫌いなものでもやらなきゃいけねえんだ。いいかい、ここが肝心なところだ。芸人なんてのはな、客に受けなかったら屁みてえなものだ。仲間や、何も分からねえくせに通ぶった面をしている連中に褒められたって糞の役にも立ちゃしねえ。それより受けるはなしをやるんだ」
「受けるはなしって?」
「例えばバレ(艶笑落語)さ。それも、思いっきり笑わせるのがいい」
「人情ばなしはいけませんか」
「駄目だ。そんなものは看板が大きくなってから、いくらでもやれる。受けるほうが先だ」
「受けますかね」
「おれの眼は狂っちゃいねえよ。ほんとにやる気があるなら、明日寄り合いがあるから顔づけ(番組)に割り込ませてやる」
「お願いします。そうしてもらえるなら是非お願いだ。一所けんめいやりますよ。売れる芸人になるか、屁になって消えちまうか、どっちかの分かれ目だ」

屁みたく消えなかった志ん生、カッケーです。






地獄八景亡者戯の後半だと思う。
一時間の前編後編とながい演目。

『じごくのそうべえ』という絵本の元ネタ。




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