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「つながり」を読み解く英文読解(26)~スキーマ(schema)~

エビが攻めてくる…!? (;´・ω・)

▼今回は練習問題に挑戦するところから始めてみましょう。

▼太字部分を日本語に訳しなさい。
Hailed as a *“blue revolution” 25 years ago, shrimp farming and other types of aquaculture were promoted as a way to provide a nourishing, inexpensive source of *protein for the growing world population as well as to reduce the pressures on already dwindling supplies of wild seafood.  Culture of saltwater species such as shrimp, however, has caused considerable damage both to wild stocks and to ecosystems that support them.
[注]
 *“blue revolution”:「青の革命(青い海より取れる海産物の改良革命)」
*protein:タンパク質
(2004年度九州大学前期日程より抜粋)
(William P. Cunningham, Mary Ann Cunningham, Barbara Woodworth Saigo, Environmental Science: A Global Concern, McGraw-Hill, 2003, p. 230)

〈語彙〉
・hail~:~を歓呼して迎え入れる
・promote~:~を促進する
・nourishing:栄養分のある
・inexpensive:値段の安い
・pressure on~:~への負担・圧迫
・dwindle:衰退する・減少する
・saltwater:海水の・海に生息する
・A such as B:たとえばBのようなA
・considerable:かなりの・相当の
・damage:被害・損害
・ecosystem:生態系

▼この問題で一番大切なのは,“culture” と “stock” の訳語です。ひょっとしたら,「しかしながら,たとえばエビのような海洋生物の文化は,野生の蓄えとそれを支える生態系にかなりの被害を与えてきた」といった解答を書いたのではないでしょうか。

▼しかし,よく考えてみれば,なぜ「エビのような海洋生物の〈文化〉」が生態系に影響を与えるのでしょうか。そもそも,エビなどの海洋生物が「文化」を築く,というのも違和感があります。もし「エビのような海洋生物の文化」と訳してしまったら…

「かつて,地球はエビなどの海洋生物が支配していた。しかし,人間によって海中に追いやられた彼らは,海底に独自の文化を築き,人間に復讐する日を虎視眈々と狙っていたのであった。ある日,突然変異によって巨大化したエビなどの海洋生物が人間に復讐するために上陸し,人類を殲滅しようと攻撃し始めた」

…という怪獣映画を想像したくなります。

▼実は,culture の訳語のヒントは,Hailed で始まる最初のセンテンスにあります。ここには “shrimp farming and other types of aquaculture” と書かれています。farming は「農業」という意味ですが,エビは植物ではありませんから,「エビの農業」ではおかしいはずですし,「牧畜」でもしっくりきません。だとしたら,“shrimp farming” は「エビの養殖」だと解釈する必要があるでしょう。では,andによってこれと並置されている “other types of aquaculture” はどういう意味でしょうか? “aqua-” は「水」を表し,「エビの養殖」と並んでいるのですから,「他の種類の水産物の養殖」と考えられるはずです。よって,この英文の “culture” は「文化」ではなく「養殖」と訳すべきなのです。

▼同様に,“stock”も「蓄え」ではありません。「養殖」によって被害を被った相手であり,下線部の直前には“wild seafood”という表現があることから、「野生(天然)の海産物(動植物・種)」といった訳語を適用することができます。

▼そもそも culture とは「耕地」の意味で,そこから,①文化,②教養,③養殖・飼育・栽培といった意味が生まれ,同じ語源から cultivate O(Oを耕す),agriculture(農業)などの単語が派生しています。stockも,もとは「切り株・幹」という意味で,そこから,①株・株式,②貯蔵品・蓄え・在庫,③家畜類,④先祖・血統・種族,⑤スープなどのだし汁,⑥原料といった意味が生じたものです。

〈和訳例〉25年前,「青の革命」として歓呼のうちに迎えられたエビの養殖と他の種類の海産物の養殖は,既に減少していた天然(野生)の海産物の供給への負担を減らすだけでなく,増えつつある世界の人々に栄養分のある安価なタンパク質源を供給する方法として促進された。しかしながら,たとえばエビのような海に生息する生物の養殖は,野生の動植物とそれらを支える生態系に相当な被害を与えてきた。

▼さて,このように culture を「文化」ではなく「養殖」と訳せたのはなぜでしょうか。これは文法的な判断ではなく,「エビ」という言葉と「文化」という言葉が結び付くことへの「違和感」であり,1文目の shrimp farming を「エビの農業」や「エビの牧畜」と訳すのがおかしい,という「違和感」から「エビの養殖」と訳したことが前提となっています。

英文は訳して理解するもの?

▼では,もう一つ考えてみましょう。「"I love you." を日本語に訳しなさい」と言われたらどう訳しますか。たいていの人は「私はあなたを愛しています」と和訳するはずです(中には「月が綺麗ですね」と訳す人もいるかもしれませんが…)。もちろん,それは間違っているというわけではありません。しかし,もし次のような文章だとしたらどうでしょうか。

A three-year-old boy said to his mother, "Mommy, I love you!"

3歳の男の子が母親に向かって「ママ,私はあなたを愛しています」と言うのは奇妙な感じがします。だとしたら,この場合は「ぼく,ママのことだーいすき!」というように訳すのが妥当ではないでしょうか。これは,3歳の男の子が母親に向かって「私はあなたを愛しています」という言葉遣いはおかしい,という背景知識に基づくものであって,英語の文法・語法・語彙の知識ではありません。

▼今のはとても卑近な例ではありますが,語彙も知っていて,文構造もわかっているのになぜか和訳できないという場合,往々にしてこの「背景知識」の問題があると考えられます。極論かもしれませんが,英語は「訳して理解する」ものではなく,「内容を理解できるから適切な訳語が選べる」ものなのだと言えるでしょう。

スキーマ理論

▼このように,文章を読みながら頭の中に広がる言葉や知識のネットワークのことを「スキーマ(schema・複数形:schemata / schemas)」と言います。

▼スキーマという言葉の意味について,Oxford English Dictionary (OED)では次のように定義しています。

1. a.1.a Philos. In Kant: Any one of certain forms or rules of the ‘productive imagination’ through which the understanding is able to apply its ‘categories’ to the manifold of sense-perception in the process of realizing knowledge or experience.
(1. a.1.a 哲学 カントで:「生産的想像力」の特定のかたちやルールの一つで,それを通じ,理解が,知識又は経験を認識する過程で,感覚ー知覚の多様性にその「カテゴリー」を適用することができる。)

b.1.b Neurol. and Psychol. An automatic, unconscious coding or organization of incoming physiological or psychological stimuli, giving rise to a particular response or effect.
(b. 1.b 神経学および心理学 入ってきた生理的あるいは心理的刺激の,自動的で無意識なコード化あるいは組織化であり,特定の反応や結果を生み出す。)

▼また,スタンフォード哲学辞典では次のように定義されています。

A schema (plural: schemata, or schemas), also known as a scheme (plural: schemes), is a linguistic “template”, “frame”, or “pattern” together with a rule for using it to specify a potentially infinite multitude of phrases, sentences, or arguments, which are called instances of the schema.
(スキーマ[中略]は,スキームとしても知られているが,スキーマの例と呼ばれる潜在的に無限の多様なフレーズ,文,主張を特化するために言語の「テンプレート」「フレーム」あるいは「パターン」を用いるルールと合わせた言語の「テンプレート」「フレーム」あるいは「パターン」である。)
https://plato.stanford.edu/entries/schema/

▼OEDによると,スキーマという言葉は,カントの哲学(についての解説)で用いられ(1796年),その後,認知心理学などでも用いられるようになりました。以下,参考となるページをいくつか挙げておきます。

▼認知心理学者の David E. Rumelhart(デビッド・ラメルハート/ルーメルハート・1942年6月12日―2011年3月3日)は,スキーマとスキーマ理論について次のように説明しています。

    A schema theory is basically a theory about knowledge. It is a theory about how knowledge is represented and about how that representation facilitates the use of the knowledge in particular ways. According to schema theories, all knowledge is packaged into units. These units are the schemata. Embedded in these packets of knowledge is, in addition to the knowledge itself, information about how this knowledge is to be used.
(スキーマ理論は基本的に知識についての理論である。それは知識がどのように表現され,その表現がどのように特定のやり方でその知識の利用を調整するかについての理論である。スキーマ理論によれば,全ての知識は複数のユニットにパッケージ化されている。これらのユニットがスキーマである。これらの知識のパケットの中に埋め込まれているのが,知識そのものに加えて,どのようにこの知識が用いられるべきかに関する情報である。)
    A schema, then, is a data structure for representing the generic concepts stored in memory.
(そうなると,スキーマとは,記憶の中に蓄積されている包括的な概念を表すためのデータ構造なのである。)
(Theoretical Issues in Reading Comprehension (Psychology Library Editions: Psychology of Reading) (p.34). Taylor and Francis. Kindle 版. )

▼このように,スキーマとは「記憶の中に蓄積されている包括的な概念を表すためのデータ構造」であり,そこには「知識そのものに加えて,どのようにこの知識が用いられるべきかに関する情報」も含まれています。

▼また,スキーマは独立した単一のものではなく,頭の中で階層状(あるいはネットワーク状)になっています。

    A schema is a network (or possibly a tree) of subschemata, each of which carries out its assigned task of evaluating its goodness of fit whenever activated. These subschemata represent the conceptual constituents of the concept being represented.
(スキーマは,下位スキーマのネットワーク(あるいはひょっとしたら木)であり,下位スキーマのそれぞれが活性化されたときにはいつでもその適合度を評価する割り当てられた仕事を実行する。これらの下位スキーマは,表現されている概念についての概念的な構成要素を表現する。)
    Thus, for example, suppose we had a schema for a FACE. This would consist of a certain configuration of subschemata, each representing a different constituent of a face. For example, there would presumably be a subschema representing the MOUTH, one for the NOSE, and one for each EAR and each EYE. These subschemata would, in turn, consist of a configuration of constituents. The EYE schema, for example, would consist of a configuration of subschemata including, perhaps, an IRIS, EYELASHES, and EYEBROW, and so on.
(それでは,たとえば,私たちが「顔」に対するスキーマを持っていると仮定してみよう。これは,ある特定の輪郭の下位スキーマから成り立ち,それぞれの下位スキーマが顔の異なる構成要素を表すことになるであろう。たとえば,おそらく「口」を表す下位スキーマ,「鼻」を表す下位スキーマ,そして,耳や目を表す下位スキーマが存在するであろう。これらの下位スキーマが,今度は,ある輪郭の構成要素から成り立つであろう。たとえば,「目」のスキーマは,おそらく,虹彩,まつげ,眉毛などを含むある輪郭の下位スキーマから成り立っているであろう。)
(Theoretical Issues in Reading Comprehension (Psychology Library Editions: Psychology of Reading) (p.39). Taylor and Francis. Kindle 版. )

▼これは一種の連想ゲームのようなものですね。冒頭で culture を「文化」ではなく「養殖」と訳したのは,shrimp(エビ)との連想からそう訳す方が望ましいと判断したためだと言えるでしょう。

スキーマの問題点:2種類のスキーマ

▼しかし,スキーマという考え方にも問題点はあります。それは,英文を読む際に文構造や語彙などの英語としての知識を無視して,自分勝手なストーリーをでっちあげてしまう恐れがあるということです。

▼実は,スキーマには content schema(内容スキーマ)と formal schema(形式スキーマ)の2種類があり,自分勝手なストーリーをでっちあげてしまうのは,前者の内容スキーマに依存しすぎていて,後者の形式スキーマを無視しているためであると言えます

▼内容スキーマとは,文字通り,書かれている情報の内容に関する背景知識のことです。これに対して形式スキーマとは,文法,語彙,段落の構成,修辞,論理といった,用いられている言語に関する背景知識です。

▼「スキーマ」や「背景知識」というとどうしても「内容スキーマ」のことだけを考えてしまう傾向があるように思えますが,形式スキーマと連動して初めて正しい解釈が可能になりますから,この両方をバランスよく広げていく必要があります。

スキーマを広げるには?

▼形式スキーマを広げるには,日ごろ,英語の学習で行っている文法,誤報,語彙の学習が大いに役立ちます。一方,内容スキーマについては,日ごろから多様なテーマの英文や日本文を読み,常識の幅を広げ,「ものしり」になることが重要だと言えます。

▼もちろん,大学入試で出題される英文は,通例,高度で専門的な背景知識を必要とするものではなく,高校生の「常識」の範囲内で読めるものが選ばれています(そうでなければ学習指導要領を逸脱したとみなされる恐れがあるためですが)。しかし,一口に「常識」と言っても,人によって千差万別です。また,出題者が想定する「常識」と受験生が想定する「常識」が同一のものとは限りません。高校生にとってあまりなじみのない世界の話が出題されることも多くありますし,ニュース記事など新しい話題の場合もあります。

▼「内容スキーマ」の基盤となるのは,学校の様々な科目の教科書であるとも言えます。たとえば社会科学・人文学であれば,地歴や公民の教科書の内容が基盤となるでしょう。自然科学であれば理科や数学,保健体育などの教科書の内容が参考になります。それと同時に,新しい話題にも対応できるように日ごろからニュースを読み,今,世界や日本で何が起きているのか,何が問題とされているのかといったことにも敏感にアンテナを張って情報を集めておくことも必要でしょう。これは英語だけでなく,小論文の対策にも役に立ちます。

▼形式スキーマをないがしろにして内容スキーマに依存しすぎてもいけませんが,内容スキーマが狭すぎても英文を読むことはできません。両者のバランスをうまくとりながら学習しましょう。

▼なお,不定期ですが,私の note では「スキーマを広げる」と題したマガジンも発行していますので,そちらもご活用いただければ幸いです。


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