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トロフィールーム(1)

あらすじ

芸人で、怪談系動画配信者の長谷部は、チャンネルの新たな試みとして、友人の魚住の協力を得て、犯罪系の動画をはじめるにした。
そして手はじめに、生まれ故郷で十数年前に起きた、少女失踪事件を取り扱うことを思いつき、現場?となった少女の自宅に向かうのであった。
 


本編

「ミユキちゃぁぁん!」
 駅前。
太陽はじょじょに夕陽の顔に変わろうとしていた。
長谷部の大声に、駅から出てきた人々がいっせいに目を向ける。

「ミユキちゅわぁぁぁん!」
 さらに大きな声、手を目一杯上げ左右に大きくフリフリする。

「ミユキちゃん! ミユキちゃん! こっちこっち!」
 ジャンプまではじめた。車の屋根を叩いて隣の男に止められたりしている。茶髪で肩にかかりそうな長い髪、花柄のピンクのアロハ。目立つ格好で目立つ行動に、さらに多くの視線が向いて来る。タクシーの運転手なんかはにらみつけるような視線をむけてきた。

 小柄で金髪ボブヘアー、全身黒でシックな服装で小さなリュックを下げた女性が、走って近づいてくる。

「止めてください!」
「ミユキちゃん! よく来てくれたねぇ! ありがとう!」
「声が大きいですって!」
 女性――ミユキに怒鳴られても気にもかけず、ハグしようとしてヒジを喰らった。

「ミユキちゃん、こっちは魚住。うお、こっちミユキちゃん」
 そう言いながら長谷部は隣に立っている、頭ひとつ大きいたれ目の男を紹介する。
「どうしてこの人を止めてくれなかったんですか?」
「……こっちも被害者ですよ」
 魚住はたれ目をさらにたらして答えた。確かに注目されたのは魚住も同じだった。

「やっぱ来るんじゃなかった」
「やっぱって、地味に傷つくなぁ」
 言葉とは裏腹に、長谷部の口調は嬉しそうだ。
「やっぱやっぱやっぱ帰ってイイですか?」
「やっぱっぱカッパッパ、もっと言って、クセになりそう」
 ミユキは舌を出して答える。
「あらかわいい」
 ニラみつけられた。

「ホンキで帰りたくなってきた」
 ミユキは駅を見る。
「残念、次の電車は一時間後だよ。ドっっ田舎をなめるんじゃない」
 そう言って笑う。

「ゆっくりしてきなよ、何ならオレの実家に泊めたげるからさ」
「あっ、ダメです。明日仕事あるんで」
 ミユキは急に落ち着いた口調で言った。
「いきなりマジレスすんなよ」
 二人して真面目な顔になり、そして笑った。

「まっ、とりあえず行きましょうか。後ろでイイですか、お嬢様?」
 長谷部はそう言いながら車の後部ドアを開くと、ミユキは大げさに頭を下げてから乗り込んだ。ドアを閉めると長谷部は助手席、魚住は運転席におさまった。

 車はすぐに発進する。

「まあ、なにから話していいかわかんないけど、オレとこいつは高校生ん時からの付き合いなんだ」
「あっ、もしかして前に言ってた人ですか?」
「あれ? 話したことあったっけ?」
「お笑いに誘おうとしたことあるって」
「ま……あ……な」
 長谷部は気まずそうに隣の魚住を見る。運転に集中しているのか、視線を返してくることはなかった。

「二人の馴れ初めは?」
 ミユキはそこにはないマイクを握って長谷部に向けてくる。
「単に同じクラスで隣の席だったからだよ」
「隣の席、なるほど、どこにでも落ちているような理由ですね。で?」
「話してたら、マンガとか音楽とかテレビとか、まあ、同じようなモノが好で、面白いと思う感覚も似てたんだよ」
「なるほどなるほど」
 ミユキはない手帳に書き書きする。

「その頃からこの人はお調子者だったんですか?」
 そう言いながら、今度は魚住にマイクを向けた。しかし気づいていないのか無視したのか、なにも答えなかった。
「へっ、そうだよ。オレはクラスどころか学校で目立ってたぜ。サッカー部で彼女もいて、一軍で青春そのものを謳歌してたよ」
「謳歌って難しい言葉知ってるんですね。言ってて恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしいけど、事実だし。なぁ?」
 長谷部が聞くと、魚住は無言でうなづいた。

「じゃあ、そのイチグン仲間だったんですか?」
 ミユキは『イチグン』の部分を笑いながら聞いた。
「いや、コイツは真逆。ぜんぜん目立ってねぇ。クラスでも端の方にいて、物静かな、いわゆる教室モブの一人だったよ」
「ははっは、教室モブって、親友になんてこと言うんですか」
「いいんだよ、コイツがむかし自分で言ったことなんだからよ」
 言われて魚住は口の端をわずかにゆがめる。
「まあ、一軍友達からは『なんであんなヤツと付き合うんだよ?』って言われたことあったけどな」
「その友達キライ」
 ミユキは顔も名前も知らない長谷部の学友を否定する。

「まあ、それでもよ、喋ってみると誰よりも、学校で一番面白いヤツだったんだよ」
「それでお笑いの道に誘おうとしたんですか?」
「ま、あ……な……」
「なんでそこになると歯切れが悪くなるんですか?」
「う……ん……」
「あっ! もしかしてそのこと言ったことなかったんですか?」
「ミユキちゃん……思ったことなんでも言うの、勘弁してくんねぇかな?」
「ふふ」
 強烈な一撃を喰らったような渋い顔の長谷部を見て、駅での仕返しができたと思っているのか、ミユキはイヤらしい笑顔になる。

「もし誘われてたら一緒に行ってました?」
 ミユキが聞くと魚住は首を振った。
「あら、何年か越しに振られちゃいましたね」
「バカ言っちゃいけないよ。はじめっから断られるのわかってたから誘わなかったんだよ」
「そんなの言わなきゃわかんないじゃないですか」
「わかってたんだよ」
「ネガティブだなぁ」
「ちげぇよ。あのな、高三の時にコイツの親父が亡くなって、母ちゃんが入院してな」
「ありゃ、大変でしたね」
 魚住はあいまいに首を振る。
「あげくに『イイ就職先が見つかった』なんて言われたらあきらめんだろ」
 長谷部は高校を卒業すると、一人上京し、芸人の養成学校の道に進んだ。魚住の母親が亡くなったのはそれから二年ほどしてからだった。
「しっかりとどめ刺されちゃったんだ。さすがにそれじゃ誘わないっスね」
「だろ?」
 ミユキは小刻みに何度もうなづく。

「まあ、一回途切れたりしたんだけど、SNSでまたつながって、今にいたるって感じかな。何回かライブ見に来てくれたことあったよな?」
「解散ライブ行ったな」
 魚住に言われて長谷部は鼻で笑う。

 長谷部は養成所で仲良くなった人とコンビを組んで活動していた。ソレなりに人気も出てきたものの、お笑い一本で食えるほどの稼ぎもなく、コンビ仲だけが悪くなっていき、解散してしまった。

「元相方さん面白かったですね」
「ケッ!」
 外ならツバでも吐いていたような奇声だった。長谷部にとって一番腹立たしい話だった。元相方はその後に組んだコンビで、去年末にあった漫才の賞レースの決勝まで進出し、それをきっかけに売れているのだ。

「面白いヤツが八組中五位になっかよ。一番中途半端じゃねぇか。まだ最下位の方がネタになんだろ」
「最近よくテレビ出てますよ?」
「テレビなんて誰も見てないだろ。その内消えてなくなんよ、あんなの」
「ずいぶん恨みが深いですねぇ」
「当たり前だろ」
 険のある即答だった。
「テレビに向かって呪い送ってやったぜ!」
「ドヤ顔なのが怖いです」
「マジで送ったからな」
「で、あの結果なんですか? もっと真剣に呪わないとダメじゃないですか」
「うるせぇやい! 呪術ドットコムで調べた呪いだぞ? 効くに決まってんだろ」
「人を呪わば穴二つだぞ」
 魚住が言う。
「ちょうどイイじゃねぇか。もういっこの穴にアイツの相方を埋めてやんよ」
 魚住は声を出して笑う。後ろでミユキも笑った。

「ってかさ、稼ぎでいったらハセゴンさんの方がずっとイイでしょ?」
「まあね」

 長谷部は陽気な声とグッドサインで答える。ハセゴンは彼の芸名だ。
 コンビを解散後、他の人とコンビを組んでは解散を三度ほど繰り返した。最短は一週間だった。仕方なくピンで――などと言ったところで当然うまく行くはずもなく、芸人は開店休業状態だった。
 芸人を辞めることすら頭によぎりだしたころ、一つの光が差した。
 それは怪談だった。
 仲のいい先輩芸人からの誘いだった。
 長谷部は昔から怪談が好きで、自身も不思議な体験、怖い体験を数回経験していた。芸人仲間にも怪談好きはいて、怪談ライブをする者もいた。
 何となくで参加し、自身の体験談をそこで話すと、やたらと評判がよかった。

 それをきっかけに、誘われるたびに参加している内に、怪談といえばコイツ的な印象がついたのか、そういう仕事が増え出した。呼ばれるまま動画共有サイト『Wemovie』の先輩のチャンネルに出演すると、評価もコメントも再生数も驚異の数字をたたき出し、言われるまま自身のチャンネルを開設して始めてみると、数年で怪談系ではトップクラスのチャンネルになった。言われるままに出場した、怪談賞レースで優勝したのも大きかったのかもしれない。
 怪談のおかげで生活ができる――どころか多少の贅沢ができるほどになった。

「そうなのか?」
「知るかよ、そう言うことにしとけ」
 実際元相方の稼ぎなど知るよしもない。

「あんなヤツの話なんてもういいよ、ゲンが悪りぃよ」
 長谷部は下唇をむき出しにする。

「問題はオレのチャンネルの方だよ」
「調子よくないんですか?」
「いや、ぜんぜん」
 あっさりとした答えだった。
「どっちも」
 長谷部はそう言いながらミユキにむかってピースする。

『Wemovie』の収益は、チャンネルの登録者数と、動画の再生数などで決まる。たとえ再生数が多くても登録者数が少なければ収益率が悪いし、その逆も同じだ。

「いっときほどの勢いはねぇけど、まだ動いてるよん」
「じゃあなにが問題なんですか?」
「次の一手だよん」
「次の一手?」
「勢いが落ちきってから新しいことはじめたって遅いだろ? だからそうなる前に次の一手を打っておこうって思ってね」
 長谷部はそこにない将棋の駒を打つふりをする。

「でも、まあ、最近ちょっとしんでぇんだよな――」
自分の体験談などとっくの昔に使い果たしている。人から聞いた体験談もつきている。だからDMで体験談をもらったり、ゲストを呼んだり、他のチャンネルとコラボしたり、生配信したりしてなんとか日々をしのいでいる。
それでも一時の勢いは全くなく、その内落ちていくのが目に見えていた。
勢いが落ちきるのは今日か明日かという不安は常にある。
他のチャンネルとは違い、長谷部にはスタッフがいない。
動画の撮影、編集からUPまで全て一人でこなしている。
肉体的にも精神的にも疲れを感じていた。

「――だから、新たなことをしてみよう、って思ったんだよ。なんだと思う? ミユキちゃん?」
 長谷部は不適に笑う。
「だから心スポめぐりでしょ? それで呼んだクセに」
「チッチッチッチ」
 長谷部はミユキに向かって人差し指を左右に振る。心スポ――心霊スポットのことだ。

「そんなの誰かがやってるだろ?」
「悪かったですね」
「別にミユキちゃんのことディスってないよ」
 明らかな不満の声に、長谷部は笑ってごまかしている。
「で、何だと思う?」
「じゃあ……都市伝説とかですか?」
「それも誰かやってるよ」
「ムカつくなぁ」
 当てられない自分にか、長谷部の態度にだろうか? ――おそらく後者だろう。

「イイかい? ミユキちゃん――」
 長谷部はニヤリと笑って間を作る。

「――オレがやろうと思ったのは、犯罪系動画だよ」

「それも誰かがやってるじゃないですか」
「あ? だからどうした?」
 ミユキはついに長谷部の頭をはたいた。

「まあまあ、ミユキちゃん。確かにミユキちゃんが言った通り、都市伝説は考えたよ。でも、オレ元々そっちにくわしくないし、正直興味ねぇんだよ。心スポめぐりなんて、いちいち許可取りが面倒だろ?」
「そうですね」

 心霊スポットと一口に言っても、誰もが勝手に行っていい場所だけではない。たとえそこが廃業している廃ホテルや廃旅館だったとしても、必ず所有者がいて、入場と撮影の許可は必要なのだ。
 最近は、動画で配信をしたせいで、それを観たヤカラが訪れ、勝手に入ったりする事もあってか、許可が取りづらい問題もあった。

「だろ? そこで思いついたのが――」
 そう言いながら長谷部は魚住の肩に手を置く。
「――この秘密兵器さ」
 肩をポンポン叩く。

「こいつ、昔っからこっち系に詳しいんだよ」
「ふぅん」
 ミユキは興味なさそうな返事をする。
「高校ん時にもこっち系の話はよく聞かされたしな。今でもこっち系の本だのサイトだの見てるって言うし、趣味なんだよな?」
 ミユキの目が一瞬曇った感じがした。
「好きなだけだよ」
 どっちも同じだ――そんな目だった。しかし前を見て運転している魚住はその目に気づいていなかった。

「犯罪だって戦争だって、娯楽として消費できんだよ」
「ふぅぅぅん」
「とにかく三角、猟奇事件だの未解決事件だの、事件のあらましからなにからの台本をコイツに書いてもらう、それをオレが動画にする。パーペキだろぉ?」
「ふぅん、いいんじゃないですか? 別に私に関係ないし」

 車が空き地で停まる。魚住がエンジンを止めたので、三人して外に出た。

「ここ?」
 ミユキは目前の家を見ている。
「違うよ」
「はぁ?」
「目的地はこっから歩いて五分ぐらいんとこ」
「五分も歩くなら、そこまで行けばいいじゃないですか」
「それには事情、ってもんがあるんだよ」
 ミユキは頭の上に『?』を浮かべて首をかしげる。

「よし、説明してやれ、秘密兵器!」
 長谷部は魚住の背中を叩く。

「説明もなにも、コレ見てもらった方がはやいだろ」
 魚住はポケットから紙を出し、ミユキに手渡す。
「ボクらが高三の時に――」
 ミユキは手のチラシを開いて見る。

「――そのチラシの女の子が行方不明になったんだよ」

 ミユキはチラシに書かれている事を読んでいるのか、視線を外さない。

「その子の父親がボクらの高校の体育教師で、柔道部の顧問だったんだ。ボクは柔道教室に小二の時から通ってて、そこでも教えてたから、ずっと教わってて、恩師って感じかな」

「川田センセはさぁ、デッカくってパンチパーマで、いつも渋い顔で目つき悪かったんだよなぁ。でさぁ、オレたちは『鬼』って呼んでたんだ」
「鬼川田、鬼瓦で、けっきょく略して鬼になったよね」
 昔を思い出してか、二人してクスクス笑う。
「そういうわけで、ボクは莉子ちゃんのことは、彼女が三歳の頃から知ってたんだ」
「私とおない年じゃん……早生まれだから学年はひとつ上か」
 ミユキは二人の話を聞いているのかいないのか、一人言のようにつぶやいた。

「冬だったよな?」
「うん、卒業式間近だった」
「雪ふってなかったっけ?」
「うん、ふってた」
 積もるほどではない雪のふる、ある日、十歳の少女はとつぜん姿を消した。

「えらい騒ぎだったぜ、コイツなんか捜索に参加したんだぜ」
 話を聞いていたようでミユキは魚住を見た。
「ボクだけじゃないよ、柔道関係はみんな手伝ったよ」
 短いため息をついた。

「でも、なにも見つからなかったんだ」

「なにも?」
「そう、服も靴もランドセルも、手がかりひとつ未だになにも見つかっていないんだ」

 ミユキは再び視線をチラシに戻す。そこには行方不明になった当時の莉子の写真と、成人したらこんな顔になっているであろうという、莉子の成人想像イラストが描かれていた。

「先生はね、毎週末になると駅でビラを配っていたんだ」
「うぅん、鬼ちゃんすげよ」
 高校時代の長谷部なら絶対に出てこないような言葉だった。鬼と呼ばれたのは見た目だけのせいではない。生徒に厳しく、苦手――いや、毛嫌いされていた先生だったからだ。

「本当にすごかったよ、十年以上は続けたんだから」
 長谷部は『ピュ~』っと短い口笛を吹いた。

「胃ガンだっけ?」
 魚住は静かにうなずく。

「たまたまこっちに帰ってきた時に会ってさ、駅で。ガンでやせこけて、一瞬誰かわかんなかったぜ」
「手術してよくはなったんだけどね。退院したその週末にビラ配りしてたのはさすがにビックリだったよ」
 二人して、どこか悲しげな顔になっていた。

「自分の子供だよ? それぐらい必死になってもおかしくないよ」
 ミユキは一人言のようにつぶやいた。

「莉子ちゃんが行方不明になって五、六年ぐらいしてからかな?」
 魚住は話を続ける。

「奥さんがとある拝み屋さんと出会ってね」
「うわぁ、イヤな展開」
「ずいぶんつぎ込んだみたいだよ」
 魚住は親指と人差し指で輪っかを作る。ミユキも渋い顔で同じように輪っかを作った。
「この手の事件には、そういうヤカラがわいてくるんですよね」
 魚住はうなづく。
「先生はそういうのには始めから信じてなかって、なんとかしようとしていたんだけど、そうしたらそうしたで、こっそり会ってたみたいなんだ」
「もちろん偽物だったんですよね?」
「うん。最終的に他の被害者からの訴えで捕まったよ」
ミユキは深いため息をついた。

「騙されたってことがよっぽどこたえたんだろうね……その……それで」
 そう言って魚住は言葉を濁した。

「それで自殺しちゃったんですか?」
 ミユキはあっさり聞いた。

「そうとも言えるし、違うとも言える……かな?」
 ミユキは首をかしげる。
 魚住はあいまいに首を振る。

「自宅で心中したんだよ」
 長谷部の声が静かに話を継いだ。

「エグゥ……」
 ミユキが声を漏らす。

「ま、それでな、そのお家に行こうって話なんだよ」
「それじゃあ、心スポじゃなくって事故物件じゃないですか」
「一緒だろ?」
「一緒かな?」
 二人して首をフリフリかしげ合う。

「面倒な許可取りはどうしたんですか?」
「鬼ちゃんにはもう一人息子がいてな、まあアニキなんだけど、ソレにコイツ経由で紹介してもらって、オレが話通したんだよ」
「お家のカギはボクが取りに行った」
 魚住はシャっとポケットからカギを出して見せる。

「わかった。つまり、新しい一手で事件系動画を始めよう、まてよ――」
 ミユキはそう言いながらアゴに手をやる。
「――生まれ育った故郷で未解決事件があったなぁ。まてよマブダチが関係者と知り合いじゃん!」
 指パッチンを鳴らす。

「じゃあ一回目は特別版で家族が亡くなった事故物件からお届けしまぁす。――ってことですね?」
「んだ」
「ついでに心霊スポット巡り系『Wemovier』に、『イイ心霊スポットあるから行こうやぁ。コラボしよぉ。詳しい話は現地ですっから、シクヨロ』って呼んだんですね? しっかりしてる人がいないと怖いから」
「百点くれてやるよ」
「じゃあ私の逆転勝ちですね」
 よくわからないが長谷部はうなずく。

「ちなみに亡くなったのはいつですか?」
 魚住に聞く。
「ええっと……四、五年になるかな?」
「違います、時期です。夏とか冬とか」
「春先だったと思う。発見したのは亡くなって二日後とかじゃなかったかな?」
「じゃあ大丈夫か」
「なにがだよ?」
 長谷部が聞く。

「腐ってたら、けっこうキツいですよ。人型のシミって何年たっても残ってたりしますから」
 言われて長谷部は口をすぼめる。

「ミユキちゃんって、事件系に興味ないって言う割に、こういう話に耐性あるよな」
「心スポにしろ事故物件にしろ、誰かが死んでるんですよ? いちいち気にしてたら身が持たないですよ」
「そんなもんかね」
 長谷部はそう言いながら魚住を見た。魚住はなにも答えなかった。

「で、その現場まで歩いて行かないといけない理由はなんですか?」
「ああ、それは」
 魚住は左を指す。

「そこ家の子が莉子ちゃんと一緒に下校したんだ」
「へぇぇ」
 ミユキは指された家を見る。特筆するような事と言えば、玄関先につながれた犬が惰眠をむさぼっている事ぐらいだ。

「それで、ココで別れたんだ」
 今度は下を指す。

「たった五分の距離で行方不明になったんですか?」
「そこがこの事件の最大のミステリーなんだよ」
 答えたのは長谷部だった。
「ふぅむ」
 ミユキはアゴに手を当ててうなり声を上げる。

「下校時間ってことは、今ぐらいの時間ですかね?」
「もう少し早い時間じゃないかな?」
「人通りもほとんどない感じですし、当然その一緒に帰ってた子が最後の目撃者ですよね?」
 魚住がうなずく。

「ちなみに言っておくけど、寄り道するようなところも別にねぇぞ」
「ふぅむ、ミステリーだ」
 ミユキは眉間にシワをよせて一人つぶやく。

「奥さんの方も先生で、莉子ちゃんはカギっ子だったから、いないって騒ぎになったのは、ココで別れてから三、四時間後じゃないかな? お兄さんの方は当時中学生で部活に出てたし、イロイロあって気づくのが遅れたみたいだよ」
 魚住が補足する。

「じゃあ帰宅した後に、お家から連れ去られたかもしれない?」
「可能性としてはあると思うよ」
「誰が、どうして……何にしてもミステリーだ」
「まっまま、事件のことはあらかたわかっただろうから、とにかく行こうや」

「いや、ちょっとまって」
 魚住が止める。

「んだよ?」
「彼女が何者か聞いてないんだけど」
「怪談師で心スポ巡り系『Wemovier』だよ」
「それはこの前もさっきも、聞いたよ」
「じゃあいいじゃねぇか。何を聞きたいんだよ?」
「何って……」
 魚住は困ったような顔をした。
「なんだろ?」
 言うと二人して笑われた。

「出会いから聞きてぇのか?」
「『最恐』で私が勝ったんですよ」
「大会初の三連覇かかってたのに、一回戦で飛ばすかね」
「しかも二回戦で負けちゃうしね」
 二人して爆笑する。『最恐』とは怪談賞レースのことだ。

「まあ、そっからの付き合いで、ってかお前オレのチャンネルちゃんと見てねぇだろ?」
「いや、そんなことはない、はず」
「あの時、ハセゴンさんは私のチャンネル出ましたけど、私はそっちのチャンネルに出てませんよ。コラボじゃなくってゲストでした」
「あれ? そうだっけ?」
「そうですよ。ハセゴンさんこそ自分のチャンネルちゃんと見てます?」
 長谷部は頭をかきながら、「私が間違っておりました」と頭を下げた。

「まあ、心スポって言ったらミユキちゃんだけどさ、それだけの理由で呼んだわけじゃねぇよ」
「セクハラです」
「あ?」
「どうせ『かわいいから』って言うんでしょ?」
 ミユキはボブヘアーを優雅に手で流す。

「ちげぇよ……違わないけどちげぇよ。勝手に先回りすんじゃねぇよ」
「えへへ」
 ミユキは唇のはしから舌をチョロリと出し、肩をすくめる。

「ミユキちゃんは見えんだよ」

「ん?」
 魚住は眉間にシワをよせる。

「見えるって?」

「幽霊に決まってんだろ」
 長谷部は両手をプラプラさせる。魚住がミユキを見る。
「幽霊ピース」
 彼女は両手に作ったピースを、下向けにしていた。

「信じてないんでしょ?」
「いや……」
 とつぜん聞かれたせいか図星だったのか、魚住は答えをつまらせた。

「信じてないのはコイツだよ」
 魚住は長谷部を指す。
「バカ、オレはバリバリ信じてるよ。バリ信だよ」
「いたらいいな、ぐらいだろ?」
「食いブチだぞ? 見たことあんだぞ? バリ信だよ」
「それ言いたいだけだろ」
 ミユキの視線に気づき、笑顔を引っ込めた。「ちゃんと答えろ」そんな視線だった。

「まま、正直に言うと……六、四ぐらいかな。見たことないからいないなんてこと言わないし見えるって人がいるからって真っ直ぐ信じない、かな」
「早口でなにわめいてんだよお前。あせり過ぎだろ」
「あせってないよ別に」
「ウソつけ。どっちつかずの答えでごまかしやがって。どっちが六でどっちが四だよ?」
「それは……」
 魚住はミユキを見る。
「……見えるって人に出会ったのはじめてだから、ちょっとビックリしただけだよ」
「なんだよそれ」
 長谷部はイヤな笑みを口もとに貼り付け、ヒジで魚住をつつく。
「別にイイですよ。信じてくれなくても、それデフォルトですから」
「いや、だから……」
「おいおい、お前らケンカすんなよ」
「だから別に怒ったりしてないですって。はじめから全力で信じてくれる、ハセゴンさんみたいな人の方が、よっぽど変なんですから」
 長谷部は胸を張って一人笑う。
「ま、仲良く行きましょうや」
 長谷部を先頭に歩き出す。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門



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