見出し画像

トロフィールーム(4)



「お蔵入りだな」

 魚住の車、助手席で長谷部がぽつりとつぶやいた。

 ミユキは帰り、陽は落ち、残った二人して居酒屋で飲んだ後――とは言っても、魚住は車の運転があるので長谷部しか飲んでいない――長谷部の実家まで送ってもらっている途中だった。

「どうして?」
「どうしてって、散々黒モヤだなんだって騒いで、Gだったんだぜ」
 襖を開け、大量のゴキブリに襲われたことを思い出したのか、長谷部は一人身を震わせる。

 家外に飛んで逃げた。
 ミユキはあまりの事に泣いていた。

「心スポ行って、ゴキちゃん撮れましたって動画がバズるかよ。ってか大量G映像なんか公開できるか? 炎上するぜ」

「大丈夫だろ。昆虫どうし対決させる動画とかあるじゃないか」
「ぜんぜん違うだろ」
 魚住は笑う。

「せっかくあんな体験したんだしさ、『この先閲覧注意』とか入れて出したらいいじゃないか。意外とうけると思うけどな」
「そうかなぁ……」
 長谷部はそう言って深く座り込む。

「ま、ミユキちゃんと相談すっか」
「そうしろ」

「でもよ、あっちのカメラにも映ってなかったのは残念すぎるぜ」
 ミユキが設置した客間のカメラにも、黒いモヤは映っていなかった。

「確かに見たんだけどなぁ」
「わかったよ。もうそれ百回は聞いたよ」

「へっ。まあ、何にしろ、今回はマジ助かったよ。特に今日はな」
 ゴキブリ襲撃の後、家に入りたがらない二人のせいで、魚住がミユキのカメラを回収したのだった。

「ってか、兄ちゃんお供え物ほったらかしにするって、よっぽど恐かったんだな」
 襖の向こうは仏間があった。そこに腐った果実だの枯れた花だのが捨て置かれていた。閉め切った部屋でゴキブリが大量発生し、閉じ込められていたようだった。

「莉子ちゃん――だっけ? 生きてるってことなのかな?」
「どうした? 考え変えたのか?」
「ミユキちゃんがあの家にはいなかったってよ」
「そうなのか?」
「うん、そう言ってた」
「ふぅん」

「でも、なんかおかしいってよ」
「何が?」
「生きてるにしろ、死んでるにしろ、念だっけ? 自宅にはあるはずだって。それがねぇから不思議だってよ」

「生きていて、自宅に帰りたくない、って思ってるってことか?」
「……そうだよな? そう言うことになるよな?」
「うぅん」

「……ところでよ、さっきの居酒屋、あそこの親父って何者だ?」
「ん? 柔道教室の元保護者。息子がボクらの二個上」
「ソレは聞いたよ」
「じゃあ何が聞きたいんだ?」
「……」
 長谷部は答えず沈黙を作る。

「おい?」
「……お前、トイレ行っただろ」
「え? うん」
「そん時に話かけてきたんだよ」
「なんかおかしなことでも言われたのか?」
「カウンターだったし、客も少なかったし、オレらの話を聞いてたみたいなんだよ」

 長谷部はそう言いながら窓を全開にし、タバコをくわえた。魚住が止めなかったのでそのまま火をつける。

「『莉子ちゃんがどうのこうの言ってたな』って話かけてきてよ。それからちょっと喋ってたんだ。オレら成長してどうのこうのとか、整形してたら見つかんねぇ、とか話してただろ?」
「うん」
「そしたらよ、あの親っさん『整形しててもわかる』って言うんだよ」
「うん?」

「オレもなんでわかんだって聞いたよ。そしたら『莉子ちゃんのケツにはホクロがあるからそれでわかる』って言うんだよ」
「そうなのか?」
 魚住はチラリと長谷部を見る。

「はじめはよ、へぇそうなんだ、って関心したよ。『三角形みたいな三つの特徴的なホクロ』があんだとよ」

 窓の外にタバコの煙を吐く。

「で、ふと思って、なんでそんなこと知ってんだ? って聞いたんだよ、そしたらなんて言ったと思う?」

 車がちょうど信号で停まる。

「何って言ったんだ?」
「知りたいか?」
「知りたいよ」

 お互いに顔を見合わせた。

「知りたいか?」

 長谷部はまたそう言った。
 どこか真剣な顔だった。

「……ん?」
「知りたいか、って言ったんだよ、あの親父」
「知りたいか?」
「そうだよ」
「……」

「『ホントに知りたかったら、奥で教えてやるぞ』って言われた」
 二人して、沈黙する。
 後続車からのクラクションで、信号が青になっていたことに気づき、魚住は無言のまま車を発進させた。

「……奥に、行ったのか?」
 静かに魚住は聞いた。

「いや、いい。て断ったよ」
「……」
「お前、コレどう思う?」
「どうって……」

 少し沈黙し、

「……君が作った話だろ?」

「ぐふっ、ぐふふ、ふははっは、そんなことねぇよ」
 笑いをこらえながら長谷部が言った。

「警察行こうか?」
「証拠がねぇからやめとくわはっはははは」
 ついに爆笑する。

「はっはっは、最後にいい人怖だったろ?」
「作り話はダメだろ」
「作ってねぇって」
「はいはい」
「怖かったろ?」
「ふっ」
 魚住は鼻息で答える。

「怪談ってこうやって作られるのか」
「まさに改ざんってな、はっはっはは」
 長谷部が一人爆笑している内に、車は長谷部の家についた。
「あんがとよ、また連絡するわ」
 長谷部はそう言い、くわえタバコで車を降りた。
 
 
  *
 
 
 魚住も帰宅した。
 誰も迎えてくれる者もいない暗く、さみしい家に入るとすぐに玄関の鍵を閉めた。

 一階居間で服を脱ぎ捨てると、風呂に入りシャワーで軽く汗を流した。
 バスローブをまとうと、家の窓という窓の鍵が、ちゃんと閉まっているかを確かめる。

 ブランデーの入ったグラスを手に、自室へと入る。

 本棚の端、三冊ほど本をどかすと、いつも首にさげているお守りからカギを取り出し、本棚の壁にあるカギ穴に差し込み、回した。

 本棚は扉となり、開く。

 小さな小部屋に入り、電気をつけると扉とカギを閉めた。
 天井からぶら下がった電灯は、薄く部屋を照らす。
 その部屋は棚にぐるりと囲まれていた。

 棚には小瓶と写真。小瓶と写真。小瓶と写真がズラリと並べられている。
 そして、どの小瓶の中にも白く、小さな欠片が入っていた。

 ――今日は、これしかない。

 一つの小瓶から欠片を取り出し、ブランデーの中に入れた。

 残りはわずか三つとなった。
 
 大切にしないといけない。

 それから部屋の中央のソファに座る。
 ソファ側のテーブルにグラスを置くと、テーブルの引き出しから葉巻を取り出し、マッチで丁寧に火をつけた。

 葉巻をひと吸いし、立ち上っていく紫煙をながめた。
 深くソファに腰を落とし、ブランデーで口を湿らせ、葉巻をくゆらせる。

――あの女、本当に幽霊が見えていたのか?
――いや、見えていたんだろうな。
――川のガキが見えていたんだし。

魚住は欠片を口に含み、飴をなめるように舌で転がす。

――じゃあ、どうしてボクには誰も憑いていなかったんだ?
――誰も、憑いていないのか?

そう思うと――少し悲しい。

――ボクは魂すらも残さなかったのか?
――ふふふ。

――人は好き勝手言う。

――ケツにホクロ?
――そんなモノは無かった。

――答えを知っているのはボクだけだ。

 彼は自分のトロフィールームで、一日の疲れを癒やしながら、はじめて殺した少女の骨片をかみ砕いて、飲んだ。
 
 
 
 #創作大賞2024 #ホラー小説部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?