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医師が臨床、研究、経営の全てを経験する価値 (臨床の視点から)

医師のキャリアが多様化しており、医学生、若手医師が良くも悪くもキャリアに迷う機会が増えているように思うので、全てを経験している立場からシリーズで書いていきたいと思います。

これに関する筆者のキャリアについては以下の略歴と過去の記事をご参照ください。

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私自身は現在、臨床、研究、経営、そして産業医の仕事にそれぞれ1/4程度ずつの時間を割り振って仕事をしています。
そのため、他の立場からそれぞれの仕事の特性を評価できる立ち位置にあると考えています。(例えば経営者から見た臨床の仕事の特性)

この記事は主に多様なキャリア選択肢に悩む医学生、若手医師の役に立てばと思いますが、既に医師としてのキャリアを確立されている方からは賛否様々なご意見もあるかと思いますので、ぜひお寄せ頂ければ幸いです。

臨床医の仕事の特徴とやりがい

1つ目は主観的になりますが、臨床医はとても楽しく、やりがいのある仕事です。
人の命や健康を預かる上に、病気や症状は待った無しで変化するので、緊張感が高いです。知識やスキルが求めらるのは他の仕事も同じですが、その運用に求められるスピード感が研究や経営とは全く違います。

外来だと多くは3分から10分の勝負で、その1回1回の中でいかに自分のスキルを発揮しきれるか、毎回全力が求められます。

また、結果が出るのも比較的早いです。診療領域によっても異なると思いますが、私の場合は早ければ数分、遅くても1ヶ月では自分の診療の結果が出ます。もちろんそこから長い治療になるケースも多いですが、一旦はこのくらいで結果(例えば診断の目処が付く)を出すことが、長期の治療においても大事だと思います。

自分は短時間に色々な情報を処理できることに喜びを感じるタイプでもあるので、このスピード感が結構好きです。

そして勝負が短期ということは、自分のスキル次第で患者さんに即価値が提供され、感謝してもらえるというところも魅力です。
例えば、初回の診察で診断が付くだけで、患者さんの不安が解消するということがあります。診断が付けばその先の経過の予測ができ、治療方針も明るくなります。目処が立つというのはそれだけで、患者さんの心理上非常に大きな価値になります。

患者さんとの価値と感謝のやり取りがエネルギーを生む

感謝してもらえるというのは自己満のようにも聞こえるかもしれないですが、これは結構大事なことです。生きていくためには仕事をする必要がありますが、世の中には頑張っても中々直接感謝してもらえない仕事もたくさんあります。

どんなに尊い仕事をしていても、それでエネルギーが切れてしまう人がいます。仕事で価値を発揮して、感謝されるというのはエネルギー補充のために重要ですし、それが短期間できちんと回るというのは仕事の特性として重要なことだと思います。

世の中の多くの仕事はお金をもらう側が有難うという立場ですが、診療の場合はお金をもらいつつ有難うと言って頂けます。これは有難いことです。
何が有難いことかというと、そのような価値提供の医療医学のプロセスを確立して体系として残してくれた先人たちが有難いと思います。

以上は使い古されたような医師のやりがい論かもしれませんが、あえて最初に書いたのは、医学生のうちはそれが実感できないのではないかと思ったからです。私自身、学生の頃は実習で医師のやりがいを実感した機会は少なかったように思います。

最近では、ベンチャーなど従来の臨床キャリアよりきらびやかに見えるキャリア選択肢も増えて、臨床をやらない、途中でやめるという選択肢を検討する人も増えているように思います。
しかし、個人的な考えでは少なくとも臨床を経験したことのない医学生のうちにそれを検討するのはとても勿体無いことだと思います。

自分自身、医学生時代に起業していたので、そのような考えを持ったことがありますが、今では生涯で最後までやりたい仕事を1つだけ挙げるとすれば、臨床医だと思っています。

他の仕事と掛け合わせた時の臨床医のメリット

一旦臨床の枠から出て、他のキャリアとのミックスを考える理由はいくつかあると思いますが、自分の場合は現在の臨床医学だけでは解決できない課題を解決できるようなキャリアを描きたいと早いうちから考えたことが理由です。

いま考えると臨床を自分でやったことがないのにそんなことを考えるのは大それているかも知れません。
しかし、私の場合は医学部1年生から介護施設や居宅などで暮らしている高齢者の方々と散々触れ合ったのがそのキッカケだと思います。

元気な方とそうではない方の格差があまりにも激しかったし、現代の医学ではその原因もはっきりとは分からず、医師として解決してあげられる幅も限られていることを痛感しました。

医師になった今でも同じで、臨床をやりながら臨床医学体系の限界を日々感じています(もちろん私個人の知識不足によるところも多々あります)。
そしてその限界を感じることが、より新しい医学医療を生み出すために研究や事業開発をしようと思うモチベーションに繋がっています。

余談ですが、臨床医として自分が出せる価値の大きさも実感しつつ、切迫した不全感も味わえるというのは、なんとも不思議な感覚です。

このように既存の医療体系を超えた新しい仕組み作りを進めようと思った際に、だからこそ臨床医キャリアが重要な理由がモチベーション向上以外に、あと2つあると思います。

患者さんのニーズを直に聞く

1つは患者さんの声、悩み、ニーズを生で聞けることです。医療には色々な課題がありますが、医療の役割が患者さんあるいは人々の健康を守ることである以上、どんな課題でも元を辿ると患者さんの困りごとに行き着くことが多いです。

そして特に事業開発においては、当事者の生の声をいかに細かく把握しているかということが非常に大事になってきます。一般消費者と違って患者さんの生の声を聞くというのは普通の会社が実施しようと思ってもハードルがとても高いです。

病気で苦しんでいるのに、会社の事業に協力してくれとは言いづらいと思います。例え協力してもらったとしても、患者さんの深い悩みや生活上の事情まで聞き出すことは難しいと思います。

しかし臨床をやっていれば、毎日何十人も患者さんの話を聞く機会がありますし、医師ではないと乗れない相談から分かってくる、患者さんの生活上の困りごとや、ニーズというのがたくさんあります。

医師として処方などの対応はもちろんできても、短い外来時間の中で相談してもらったのに、上手く解決してあげられない課題というのもたくさん出てきます。そんな中から、こんなツールがあったら役に立つのになあというアイデアがたくさん生まれてくるのです。

今の医療にできること、できないことを深く知る

2つ目は当たり前ではありますが、今の医療にできることできないこと、つまり現代の臨床医学の体系そのものを知らなければ、どんな知識やツールを新しく開発したら、より患者さんや世の中の役に立つのか、分かりません。

今の時代だからネットや文献で調べたり、医師にインタビューすれば良いという考え方もあるかもしれませんが、自分はそれで得られる情報と、自分で日々臨床しながら、実際に知識を運用していて捉えられる情報とは、情報の質の高さ、粒度が全く違うと感じています。

医療の知識体系は知れば知るほど奥が深いです。知識体系と言っても、理系的な医学知識から、文系的な社会的概念としての医療、制度体系まで多岐に渡ります。
医学生が国家試験までに習得する知識はそのうちほんの一握りに過ぎません。外部の人が文献調査やインタビューで得られる情報も同様かと思います。

そしてそのような表面的な情報では分からないような医学知識の深さ、あるいは複雑な知識体系のネットワークの機微からこそ、新しく作る価値のあるものに対する良いインサイトが得られると考えています。

日々緊張感のある臨床で確実に患者さんに価値を提供しながら、膨大で複雑な医療医学体系を学び、分からないことはどんどん調べる、それでも既存のシステムでは解決できないと思われる価値のある課題を見つけて、解決策を考え、実装する。

自分の中では、このサイクルをいつも体感しながら仕事をすることが、非常にエキサイティングだと思っています。

生命と社会と技術の狭間で何を生み出せるか

最後に、自分が仕事をしていて日々ワクワクするのは、3つの刺激的な領域の狭間に身を置くことができているからだと思います。

生命や人体の仕組みがあまりに複雑で、既に医学で分かっていることも膨大であれば、未知であることも膨大であること。

社会もまた複雑で、患者さんや人々がそれぞれどんな困りごとやニーズを抱えていて、どうすればそれを上手く解決できるのか、やってみないと分からないこと、上手くいった時のインパクトが大きいこと。

そしてAIやIoTなどの近代の日進月歩な技術進化が、これらの問題にどう役立つか、あるいは新たな問題を引き起こすか、応用の可能性が莫大で、目が離せないこと。

しかし、こんな途方もない情報と変化の濁流のような交差点で、足場もなく仕事をして価値を出し続けるのは難しい。

だから、医学部を含め医療職として免許を取る道の半ばにいる人たちは、ぜひまずは臨床現場で働き、患者さんの声を聞いてください。
そして、自分のスキルを最大限発揮する中で、先人たちが作り上げてきた医学医療システムの偉大さと限界を同時に体感して欲しいです。

その中で、今後大きな課題に挑戦する時の自分のアイデンティティや、活動の足場が強固になっていくものと思います。

最後に

医師のマルチキャリア論の序章として臨床キャリアに絞って書きましたが、これだけで大分長くなってしまいました。

この記事は主に医学生や若手医師に向けているので、免許のある医療職の視点を前提に書きました。しかし、キャリア初期にアイデンティティを確立するという点においては、他のキャリアの視点から見れば、それぞれのメリットがあると思います。それは免許が不要な仕事も同じだと思います。

今後は、研究者、起業家など、他のキャリアの視点からの記事も出していきたいと思います。





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