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言語論的転回以降の歴史学関連図書100選

 昨日、とあるインターネットミームに乗っかる形で、上記ツイートを投稿しました。「読書の秋」に読んでおきたい図書を100冊厳選する、というのが元々の趣旨だったようで、せっかくなので自分もやってみようと最近の歴史学(主に文化史、感情史、転回以降の歴史学の動向)に関わる本100冊を選んだ次第です。
 ただ、よくよく見返してみると、画像一枚あたり25点の図書とタイトルを書き込んでしまった都合上、文字がかなり小さく、画像も不鮮明です。また『史学概論』『ルイ14世』といった、これとは他に同一タイトルの本が複数ある図書もあります。画像拡大しても分かりにくいところが目立ちますし、決して親切なものではなかったなと、反省点が多いです。
 そこで、こちらの記事に100冊の書誌情報を記入し、一目でどの本か判別できるようにしました。並び順は各画像の左上から右下に沿ったものです。著者名あいうえお順にするかは悩みましたが、元の画像の順番通りにすることにしましたので、この点ご了解いただければ幸いです。

画像1枚目: 共通の話題として

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【001】岡本充弘『開かれた歴史へ: 脱構築のかなたにあるもの』御茶の水書房 2013年
【002】ハント, L. (長谷川貴彦訳)『なぜ歴史を学ぶのか』岩波書店 2019年
【003】長谷川貴彦『現代歴史学への展望: 言語論的転回を超えて』岩波書店 2016年
【004】バーク, P. (長谷川貴彦訳)『文化史とは何か (増補改訂版)』法政大学出版局 2019年
【005】ノワリエル, G. (舘葉月訳)『ショコラ: 歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯』集英社インターナショナル 2017年
【006】ローズ, S.O. (長谷川貴彦訳)『ジェンダー史とは何か』法政大学出版局 2017年
【007】スコット, J.W. (荻野美穂訳)『ジェンダーと歴史学 (増補新版)』平凡社ライブラリー 2004年
【008】岡本充弘『過去と歴史: 「国家」と「近代」を遠く離れて』御茶の水書房 2018年
【009】ホワイト, H. (上村忠男ほか訳)『実用的な過去』岩波書店 2017年
【010】菅豊・北條勝貴編『パブリック・ヒストリー入門: 開かれた歴史学への挑戦』勉誠出版 2019年
【011】大戸千之『歴史と事実: ポストモダンの歴史学批判をこえて』京都大学学術出版会 2012年
【012】ハント, L. (長谷川貴彦訳)『グローバル時代の歴史学』岩波書店 2016年
【013】遅塚忠躬『史学概論』東京大学出版会 2010年
【014】方法論懇話会編『日本史の脱領域: 多様性へのアプローチ』森話社 2003年
【015】モーリス‐スズキ, T. (田代泰子訳)『過去は死なない: メディア・記憶・歴史』岩波現代文庫 2014年
【016】ジェンキンズ, K. (岡本充弘訳)『歴史を考えなおす』法政大学出版局 2005年
【017】グルディ, J. & アーミテイジ, D. (平田雅博・細川道久訳)『これが歴史だ!: 21世紀の歴史学宣言』刀水書房 2017年
【018】二宮宏之『二宮宏之著作集 (全五巻)』岩波書店 2011年
【019】成田龍一・長谷川貴彦編『〈世界史〉をいかに語るか』岩波書店 2020年
【020】成田龍一『歴史学のナラティヴ: 民衆史研究とその周辺』校倉書房 2012年
【021】保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー: オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』岩波現代文庫 2018年
【022】良知力『青きドナウの乱痴気』平凡社ライブラリー 1993年
【023】成田龍一『歴史論集 (全三巻)』岩波現代文庫 2021年
【024】小田中直樹『歴史学のアポリア: ヨーロッパ近代社会史再読』山川出版社 2002年
【025】小田中直樹編訳『歴史学の最前線: 〈批判的転回〉後のアナール学派とフランス歴史学』法政大学出版局 2017年

 画像1枚目の25冊は特に私から補足説明しなくてもいいような……? 脱構築論的な歴史学を検討する際に基本となるのは【001】【008】【011】【016】【024】です。日本語圏での初期の応答としては【014】があります。文化史、ジェンダー史など、歴史研究には様々な手法があるわけですが【004】【006】でそれらの潮流の把握ができますし、個別に分析・紹介したものとしては【003】があります。パブリックヒストリーという新しい分野の実践・検討例としては【010】。新たな潮流を踏まえた上でのアナール派の応答を訳出し、紹介したものが【025】。既存の歴史学を批判しつつ、歴史家が社会において何ができるのか、ビッグヒストリーなどを踏まえた上での歴史叙述の可能性について探るのが【017】です。歴史叙述の現状と今後についてはリン・ハントの【002】【012】を。【021】【022】は古典の域に入りつつある、いずれも名著です。あと、個人的に広く読まれて欲しいのはノワリエルの本【005】です。

画像2枚目: 文化史関連

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【026】ハント, L. (筒井清忠訳)『文化の新しい歴史学』岩波書店 2015年
【027】ハント, L. (松浦義弘訳)『フランス革命の政治文化』ちくま学芸文庫 2020年
【028】バーク, P. (原聖訳)『近世ヨーロッパの言語と社会: 印刷の発明からフランス革命まで』岩波書店 2009年
【029】バーク, P. (井山弘幸・城戸淳訳)『知識の社会史: 知と情報はいかにして商品化したか』新曜社 2004年
【030】バーク, P. (諸川春樹訳)『時代の目撃者: 資料としての視覚イメージを利用した歴史研究』中央公論美術出版 2007年
【031】バーク, P. (河野真太郎訳)『文化のハイブリディティ』法政大学出版局 2012年
【032】ル・ゴッフ, J. (渡辺香根夫・内田洋訳)『煉獄の誕生』法政大学出版局 2014年
【033】ル・ゴフ, J. (加納修訳)『もうひとつの中世のために: 西洋における時間、労働、そして文化』白水社 2006年
【034】ゲイジャー, J.G. (志内一興訳)『古代世界の呪詛板と呪縛呪文』京都大学学術出版会 2015年
【035】パストゥロー, M. (蔵持不三也訳)『図説 ヨーロッパから見た狼の文化史: 古代神話、伝説、図像、寓話』原書房 2019年
【036】パストゥロー, M. (篠田勝英訳)『ヨーロッパ中世象徴史』白水社 2008年
【037】コルバン, A. (小倉孝誠訳)『音の風景』藤原書店 1997年
【038】コルバン, A. (山田登世子・鹿島茂訳)『においの歴史: 嗅覚と社会的想像力』藤原書店 1990年
【039】クラッセン, C. ほか(時田正博訳)『アローマ: 匂いの文化史』筑摩書房 1997年
【040】ル・ロワ・ラデュリ, E. (井上幸治ほか訳)『モンタイユー: ピレネーの村 1294〜1324 (上・下)』刀水書房 1990〜1991年
【041】シュミット, J.-C. (渡邊昌美訳)『中世歴史人類学試論: 身体・祭儀・夢幻・時間』刀水書房 2008年
【042】シュミット, J.-C. (小池寿子訳)『中世の聖なるイメージと身体: キリスト教における信仰と実践』刀水書房 2015年
【043】シュミット, J.-C. (小林宜子訳)『中世の幽霊: 西欧社会における生者と死者』みすず書房 2010年
【044】シュミット, J.-C. (松村剛訳)『中世の身ぶり』みすず書房 1996年
【045】池上俊一『儀礼と象徴の中世 (ヨーロッパの中世8)』岩波書店 2008
【046】ヴィガレロ, G. (見市雅俊訳)『清潔になる〈私〉: 身体管理の文化誌』同文舘出版 1994年
【047】ダーントン, R. (海保眞夫・鷲見洋一訳)『猫の大虐殺』岩波現代文庫 2007年
【048】ギンズブルグ, C. (杉山光信訳)『チーズとうじ虫: 16世紀の一粉挽屋の世界像 (始まりの本)』みすず書房 2012年
【049】大黒俊二『声と文字 (ヨーロッパの中世6)』岩波書店 2010年
【050】シャルチエ, R. (福井憲彦訳)『読書の文化史: テクスト・書物・読解』新曜社 1992年

 1860年にブルクハルトが『イタリア・ルネサンスの文化』を書いて以降、文化史は近接学問の摂取や研究領域の拡大を経て、今もなお多様な方法で行われています。対象としてはエリート層の文化だけでなく、民衆の文化も扱いますし、人々の日常の認識や実践をも射程に収めるようになりました。こうした動向の先駆的なものとしては『モンタイユー』【040】や『チーズとうじ虫』【048】、人類学の知見を取り入れた『猫の大虐殺』【047】があります。個別の研究例としては、人々の中で想像されたもの【032】【033】、呪いや幽霊といったもの【034】【043】、においや音などの人々の認識の変化【037】【038】【039】に関する著作が挙げられます。あるいは、書物や読書、あるいは書くことや喋ることそのもの【028】【049】【050】、儀礼やジェスチャー【044】【045】、モノや行為の象徴【027】【036】もまた分析の対象と成り得ます。

画像3枚目: 感情史、エゴ・ドキュメント、語り方・語られ方など

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【051】ジャブロンカ, I. (田所光男訳)『私にはいなかった祖父母の歴史: ある調査』名古屋大学出版会 2017年
【052】ジャブロンカ, I. (真野倫平訳)『歴史は現代文学である: 社会科学のためのマニフェスト』名古屋大学出版会 2018年
【053】ジャブロンカ, I. (真野倫平訳)『歴史家と少女殺人事件: レティシアの物語』名古屋大学出版会 2020年
【054】プランパー, J. (森田直子ほか訳)『感情史の始まり』みすず書房 2020年
【055】ローゼンワイン, B.H. & クリスティアーニ, R. (伊東剛史ほか訳)『感情史とは何か』岩波書店 2021年
【056】ヴィガレロ, G. ほか編 (鷲見洋一ほか訳)『身体の歴史 (全三巻)』藤原書店 2010年
【057】コルバン, A. ほか『身体はどう変わってきたか: 16世紀から現代まで』藤原書店 2014年
【058】長谷川貴彦編『エゴ・ドキュメントの歴史学』岩波書店 2020年
【059】小野寺拓也『野戦郵便から読み解く「ふつうのドイツ兵」: 第二次世界大戦末期におけるイデオロギーと「主体性」 (山川歴史モノグラフ26)』山川出版社 2012年
【060】ナイツェル, S. & ヴェルツァー, W. (小野寺拓也訳)『兵士というもの: ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理』みすず書房 2018年
【061】ボーヌ, C. (阿河雄二郎ほか訳)『幻想のジャンヌ・ダルク: 中世の想像力と社会』昭和堂 2014年
【062】デュビー, G. (松村剛訳)『ブーヴィーヌの戦い: 中世フランスの事件と伝説』平凡社 1992年
【063】ノラ, P. 編 (谷川稔訳)『記憶の場: フランス国民意識の文化=社会史 (全三巻)』岩波書店 2002〜2003年
【064】クナップ, R. (増永理考・山下孝輔訳)『古代ローマの庶民たち: 歴史からこぼれ落ちた人々の生活』白水社 2015年
【065】ブラウン, P. (宮島直機訳)『古代末期の世界 (改訂新版)』刀水書房 2006年
【066】コルバン, A. (渡辺響子訳)『記録を残さなかった男の歴史: ある木靴職人の世界1798-1876』藤原書店 1999年
【067】コルバン, A. (小倉孝誠・綾部麻美訳)『草のみずみずしさ: 感情と自然の文化史』藤原書店 2021年
【068】ヴァンサン・ビュフォー, A. (持田明子訳)『涙の歴史』藤原書店 1994年
【069】バーク, P. (石井三記訳)『ルイ14世: 作られる太陽王』名古屋大学出版会 2004年
【070】オゴルマン, E. (青木芳夫訳)『アメリカは発明された: イメージとしての1492年』日本経済評論社 1999年
【071】デーヴィス, N.Z. (成瀬駒男訳)『帰ってきたマルタン・ゲール: 16世紀フランスのにせ亭主騒動』平凡社ライブラリー 1993年
【072】周藤芳幸『物語 古代ギリシア人の歴史: ユートピア史観を問い直す』光文社新書 2004年
【073】デッカー, R. & ファン・ドゥ・ポル, C. (大木昌訳)『兵士になった女性たち: 近世ヨーロッパにおける異性装の伝統』法政大学出版局 2007年
【074】ワシュテル, N. (小池佑二訳)『敗者の想像力: インディオのみた新世界征服』岩波書店 2007年
【075】カイバード, D. (坂内太訳)『アイルランドの創出: 現代国家の文学』水声社 2018年

 画像3枚目は比較的新しい歴史学の動向を踏まえたものです。感情史という分野については導き手となる本が相次いで刊行され、【054】【055】からはそもそも感情とは何か、どういう議論がなされてきたのか、何ができるのかを辿れます。プランパーがいう「感情的存在としての歴史家」については、上述のノワリエルの『ショコラ』や、ジャブロンカのファミリーヒストリー【051】が新しいあり方の一つのように思います。彼は著者である「私」を叙述の中に組み込むことで歴史学が豊かになることを示しています【052】。関連して、フィクションを交えた歴史叙述【071】【072】もまだ見ぬ可能性を秘めています。
 そのほか、記録が殆ど残っていない、エリートではない人々を史料から浮かび上がらせる【064】、無名の個人から社会全体を描こうとする【053】【066】や、様々な人々が特定の人物に投影した/させたイメージを再構成する【061】【069】、個々人の主観に基づく史料から社会を捉えなおそうとする試み【058】【059】も興味深いものです。

画像4枚目: 哲学的歴史理論、礫岩国家論、グローバルヒストリー……など、おさえておきたい様々な潮流

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【076】岡本充弘ほか編『歴史を射つ: 言語論的転回・文化史・パブリックヒストリー・ナショナルヒストリー』御茶の水書房 2015年
【077】鹿島徹『可能性としての歴史: 越境する物語り理論』岩波書店 2006年
【078】鹿島徹『危機における歴史の思考: 哲学と歴史のダイアローグ』響文社 2017年
【079】方法論懇話会編『療法としての歴史〈知〉: いまを診る』森話社 2020年
【080】剣持久木編『越境する歴史認識: ヨーロッパにおける「公共史」の試み』岩波書店 2018年
【081】長谷川貴彦『イギリス福祉国家の歴史的源流: 近世・近代転換期の中間団体』東京大学出版会 2014年
【082】ステッドマン・ジョーンズ, G. (長谷川貴彦訳)『階級という言語: イングランド労働者階級の政治社会史1832-1982年』刀水書房 2010年
【083】藤川隆男『妖獣バニヤップの歴史 : オーストラリア先住民と白人侵略者のあいだで』刀水書房 2016年
【084】バーガー, I. & ホワイト, E.F. (富永智津子訳)『アフリカ史再考: 女性・ジェンダーの視点から』未來社 2004年
【085】富永智津子『ザンジバルの笛: 東アフリカ・スワヒリ世界の歴史と文化』未來社 2001年
【086】古谷大輔・近藤和彦編『礫岩のようなヨーロッパ』山川出版社 2016年
【087】エリオット, J.H. (立石博高・竹下和亮訳)『歴史ができるまで: トランスナショナル・ヒストリーの方法』岩波書店 2017年
【088】コンラート, C. (小田原琳訳)『グローバル・ヒストリー: 批判的歴史叙述のために』岩波書店 2021年
【089】クロスリー, P.K. (佐藤彰一訳)『グローバル・ヒストリーとは何か』岩波書店 2012年
【090】ブリッグズ, A. (今井宏ほか訳)『イングランド社会史』筑摩書房 2004年
【091】近藤和彦『民のモラル: ホーガースと18世紀イギリス』ちくま学芸文庫 2014年
【092】谷川稔『十字架と三色旗: 近代フランスにおける政教分離』岩波現代文庫 2015年
【093】ラートカウ, J. (海老根剛・森田直子訳)『自然と権力: 環境の世界史』みすず書房 2012年
【094】コルバン, A. (福井和美訳)『浜辺の誕生: 海と人間の系譜学』藤原書店 1992年
【095】深沢克己『海港と文明: 近世フランスの港町』山川出版社 2002年
【096】フュレ, F. (浜田道夫・木下誠訳)『歴史の仕事場』藤原書店 2015年
【097】ルソー, H. (剣持久木ほか訳)『過去と向き合う: 現代の記憶についての試論』吉田書店 2020年
【098】恒木健太郎・左近幸村編『歴史学の縁取り方: フレームワークの史学史』東京大学出版会 2020年
【099】小倉孝誠『歴史をどう語るか: 近現代フランス、文学と歴史学の対話』法政大学出版局 2021年
【100】古田靖文・寄藤文平『アホウドリの糞でできた国: ナウル共和国物語』アスペクト文庫 2014年

 言語論的転回を含む歴史学の諸問題については【076】【098】が多くの示唆を与えてくれます。哲学的歴史理論からの問題提起【077】【078】や、文学分野からの接近【099】も学ぶものが多いです。現代日本の問題を見据えたものとしては【079】が、いわゆる負の記憶については【097】があります。映像、博物館、歴史教科書といった架橋的な存在について検討する【080】はパブリックヒストリーの一例として興味深く読めます。
 グローバルヒストリーについては、現状を踏まえてどうあるべきかを提示する【088】【089】を。関連して、海を通じた人・モノの移動を経て多元的に形成された港町について描き出す【085】【095】も面白く読めます。
 近世ヨーロッパにおいて伝統や法律が異なる形で形成された「礫岩のような国家」については【086】が、近世国家について「複合君主政」という理解の仕方を提起したエリオットには、研究の方法論を自伝的に語った【087】があります。
 最後に、今回100冊の色々な本を挙げましたが、特に【100】は多くの人に読まれて欲しい一冊です。


図版出典: Horace Vernet-Barricade rue Soufflot | Wikimedia Commons (https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Horace_Vernet-Barricade_rue_Soufflot.jpg)

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