暑さ寒さも彼岸まで
明日、令和4年3月21日は春分の日です。
春のお彼岸です。
暑さ寒さも彼岸までと言いますが……
冬の寒さも、コロナ禍も……すべて消し飛んでほしいな、と思っています。
このコロナ禍で悪い事もたくさんありましたが、良い事もたくさんありました。
最近はぼくのスケジューリングの悪さから“痛い目”を見ているところもあります。ありますが……
ここ、二週間ほどで人生の目標になるような言葉に出会えました。
ぼくは四十代後半になり、もうすぐ五十も見えてきました。
色々な経験もしているつもりではありますし、舞台演出家である以上、様々な日本語に触れてきた、という自負も今までありました。
しかしながら。
このコロナ禍で思い知らされたといいますか、考えが変わったといいますか……
知らない出来事や、知らない言葉ってまだまだ無数にあるんだな、と強く感じています。
今まで、経験や知識で『知っているつもり』だったこともたくさんありました。
しかし、ここ最近、出会った言葉がぼくの人生の目標に必要不可欠であり、その言葉の意味は実践しているつもりでも……
四文字熟語として存在していたのか、と改めて知ると、「まだまだ知らない事だらけ、世の中は広いんだなぁ」と口をついて出ておりました。
全く触れた事も見た事も聞いた事もない四文字熟語。
しかし、それはここ最近できたわけではなく、ずっと昔からあったものなのです。
だからと言って、それを知らなかったからと言って別にどうということもなかったでしょう。
知らなきゃ知らないで生きていったでしょう。
しかし、新しい言葉に触れた時に……
知らないよりも知った方が良い、知らなかったら、損をしていたであろうなぁという気持ちが強くなりました。
今まで行動といいますか、その四文字熟語の意味合いの行動は取っていたつもりでした。
しかし、その言葉を知ってからというもの……
漢字の意味、その熟語の成り立ちを知ることで、より深く行動の大切さを感じる事が出来ました。
ぼくは日本語を話し、日本語を使って仕事をしています。
そして、このnoteにも日本語を基本として記事を投稿しています。他のSNSについても日本語で発信しています。
そうしたことから――当然と言えば当然ですが、日本語に慣れ親しんでおり、日本語については何不自由なく使える、と思っています。
実際にコミュニケーション不足の事はあるにせよ、日本語を読んだり、書いたり、聞いたりすることに不自由を感じた事はありません。
今回のように新しい言葉を知る度に、日本語って奥が深いな、美しいなぁ、素晴らしいな、という思いが強く胸に響きます。
きっとまだまだぼくの知らない日本語があるんだろうなぁと思うと、明日からまた色々な言葉に触れる度、新しい感覚に胸がときめいていくことでしょう。
このコロナ禍は非常に――誰にとっても非常に辛いものだと思いますし、出口の見えない施策や状況に嫌気もさしてきます。
しかしながら。
やっぱり日本人も世界の人々も。工夫をして何かを感じながら未来を切り開いていくものだと考えています。
今。
ぼくにできることは非常に少なく小さいことだけですが……
それでも――ぼくにとって――新しい日本語、新しい知識、新しい経験を得る事でワクワクしながら、更に知見を広げ、心と身体をコロナ禍という闇が明けた先の為に準備していきます。
日本語って柔らかくて広くて美しくて。色々な言葉があって。
今のぼくに足りない事も示してくれているような気がしています。
今回得た言葉を人生の目標を達するために大切に胸に刻み、一歩一歩進んで行きます。
舞台演出家の武藤と申します。お気に召しましたら、サポートのほど、よろしくお願いいたします!