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トロフィールーム(2)




ムダに広い道、車も楽勝で交せる。住宅もちらほらとあるものの、歩いているような人はいない。

 ミユキはキョロキョロしながら歩く。
 遠くには山。
 空は茜色に染まっている。

 広い道からせまい道に入ってすぐ、小さな橋の上でミユキが足を止めた。
 橋と言っても、向こうまで歩いて十何歩ほどしかない小さなモノだった。

「どうした?」

 ミユキはじぃっと川を見ていた。静かに流れる、川だった。水深もたいしたことはない。大人だと足首程度だろう。

「おい、まさか」
「違いますよ」
 ミユキが川を指さす。

「あそこ、赤い帽子かぶった、半ズボンの男の子がいますね」

「なに?」
 長谷部と魚住は二人してミユキの指さす先に視線を向ける。
 ナニもなかった。
 あるのは流れる川だけだった。

「そんな子が……あそこにいるんですか?」
 魚住が聞いた。
「うん、いる」
 ミユキはじぃっと少年がいるという場所を見つめている。

「十になった」

「なにが?」
「莉子ちゃんのことがあって……半年ぐらいしてからかな? 男の子が行方不明になったんだよ」

「マジか」
「立て続けにだったからね、子供の神隠しだなんてちょっとした騒ぎになったんだ。莉子ちゃん家の近所の子だったし」
「ん? そういやそんな話、昔聞いた事ある気がするな」
「うん。でも結局、一週間ぐらいしてから海で遺体が見つかったんだよ」
「それってなんかおかしくねぇか? こんな川に落ちたとしたって海まで流されるか?」
 長谷部の言うとおり、子供だとしても流されるような水量はなかった。

「消えた日は大雨だったんだよ。そもそも流されたんじゃないか、って話も出てたんだ。結果そうだったんだけど」

「にゃるほどね」
「そうか……ココから落ちたのか」
 三人して川をながめる。男の子の幽霊がいるという場所を。

「幽霊って亡くなったところに出るんですか?」
 ミユキは首をふる。
「いるのはその人の、思いの強いところ」
 魚住はミユキの話に耳を傾ける。
「あの子はたまたま死んじゃったところに思いが憑いたんですよ」
 長谷部はスマートフォンで写真を撮りはじめる。

「生きてる人も同じですよ。思いが強すぎると人のところに出ちゃいます」
「生き霊ってやつですね?」
「うん……でも、私は『念』って言ったほうがシックリくるかな」
「念ですか」
「そう、念。心霊っていうから『心』って言った方がいいかもしれないですけど、やっぱり念がシックリくるかなぁ」
「その……念、が、強い所に出たりするのはわかったんですけど、姿形はやっぱり亡くなった時のままなんですか?」
「う……ん、そういうのが多いかなぁ」
 ミユキは首をかたむけて答える。

「ちなみに一カ所に出るってわけじゃないですよ」
「え?」
「人って別にひとつのことだけを思って生きてるわけじゃないでしょ?」
「そう……ですね」
「だから思いの強い所に何カ所でも出ますよ」
「それは……」
 魚住は受け入れがたそうにうなる。
「幽霊って三次元じゃないんですよ、多分」
「……」
「四次元か五次元か知りませんけど、同時にいくらでも存在できる。そんな感じですよ」
「ほぉほぉん」
 魚住はよくわからない声で答えた。
「実際見たんで、同じ人が別の姿で同時に出てるの」

「ダメだ、心霊写真になってねぇわ」
 長谷部は二人の会話を無視して、スマートフォンの画面を見せてくる。
「私にまっかせなさい」
 ミユキは長谷部の手からサッとスマートフォンを奪うと、写真を撮った。

「あっ、ヤバ」
 ミユキは後ろに下がる。

「どうした?」
「こっち見た」
「マジかよ!」
 長谷部はそれでまた川を見た、やはり何もない。
「お前は死んだんだよ、あきらめろ!」
 何もない川に向かって叫ぶ。
「さっさと行きましょ」
 ミユキは長谷部にスマートフォンを返すと走るように歩き出した。
「いいんですか?」
「いいんです。幽霊なんて、どうして欲しい、こうして欲しい、こうしたい、ああしたい、許さない、許せない、さみしい、悲しい、そういう事しか言わないんですよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです。どれだけ思いをブツブツつぶやいても誰も聞いてくれない。見向きもされない。そんなところに自分の姿が見える、言ってることが聞こえる人が現れたらどうします?」
「……聞いてもらおうとしますかね?」
「でしょ? 自分の姿が見えたからって憑いてこられたら最悪でしょ?」
「そう、ですね」
「だからシカト。それが一番いいんです」
 橋を渡りきると、すぐに両サイドに家が出てきた。圧迫感がましているのか、狭い道がやたらとせまく感じる。

「そこ曲がったドンづまり、だよな?」
 長谷部が魚住に聞くとうなずいた。
 目的地の前で、歩みを止める。
 古い日本家屋。雨戸は閉まっていないのでいっけん、普通に誰かが住んでいそうではあるが、玄関までの生い茂った草が、住む人もいないのを物語っている。

「ま、雰囲気は合格だな」
「声、震えてますよ」
「わかる?」
「まだ、入ってないじゃないですか」
 ミユキは半笑いだった。
「そうだけどよぉ……」
 なさけない声で答える。
「ひとつ提案があんだけど」
「なんですか?」
「やっぱ止めない?」
 ミユキにはうけた。けれど「うん、止めましょう」とは言ってくれなかった。

「ハセゴンさんはホントビビリだなぁ、ただの事故物件じゃないですか」
「ただのって、それだけで十分じゃねぇか」
「事故物件だからって、絶対幽霊が出るってことはないじゃないですか」
「そうだろうけどよぉ……」
「そもそも、出るって話があるんですか?」
「それが……あんだよ、なぁ?」
 長谷部が魚住に聞く。

「お兄さんがね、心中騒ぎがあった後イロイロあったって言ってたよ」
「イロイロってなんですか?」
「足音とか、金縛りとか」
「足音とかって、そんなのよくある話ですよ」
「よくねぇよ」
「ありますよ。携帯から電話掛かってきたとか。家族の誰かが亡くなった後ってそういう現象に会う人ってけっこういますよ」
「オレのばあちゃんの時、そんなことなかったぞ」
 言いながら長谷部は魚住を見る。
「ボクの時もなかったよ」
「だろ?」
 二人してうなずきあう。
「まあ、でもミユキちゃんが言うんならあんのか」
 長谷部は一人で納得する。

「それぐらいで家を出たんですか?」
「もともと結婚して家は出てたんだ、って言っても隣町だけどね」
「ふむふむ」
「いろいろ後処理があったから何日か泊まってたらしいんだ。その時の話だよ」
「何日かって、根性ないなぁ。一ヶ月ぐらいいたらなれるのに」
 ミユキの話を聞いていて、長谷部は眉間にシワをよせて体を震わす。
「音はどこからするって言ってました?」
「一階にいたら二階から、二階にいたら一階からするって言ってました」
「具体的には?」
「一階の客間から特に音がするって言ってましたね」
「ふむふむ、客間ですね」
 ミユキは魚住に手を出す。
「カギ」
 魚住は言われるままに、ミユキの手に家のカギを乗せる。
「ちょっとカメラ仕掛けてきます」

 ミユキはそう言うと、リュックからショッキングピンクのマスクを出してつけた。
「おっ! 戦闘態勢だな」
「そうじゃないですけど、中は絶対ホコリっぽいでしょ」
「あっ」
 魚住が声をもらす。
「なんだよ?」
「見たことある」
 ミユキを指さした。ミユキはピースサインで答える。

「今更かよ」
「素顔は見たことなかったからな」
「私も有名じゃん」
 ミユキはニコニコだ。

「バカヤロウ! こちとら心スポ巡り系怪談師『Wemovier』アミユキサナエちゃんだぞ!」

 長谷部がそう言うとミユキが「フーフー」っと小踊りする。
「はじめっからピンとこいよ鈍いな」
「ミユキって聞いたら普通は下の名前だと思うだろ」
「あっ、私のことミユキちゃんって呼ぶのはこの人だけですから」
 長谷部はなぜか「えへへ」っと恥ずかしそうに頭をかいた。
「ちなみに本名です」
 ミユキは魚住にピースを向けてくる。
「本職はデザイナーです」
 ミユキがピースをしつこく向けてくるので、魚住もしかたなくと言った感じでピースを返した。

「さ、行こ」
ミユキはそう言うと一人家に向かって歩き出す。
「近々取り壊すらしいから、靴は脱がなくていいぞ」
 ミユキは振り向きもせずに手を上げて答え、そのまま家の中に入って行った。

「面白い子だな」
 魚住がぽつりと言う。
「だろ? ノリがイイんだよ。ってかワンチャン、来る途中で見つけてくれんじゃねぇかと思ったんだけどな」
「莉子ちゃんの幽霊をか?」
「それ以外なにがあんだよ?」
「君は莉子ちゃんがもう亡くなってるって思っているのか?」
「そう聞かれると「はい」って言いづらいけどよ、その可能性の方が高いと思わねえか?」
 魚住は答えなかった。

「ってかさっき『念』がどうとかって話してたろ? じゃあ生き霊をみつけたかもしんないだろ?」
「まあ、それはな」
「生きてっか死んでっか、それだけでも分かった方が兄ちゃんもいいだろ?」
「彼にはその辺りも全部説明したのか?」
「一応な」
「なんて言ってた?」
「何かわかったら教えてくれってさ、結構あっさりしてたぜ」
「いろいろあって、もう、忘れたいのかな?」
「そうかもな。ま、それはそれでさみしいけどな」
「うん」
「お前今日、カギ取りに行ったときになんか言ってなかったか?」
「別に、久しぶりとかそんな話しかしてないよ」
「そうかい」
「ホントに色々あったからね、両親はどっちも妹のことで一杯だっただろうから、複雑な人生だったんじゃないかな?」

 長谷部は答えなかった。両親が亡くなった時点で、誰も少女の帰りを待つ者はいなくなった、そう考えると心底さみしさを感じる。
 残ったのは、動画の再生数かせぎに自宅を探検しようとしている自分達しかいない、そう思うと胸にモヤモヤしたモノがわいてくる。
 それは罪悪感なのかもしれない。

「オレだってよ、今回のことがあったから、あのチラシ片手に、いちおう風俗系のサイトで嬢を調べまくったんだぜ」
「どういう関係があるんだよ」
半笑いで言われた。

長谷部はポケットからタバコを出してくわえると火をつけた。
「やめたんだ」
 タバコの箱を開けたまま向けると言われたので、長谷部はタバコの箱をポケットにしまう。

「女だぜ、生きてたらそういう仕事で働いててもおかしくないだろ?」
「誘拐されて売られたとでも?」
「ある話だろ?」
「う……うん」
「家出って可能性はどうだ?」
「それは、ないと思うぞ。先生はあんな人だったけど、莉子ちゃんには優しかったし」
「嫁の方は?」
「それは……よく知らない」
「DVじゃなくっても……そうだな、教育ママだったとか?」
「知らないよ」
「わかんなすぎて、バカみてぇに可能性可能性って言うしかねぇし、しょうがねぇよな」

 長谷部はキッチリ携帯灰皿に吸い殻を捨て、すぐに二本目に火をつけた。
 それから二人して無言でミユキの帰りを待った。
 遠くで電車の音がする。
 夕陽が川田家を照らす。
 長谷部はじぃっと川田家を見ていても、何も変化はない。
 魚住はスマートフォンをいじりだす。

 長谷部も先ほどミユキが撮った写真を確認する――心霊写真にはなっていなかった。
 仕方ないので数独のアプリを立ち上げ、デイリーチャレンジの続きをはじめる。一日一問出題されるのを解くことを日課としている。しかし最近、ハードより難しいエキスパートしか出題されないので嫌気が差してきている。
 毎日コレに二、三十分時間を取られるのがひどくムダに思えてきているのだ。

 物音がして見ると、老婆が隣家から出てきた。二人に不審な目を向けつつ自転車に乗ってどこかに出かけて行った。

 くそっ――数独、どこにも数字が放り込めなくなった状態でとまってしまった。適当な数字を放り込みたくはない。確実にこの数字、でないと解いたとは言えないというムダなプライドが長谷部にはある。
二本目のタバコもとっくの昔に吸い終わっている。



#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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