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答辞全文

昨日の日記を投稿した後「その答辞読みたい」といってくださる方が何人かいらっしゃったので掲載します。わたしの出身校は、山口県下松市にある華陵(かりょう)高等学校で、やけに鮮やかなブルーのブレザーが特徴の、小高い山の上にある高校でした。
わたしが卒業したのは2007年。もう12年経つんですね……。

以下、答辞全文です。

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 柔らかな春の日差しが差し込み、南のほうからは花の便りも聞かれるようになりました。春の足音が聞こえるようです。
 本日は私達卒業生の為に、このような素晴らしい式典を挙行していただき、誠にありがとうございます。卒業生を代表し、心より厚く御礼申し上げます。

 振り返れば、三年前の四月、桜吹雪が舞い踊る中、新しい制服に身を包み、華陵高校の正門をくぐったあの日が、昨日のように思い出されます。希望の中で胸を高鳴らせながら、この壇上で校長先生と握手を交わし、私達の高校生活は始まりました。あれから三年が経ち、私は今日、新たな光の中でここに立っています。

 今、私に思い出されるのは、校内を走り回り、秋の空に笑い声を響かせ、全校生徒が一丸となって取り組んだ華陵祭でも、優勝だけを目指し、クラスが団結したクラスマッチでも、異国の地で新たな発見と交流を体験した修学旅行でもありません。

 私の心に映るのは、何でもない、当たり前のように過ごしてきた学校生活です。一年の初めは果敢に挑んでいたのに、半年で自転車を押すようになってしまった朝の坂道。サルビアの置かれた昇降口の石段、立て付けの悪い教室の扉。自分の机。毎朝同じ顔ぶれの八時半の教室。響き渡る笑い声、チャイム。ノートを取るのに必死だった授業、休み時間の雑談、惰性を含んだ昼食時間。夕焼けの眩しい部室で頭を悩ませては文章をひねり出した部活動。

 毎日同じグループで、誰かを笑わせるのが楽しかった帰り道。長い人生の中では破り去られてしまいそうな、ノートの切れ端のような思い出が、古いフィルムのように映し出されます。毎日を必死に生きてきました。努力もしたつもりでいました。けれど、その中で何度挫折し、自分自身を投げ捨ててしまおうかと考えたか分かりません。八方ふさがりで前を見ることさえ出来ないのに、夜は明けて、また同じ朝がやってきました。眩暈を覚えるような日々の中、それでも青いブレザーに腕を通すことが出来たのは、仲間の存在があったからだと思います。明るく笑っていられたのは、その奥に闇を抱えていることを知ってくれている友人がいたからだと思います。勉強からも未来からも逃げ出したくなった高校3年生の冬、私を支えたのは、この場所で出会った仲間でした。

 しかし、私達はもう、隣り合って歩いて行くことはできません。手を伸ばして支え合うことは出来なくなります。私達は、この場所を後にするのです。毎朝、同じ教室の同じドアを開き、おはようと挨拶をしていた朝が、もう来ないことが信じられません。同じ顔に笑いかけ、冗談を言い合う日が来なくなることが、黒板の板書に必死で追いついていた、あの授業を受ける日が来なくなることが、この青いブレザーに腕を通す日が来なくなることが、私にはまだ、信じられません。

 けれど私たちは今、それぞれの道を踏み出そうとしています。私たちの前に、同じドアはありません。新しい世界へと、踏み出さなければなりません。希望は満ちています。しかし、それと同じほど、不安も募ります。今まで隣に居た友人の姿が見えなくなることが、とても恐ろしいと、感じずにいられません。けれど、私達はきっとどこかで繋がっていると信じています。この三年間、共に笑い、支えあい、言葉では言い表せないほどたくさんの感情を共に抱いてきた仲間である私達は、この場所を離れても、決して独りになることはないでしょう。はるか遠く、そしてとても近いところに、私達は居ます。つまずくこともあるでしょう。明るくなる空を憎む日も来るでしょう。その時に、駆けつけることは出来なくても、手を伸ばすことは出来なくても、私達の声は、必ず届くでしょう。だから前を向いて、新たな一歩を踏み出します。

 在校生の皆さん、私達は本日をもってこの華陵高校を卒業します。私達は良い先輩ではなかったかもしれません。しかし、私達はこの華陵高校に、共に居た仲間です。世界人口が六十億人を超えた今、他人一人に一秒のペースで出会っても、人の一生の間に会える人の数は限られているといいます。私達が同じ場所に居ることは、奇跡に近いことなのです。

 華陵高校は今年、二十周年を迎えました。その記念すべき年に、皆さんとともにこの場所に居られることを、とても幸せに思っています。華陵高校は、今年ようやく成人式を迎えたばかりです。大人としての一歩を踏み出したばかりなのです。今年までの伝統を、私達は繋いできました。どうか皆さんの手で、これからの華陵高校を守っていってください。 

 そして、貴方自身を大切にして過ごしてください。自分を諦めないでください。待っているだけで、明日は必ずやって来ます。それがたとえ苦しくても、生きてください。がむしゃらにでもいい、自分の存在意義が分からなくてもいい、それでも進んでいてください。努力だけではどうにもならないことはあるかもしれません。でも努力はしてみないと本当に何が起こるか分かりません。自分が本当に頑張れているのか分からなくなった時は、貴方の隣を見てください。そこにはきっと、貴方を認めてくれる誰かがいてくれるでしょう。だからどうか、生きることに絶望だけはしないでください。二度とは会えない今と、向き合って進んでいってください。

 こうしている間にも、お別れの時が刻一刻と近付いて参りました。すっかり馴染んだこの学び舎、華陵生という肩書き、そしてこの場所で出会った仲間たちともお別れです。今日、あの正門を出れば、私達は二度とここに戻ることはなくなります。私達が別れるのは、学校や友人たちだけではありません。今日までの三年間の自分自身とも別れなければならないのです。けれど、この卒業というステップを越えた私達は、また一回り成長することでしょう。そして別れ行くこの場所と、そこに居た自分自身は、私達の中に刻まれることでしょう。人は失って、やっと本当に獲得することが出来るのです。

 これから先、困難の壁に出会ったとき、支えてくれるのは高校生だった私自身と、この場所で出会った仲間達だと信じています。そうして私達はまた、前を向いて歩いてゆくのです。これからの人生に必要となる大切なものを与えてくれた、この華陵高校にとても感謝しています。
 そしてこの十八年間、どんな時も私達を支えていてくれた両親にも、とても感謝しています。これから新しい道を歩み始める私達を、これからもどうか見守っていてください。
 この華陵高校で出会ったたくさんの思い出と共に希望を抱いて、今、私達百十九名は、胸を張って旅立ちます。これから始まる新しい生活の中で。ますます自分を高め、自分の周りにいる人を支えられるような人物になることをお約束し、皆さんのこれからの幸福を願って、お別れの言葉と致します。

卒業生代表 村谷由香里

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