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【短編小説】文学について

900文字/目安2分


 俺は考える。足りない頭を余すことなく使って、決して答えの出ない問いを自分に課す。答えはないが、やるべきことは決まっている。ひょっとしたら答えがないどころか、すべてが間違いなのかもしれない。それでも俺は考える。

 文学とは何か。文学。言葉で生み出す芸術。では言葉とは何か。芸術とは何か。生み出すというのはどういうことを言うのか。芸術的な言葉、言葉の芸術。
 一つの言葉で、単語で、いろいろな意味に分岐するものがそうなのか。複数の言葉で一つの意味になるものがそうなのか。
 それを言っていないのに、それの意味がなされるものか。言うことで初めて意味になるのか。わざわざ言う。あえて言わない。文字なのか音なのか。

 考えれば考えるほど深みにはまる。
 例えば同じ表現や言葉遣いでも、いや、もはやたった一言だけでも、それを受ける相手によって意味が違くなる。解釈が変わる。その相手すらも、その時の心身の状態、それまでの出来事、その後起こりうる事がらによって、捉え方が変化する。さらには未来の行動に作用する。
 受け止める。受け入れる。受け流す。拒絶する。感情にも影響を与える。果てはその人自身の糧となる。

 言葉には深みがある。奥行きがある。重みもある。そして受け手にも前後がある。背景がある。過去があり未来がある。

 流動する物に、一つ点を、つまり言葉を置く。そうすることで心が動く。揺れる。それが何通りにもなる。その揺らぎが文学ではないか。

 文学とは。思考を凝らせば凝らすほど渦に捉われ螺旋に飲み込まれていく。抜け出せなくなる。

 どちらにせよ、そこに言葉がある。受け手がいる。音楽だってそうだ。鳴らす者と聞く者が二つあってようやく成り立つ。どちらも互いに一方通行になりやすい。
 それが正しいのだとしたら。そしてどちら側にも立っていいのなら。それなら俺だって言葉で表現して見せようじゃないか。 清く正しく潔く、裸の言葉で自分を伝えよう。

 俺は立ち上がり左腕の時計を無意味に二度確認し、先ほどやってしまったけっこう重大な仕事のミスについて、どのように言い訳しようかを考えながら、重い足に鞭を打ち、上司の机へと、歩いて向かった。

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