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大型類人猿を守るべき理由(1)

当然ですが、私は大型類人猿を保護すべきだと考えています。おそらく、私の記事に関心をもってくださる方の多くも、そう考えていると思います。

なぜ大型類人猿を守るべきなのでしょうか?この記事では、私が日頃論文や記事、授業や講演会などでどのように説明しているかを記します。今回もまた、前回前々回に引き続きいささか教科書的な説明になります。

大型類人猿を守るべき理由を、私は大きく二つに分類しています。第一に、人間にとっての重要性。第二に、生態系・生物多様性にとっての重要性です。

人間にとっての重要性

人間理解の鍵

大型類人猿は、現生の生物のなかでもっとも人と近縁な生物分類群です。かれらについて知ることで、人間自身を理解するうえで重要な多くの示唆を得ることができます。

人間はヒト(ホモ・サピエンス)という生物種で、他の生物と同じように、40億年の進化の産物として存在しています。人間らしさとは何かを考える上で、その進化プロセスを解明することは必須です。

わたしたち人間の進化を解明する一つの有力な方法は、祖先を調べることです。すなわち、人類化石の研究です。しかし、化石でわかることには限りがあります。化石は人類祖先の形態については多くの情報を与えてくれますが、とくに、心理、社会、生態、行動といった人間性のソフトな側面、(「暮らし」に関する側面といってもよいかもしれません)を化石のみから理解することは不可能です。

現生の大型類人猿と人間の暮らしを比較することで、私たちとかれらの共通点や相違点がわかります。そこから、人間性の諸要素がどのような順序で、どういう進化的背景から出現してきたのかを類推できます。また、彼らの心理、社会、生態、行動と形態との関係を解明することで、化石人類の形態から彼らの暮らしを類推することもできます。

つまり、大型類人猿は、わたしたち人間の「来し方」を知るために必要不可欠なのです。そして、「来し方」を知ることは、「行く末」を考えるために欠かせません。つまり、わたしたちが現在や未来の暮らしをどうすればよりよくできるかを考えるためには、大型類人猿が必要なのです。

人間と自然の連続性を示す「生きた化石」

大型類人猿は、わたしたちと近縁であるがゆえに、わたしたち人間と多くの類似性があります。それは、わたしたちが、人間と自然の連続性を意識するきっかけを与えてくれます。

近代文明の主流をなす考え方は、ヨーロッパ・地中海世界の伝統に基づくものです。そして、ヨーロッパ・地中海的な思想では、人間は他の生物とは一線を画した特別な地位を与えられています。もちろん、現在では人間も生物の一種であることは理解されていますが、それでも、人々のものの考え方の根底にこの人間優越主義があることは否定できないでしょう。

しかし、こうした人間優越主義が出てきたヨーロッパ・地中海世界には大型類人猿はいなかったのです。霊長類心理学者のトマセロさんが著書でこのことを指摘しており、私はそれを読んではっとさせられました。

大型類人猿と対峙すると、多くの人はそこに「人間的なもの」を見出します。動物園でちょっとみるだけだと、「わー人間みたい」と思うだけ間もしれません。しかし、じっくり観察すると、もっと深い感覚に襲われます。人間以外の生物に人間を感じるというのは、神秘的で、少し気持ち悪くもあります。

人類がはじめて有人宇宙飛行をしたのは1961年のことですが、はじめて肉眼で地球を外から眺め宇宙飛行士のガガーリンは「地球は青かった」という言葉を残しました。この言葉や、報道された青い地球の写真は、世界や地球、人類に関する人々の価値観を大きくゆさぶりました(今では「地球の画像」はすっかりありふれたものになっていますが)。それと同じように、大型類人猿は人間と自然を「つながったもの」として理解する価値観を醸成するポテンシャルを持っています。

生態系・生物多様性にとっての重要性

熱帯生態系の「かなめ石」

大型類人猿が暮らすアジアとアフリカの熱帯の森林は、地域の人々の生活を支えるだけでなく、木材等、世界中の人々にとって有用な自然資源を供給してくれています。さらに、気候変動の原因となるCO2を吸収するなど、地球環境の安定にも多大な貢献をしています。

熱帯林生態系の特徴は、生物多様性が非常に高いということです。地球全体をみると、一般的には低緯度地方ほど種の多様性が高くなります。このことは、熱帯森林の生態系が多くの生物の複雑な相互作用を通じて安定を保っていることを意味します。そして、大型類人猿はその熱帯林生態系のかなめとなる、重要な役割を果たしているのです。保全生態学の用語では「キーストーン種」といいます。

大型類人猿の果たす役割の一例が「種子散布」です。雑食性のかれらは多様な植物資源を利用しますが、中でも果実は重要な栄養源です。大型類人猿が果実を食べるとき、多くの場合、種も一緒に飲み込みます。そして、離れた場所に移動して、糞と一緒に種を播いてくれます。このはたらきによって、森の樹木の更新や分布の拡大が促進されます。

ガボンのロペ国立公園には、Cola lizae というゴリラだけが種子散布する植物があります。この植物はガボンの固有種で、絶滅の危機に瀕しています。ゴリラがいなくなったら、Cola lizaeも絶滅してしまいます。このように、大型類人猿は熱帯林の他の生物の生存を支えているのです。

他の野生生物を守る「傘」

大型類人猿の個体や群れは広い範囲を遊動します。私が調査対象としているニシゴリラの群れは、10数頭で年間およそ20km2を利用しています。

かれらが広い遊動域を必要とするのは、体が大きいことに加えて、かれらが雑食性で、多様な食物資源に依存しているからです。多様な食物を獲得するには、多様な環境を利用しなくてはなりません。そうすると、必然的に遊動域は広くなります。

したがって、大型類人猿を守ろうとすれば、多様な環境を含む広い範囲を保全しなくてはなりません。すると、大型類人猿をまもることで、必然的に、その生息地に生息・生育する他の野生生物や生態系もまもられます。大型類人猿が、傘のように他の生物も守ってくれるのです。こうした種を、保全生態学では「アンブレラ種」といいます。

生態系保全をひっぱる「旗艦」

最後に、少し身も蓋もない理由ですが、大型類人猿は人々に人気があります。人気がある生き物の保護には、多くの資金や労力が集まります。善くも悪くもそれが現実です。

私自身は、生物の本来的な価値には上下関係はないと考えています。しかし、現実問題として、熱帯に生息する希少なゴキブリを保護しましょう、と募金活動をしても、多くのお金が集まるとは思えません。そのようなとき、もしそのゴキブリの生息域に大型類人猿がいれば、「大型類人猿の暮らす森を守りましょう」というキャンペーンをすれば、アンブレラ種効果を得られます。上に述べた Cola lizae にしても同様です。

このように、人々によく知られていて、目を引き、生態系全体の保全活動を促進する牽引役となる種を、保全生態学では「フラッグシップ種」といいます。

以上が、私自身が人々に大型類人猿保護を訴える時に説明している内容です。ほかにも理由をあげることもできますが、あえて言わないこともあります。次回は、そういう話をしたいと思います。

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