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function and dysfunction

【1】正機能と逆機能

▼アメリカの社会学者,ロバート・K・マートン(1910-2003)は,社会を分析する様々な用語を生み出しました。その中の一つに,「正機能(順機能)・逆機能」というものがあります。

▼ごく単純に言えば,ある目的(たとえば,社会システムの維持)のために,何かを行った結果,当初の目的が目論み通りに達成されることが正機能(function)で,これに対して,当初の目的が達成されず,むしろ当初の目的を阻害する結果になる(たとえば,社会システムの維持が困難になった)ことが逆機能(dysfunction)です。

▼マートンは官僚制の逆機能を例に挙げ,官僚制が効率や専門性を重視した結果,責任回避や自己保身,秘密主義,規則万能(杓子定規な対応,意思決定の硬直化),セクショナリズム(いわゆる「たらいまわし」)などの弊害を生み出した,と指摘しています。いわゆる「お役所仕事」などと批判される現象ですね。

▼もちろんこれは意図的にそうした現象を生み出そうとしたわけではありません。むしろ,意図せざる結果として生じてしまった現象です。

【2】「パチンコ店名公表」の逆機能

▼現在,コロナウイルスの蔓延を防ぐため,人が密集する店舗への「営業自粛」が「要請」されていますが,今日,こんなニュースがありました。

店名公表パチンコ店、堺では300人行列 住民「ウイルス持ち込むかも、怖い」

 新型コロナウイルスの感染拡大防止のための休業要請に応じなかったとして、大阪府が店名を公表したパチンコ店の一部では、25日も営業が確認され、開店を待つ客が朝から行列を作った。一方、府は公表した6店舗のうち、大阪市内の2店舗の休業を確認し、同日、府のホームページ上の「緊急事態措置」の中で公表していた店名と所在地を黒塗りにした。
 堺市内の店舗では開店1時間前の午前9時過ぎには整理券を受け取るために約150人の客が並び、従業員が間隔を空けるよう呼び掛けた。駐車場には神戸や和歌山など府外ナンバーの車も見られ、開店時には列は約300人に達した。
 60代の男性は「毎日の習慣なので今日も来た。普段より並んでいる客が多いような気がする」と周りを見回した。和歌山市から夫婦で訪れた男性は「ニュースで公表されたリストを見て来た。あくまでも要請なので、営業している店があってもいいと思う」と営業を歓迎したが、近くに住む散歩中の女性(79)は「遠くから来る人がウイルスを持ち込むかもしれないと思うと怖い」と話した。
(毎日新聞 2020年4月25日)
店名公表のパチンコ店、むしろ盛況…大阪府外の車も多く

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための休業要請に応じなかったとして、大阪府が店名を公表したパチンコ店の中には、一夜明けた25日も大勢の客でにぎわう店もあった。
 24日に公表された6店舗のひとつ、堺市堺区のパチンコ店「P.E.KING OF KINGS大和川店」の運営会社は同日、従業員の雇用の確保などを理由に営業を続けると文書で公表。25日、駐車場には名古屋や和歌山など府外ナンバーの車も多く止まっていた。
 店をよく利用するという近くに住む男性(34)は「3日前に比べて客の数は倍。公表されて営業しているのを知り、来店した客も多いと思う」。市内に住む男性(36)は「家にずっといるのはしんどい。自粛は強制ではなく、客も自己責任で来店しており、問題ないのでは」と話した。
 一方、府は25日、6店舗のうち、「丸昌会館」(大阪市平野区)と「だるま屋」(同)が休業したと発表した。
(朝日新聞 2020年4月25日)

▼まさにこれは「逆機能」の具体例と言えますね。もし,正機能(順機能)であれば,以下のような動きになったはずです。

〈正機能〉
目的:ウイルス拡散防止のために人が集まらないようにする
 ↓
手段:自粛要請にもかかわらず営業しているパチンコ店名を公表する。
 ↓
意図された結果:パチンコ店が店を閉め,人が集まらないようになる

▼実際,上の2つの記事にあるように,6店舗のうち2店舗は意図された結果を達成することができました。しかし,残る4店舗については,逆機能になってしまったわけです。

〈逆機能〉
目的:ウイルス拡散防止のために人が集まらないようにする
 ↓
手段:自粛要請にもかかわらず営業しているパチンコ店名を公表する。
 ↓
意図せざる結果:開店していることの告知となり,人が集まってしまった

▼皮肉なことに,大阪府は,開いているパチンコ店を大々的に宣伝したことになってしまったわけです。もちろん,だからといって大阪府のやり方が悪かったと非難するつもりではありません。どのような機能であれ,正機能と逆機能の両方の可能性を含んでいますし,残念ながら,どのような手段でも,意図せざる結果が生じる可能性をゼロにすることは原理的に不可能です(だからこそ「意図せざる」結果なのですが。とはいえ,これは事前にある程度予測できる結果ではあったと思います)。

【3】「風が吹けば桶屋が儲かる」

▼蛇足ながらもう一つ。これは「逆機能」や「意図せざる結果」の話ではないのですが,有名な「風が吹けば桶屋が儲かる」という言い回しがありますね。これは,以下のように出来事が連鎖していって思いがけない結果が生じることを表した言い回しです。

①風が吹いて砂埃を舞い上げ,それが目に入って失明する人が増える
 ↓
②かつて,盲目の人の仕事の代表例といえば三味線弾き(門付:かどづけ)だった。
 ↓
③三味線を弾く人が増えると,三味線の材料である猫の皮が必要なので,猫が捕獲されて殺される。
 ↓
④猫の数が減るとネズミが増える。
 ↓
⑤ネズミが増えて桶をかじる。
 ↓
⑥桶の修理の依頼が増えて桶屋が儲かる。

▼これは,①の段階で誰かが意図した行為ではないので,「意図せざる結果」とも「逆機能」とも呼べませんが,カオス理論におけるいわゆる「バタフライ効果」と似たところがありますね。

▼これは自然現象の説明として用いられるモデルであって,「行為者」や「意図」を扱う社会学のモデルとは異なりますが,いずれにせよ,目の前にある事象の原因を探る時,思いがけないところにその出発点がある可能性を示唆していると言えるでしょう。また,ある事象の原因が雑多で複合的であり,同じ地点から出発したとしても同じ結果が得られる保証はない,ということも示唆していると言えます。

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