見出し画像

インターネットでの死の確認と「安全棺」の仕組み

 死んでいないのに周りに気づかれず、そのまま埋葬されるなんてまっぴらごめんだ。そう考えた近世の人は「安全棺」を生み出した。いまはネット上でも生きたまま死亡宣告されてしまう可能性がある。「私は死んでいない!」と叫べる仕組みについて考えてみたい。

生きて埋められる恐怖を解消する「安全棺」

 安全棺(Safety coffin)という棺がある。18世紀末期から19世紀にかけてのヨーロッパで流行したもので、万が一生きたまま埋葬されてしまったときに、埋葬者自らが生存を外部に伝える機能を備えているのが特徴だ。

 典型的なタイプは棺の内部にひもがあり、埋葬者がそれを引っ張ると地上にある鐘が鳴る仕組みを採用していた。他にも鐘の代わりに旗を使ったり、内部から解錠できる鍵を設けたりするタイプもあり、バラエティは豊富だ。

 臨終の際の死亡確認が不十分だった当時は、埋葬後に蘇生する事例もしばしばあり、生きたまま埋められる恐怖が現実のものとして人々の間に潜んでいた。安全棺はその不安を解消するニーズから広まっていったわけだ。土葬が多い地域では、現在も類似の設計思想の棺が流通している。

 この装置、インターネットの世界でも似たものがみられる。

追悼アカウントは安全棺的だ

 Facebookは2009年から「追悼アカウント」という保護機能を提供している。亡くなった人のアカウントが誰かに乗っ取られたり公開状態のまま荒らされたりするのを防ぐもので、故人の遺族や知人から通知された死亡情報を運営側が判断したのちに適用される。

画像1

 通知に必要な情報は故人のアカウントと死亡日のみで、死亡を証明する書類や記事などのURLを任意で添えることもできる。故人のアカウントを抹消する手順に比べて揃えるべき書類は遙かに少なく、運営側とのやりとりもわずかで済む。言語のハードルも非常に低く、日本語圏での利用も着実に増えている。

 自分が死んだ後に、仲間内に向けた日記や写真がニュアンスを共有しない第三者に晒されるリスクを思うと、こうした機能はありがたい。が、もしも何かの手違いで生きている間に追悼アカウントにされてしまったらどうなるだろう?

 そのままでは本人であってもログインできなくなるので、自分の名前の上にある「追悼」の文字と、仲間から届く悲しみや戸惑いのメッセージを指をくわえて眺めるしかなくなる。そうした事態を防ぐために、「自分の個人用アカウントが追悼アカウント化された(場合は)」という、本人が連絡先や身分証明証の情報を送信して“死亡説”を打ち消すことができるヘルプ窓口も用意されている。これがインターネット上の安全棺というわけだ。

オンライン上の生死確認には膨大な手間がかかる

 死後のことを考えた窓口は、洋の東西を問わず多くのネットサービスが設けるようになってきたが、ネット銀行などの金融系を除けば、まだあまり機能していないのが現状だ。

 会員登録時の身分証明が曖昧だと会員の生死を確認するのには申請者にも運営側にも膨大な手間を強いることになるし、申請してきた遺族が本当に遺族であり、相続人の総意を得ているかなどの照会も簡単ではない。手間に見合った成果が得られないこともしばしばあり、本人になりすましてログインして処理するか諦めて放置する遺族は現在も多い。

 そのなかにあって、追悼アカウントの仕組みは例外的に実用性が高いと思う。安全棺の効くような可逆的な処理のため、曖昧で簡素な死亡情報でも実行しやすいのが何より便利だ。アカウントを抹消するような後戻りのできない処理とは違う。

 この画期的な仕組みを生み出したフェイスブックは、2015年に「追悼アカウント管理人」という制度も追加した。追悼アカウントの設定を限定的に変更できる管理人が置けるというもので、生前に本人が候補者を設定できる。「もしも自分が死んだら、恥ずかしいことにならないように、アナタお願いしますよ」と事前にお願いしておけるわけだ。追悼アカウントが周囲の人が動く死後対応型ツールとすれば、こちらは本人が自らの死に備える生前準備型ツールといえる。

 加えて、自ら死を選びかねない人に手をさしのべる「自殺防止ツール」の提供も各国で実施するようになった。

 自殺をほのめかしたり嫌がらせに苦しんだりしている写真や日記を見かけたら、「この投稿を報告」タブで通知したり、専用窓口からそのユーザーの名前とURL、該当コンテンツのスクリーンショット(任意)などを報告したりする。すると当人のページには、心配している人がいる旨のメッセージが表示され、そこから専用のヘルプラインにアクセスしたりできるという仕組みだ。強制力はないため、勘違いだったりヘルプ窓口を必要としない場合はメッセージを無視すればいい。2016年6月には日本語版でも利用可能になり、日本語対応の自殺防止ホットラインへの連絡先も公開された。

生死に触れるサービスはプライバシーにも触れうる

 Facebookもいろいろな課題を抱えていて、2017年には「困難な問題」(Hard Question)という7つの問題項目を掲げてたりもしている。フェイクニュースや政治関与の問題とともに「オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか」という項目があったことも覚えている。

画像2


 ただ、オンライン上の利用者の生死に関する機能に関しては、草分けであり続けていると思う。死後対応に難儀するネットの道しるべとなるべく、今後の展開にも期待したい。が、同時に少々の警戒もしている。なにしろ自殺教唆を通告できる仕組みは、他の意図にも簡単に応用できるのだから。
 お節介はなしで、手厚いのがいいというのはワガママだろうか?

※初出:『デジモノステーション 2016年9月号』掲載コラム(インターネット死生観 Vol.4)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?