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センター試験が教えてくれたもの

「ウォッシュバック効果」の虚

▼ここ数年の「大学入試改革」を推進してきた人々の間では,「入試を変えることで平素の学習に影響が与えられる」という,いわゆる「ウォッシュバック効果」*が「改革」の根拠の一つとされてきました。たとえば,「日本人が中高6年間と英語を学んできたのに一向に英語を話せないのは,読み書き中心の英語教育のせいであって,リスニングや外部検定試験を用いたスピーキングの試験を導入することで〈話せる〉英語を習得できるようになる」といった言説がまことしやかに喧伝されてきました。

*Washback effect
Washback effect refers to the impact of testing on curriculum design, teaching practices, and learning behaviors. The influences of testing can be found in the choices of learners and teachers: teachers may teach directly for specific test preparation, or learners might focus on specific aspects of language learning found in assessments.
(ウォッシュバック効果とは,テストがカリキュラムデザイン,教育実践,そして学習行動に与える影響のことを指す。テストが与える様々な影響は学習者や教師の選択の中に見られる。教師は直接的に特定のテストの準備のために指導をするかもしれないし,学習者は評価の中に見いだされる言語学習の特定の側面にのみ注目するかもしれない。)

▼しかし,これはあくまでも「捕らぬ狸の皮算用」であって,入試を変えたからといって社会全体が大きく変わるわけではありません。たとえば「入試を変えれば英語を話せるようになる」という言説については,たとえ入試で英語を話すことが求められたとしても,社会全体として英語を日常的に話す環境が整っていなければ「絵に描いた餅」に過ぎません

▼なお,推進派が用いてきた「ウォッシュバック効果」への疑義については,言語社会学者の寺沢拓敬さんが以下の論考で,何のエビデンスもなく,因果関係の妥当性についても必ずしも自明ではないと論じています。

▼そもそも,影響や効果は「狙って」生じるとは限りません。「ウォッシュバック効果がある!」と何の根拠もなくいくら声高に主張したところで(あるいは,よその国の事例を持ち出して主張したところで),それが日本という社会において実現する保証は一切ありませんし,逆に,意図せざる否定的な結果を生み出す可能性も大いにあります。たとえば,英語を日常的に話せる環境にある受験生とそうではない受験生との間で新たな格差が生じるといった否定的な側面も予測できます。

影響や効果はあとからふりかえって「あった」と分析することはできますが,これから「あるだろう」と予測しても,それが実現する保証は全くないのです。このような「〇〇を変えれば社会が変わる」という言説を利用して特定の関係者が自分たちに有利に何かを推進しようとする構図は,社会学者の佐藤俊樹さんが『社会は情報化の夢を見る―[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望』で論じたものと同じだと言えます。

センター試験が教えてくれたもの

▼ただし,過去のセンター試験の問題を振り返ってみると,出題された内容から結果的に新たな気づきが得られ,それが学習や指導に反映された,ということはあったと思います(もちろん,それが社会全体を変えた,などという大げさなことではありませんが)。

▼たとえば,以下の①の問題では,「文強勢」「強音と弱音の区別」が問われています。このような出題の仕方は他の私大や国公立大学二次試験では見られませんでしたし,それまで受験英語の指導で「文強勢」や「強音と弱音の区別」についてはほとんどなされてこなかったので,こうした出題を契機に注目されるようになったと言えるでしょう(文強勢についてはこれ以前の年度でも出題されてきました)。

① 2000年度センター試験本試験第1問

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▼以下の②の問題は,文強勢問題の派生型で,これもやはりセンター試験で初めて出題された形式でした。

② 2007年度センター試験本試験第1問

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▼以下の③の問題は,文の抑揚に関する問題ですが,これもセンター試験が初めて問うた問題です。残念ながら,1年だけで姿を消してしまいましたが。

③2009年度センター試験本試験第1問

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④文法・語法・語彙4択問題

▼また,大学入学共通テストでは廃止されることになった文法・語法・語彙の4択問題についてですが,センター試験ではかなり「尖った」出題がありました。以下,いくつか例を挙げてみます。

(a) 1996年度本試験第2問
He opened his mouth (   ) to say "No," but he didn't.
 ① as far
 ② as if
 ③ as much
 ④ what if
→〈as if to do…〉を問う問題。「as if の後には仮定法のSVが来る」としか覚えていない受験生は面喰ったはず。

(b) 1996年度本試験第2問
It's been a long time since we last met, (   )?
 ① didn't it
 ② hasn't it
 ③ isn't it
 ④ wasn't it
→付加疑問文を問う問題。It's が It has の短縮形であることに気づかない受験生は誤って③を選んだはず。

(c) 1994年度本試験第2問
The Browns live in a (   ) house.
 ① big, white, two-story
 ② two-story, white, big
 ③ white, big, two-story
 ④ white, two-story, big
→修飾語の語順を問う問題。〈主観性の高い形容詞→客観性の高い形容詞〉の順になるので,「大小」と「色」では「大小」が先にくる。英作文で役立つ知識を聞いている問題だと言える。

(d) 1993年度追試験第2問
It wasn't Mary that he went to the museum with.  He (   ).
 ① didn't go anywhere
 ② didn't go with anyone else
 ③ went only with Mary
 ④ went with Sue
→強調構文の本質的な意味(分裂文によって焦点が当てられている情報には通常,他のものとの「対比」の意味が含まれるということ)を問う問題。(with) Maryと対比されている内容を考えよ,という意図がわからないと,どれを選んでももっともらしく見えてしまう。

(e) 1993年度本試験第2問
(   ) children the way she does, Sue should become a teacher.
 ① Like
 ② Liked
 ③ Liking
 ④ To like
→分詞構文とその強調表現に関する問題。

(f) 1993年度本試験第2問
Although her parents had said "no" for a long time, they finally (   ) her go to Europe alone,
 ① allowed
 ② got
 ③ let
 ④ made
→〈使役動詞 + O + do〉のかたちと,let と make の意味の違いを問う問題。私大や国公立大のこの手の問題ではたいていの場合かたちだけで解けてしまうが,さらに let / make の区別をつけさせるという点である意味,異色。

(g) 1993年度本試験第2問
I'll be surprised (   ) an accident.  He drives too fast.
 ① if Tom doesn't have
 ② if Tom has
 ③ unless Tom doesn't have
 ④ unless Tom has
→ unless と if ... not の意味の違いを問う問題。同じ英文が Michael Swan "Practical English Usage" にあったはず。

▼中には頻度として低いものもありますが,こうした「尖った」問題が出題され,それが問題集や予備校のテキストに収録されて再生産されてきた,とも言えるわけです。とりわけ,上の①~③のような,文強勢,抑揚,強音/弱音といった考え方は,センター試験を通じて広まったとも言えます。

では,共通テストでは?

▼それでは,共通テストではそうした「新たな気づき」を得ることはできるでしょうか。今のところ,2018年に行われた2回の試行テストの内容からしか判断できませんが,そこで問われた目新しいものとしては,以下の2点が挙げられるでしょう。

① 「事実」と「意見」の区別
→いわゆる「モダリティ」にかかわるもの。特に,ライティングに必要な考え方。
②「文法」と「音声」のつながりの重視
→リスニングで音声を聞いて文法的に正しく理解することが重視される問題が出された

▼今後,どのような問題が出際されるのかわかりませんが,願わくば,センター試験のように「英語学習にはこんな側面もあるのだよ」ということを私たちに教えてくれるような問題を出題して欲しい,と思うのです。

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