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英語は「訳して理解する」ものなのか?

【1】英語は「訳して理解する」ものなのか?

▼翻訳家の越前敏弥さんがTwitterでこのようなつぶやきをしておられました。

▼この「理解→訳出」については,私自身もこれまで新学期の冒頭の授業や体験授業などでよくお話ししてきたことなので,このツイートを拝読して,ああ,自分の認識は正しかったのだ,と大いに力づけられました。

[追記]とはいえ,「ここからここまでが理解する作業で,ここからここまでが訳す作業」と明確に区分することは不可能だと思います。あくまでも,便宜上の区分だとご理解いだければ幸いです。

【2】英文を読むために必要な3つの力

▼英語を読むために必要なのは,大きく分けて次の3つの力です。

 ① 語彙力:単語や熟語についての知識
 ② 文構造解析力:文法的に正しく英文を読む力
 ③ 内容理解力:英文の内容を理解する力

▼ところが,英語の勉強をする際,多くの人が勘違いしていることがあります。それは,「①と②が身につけば自動的に英文が訳せる」という思い込みです。おそらく,その結果,「英語は訳して理解するものだ」と思ってしまっているのです。

▼実のところ,英語は「訳して理解する」ものではありません。むしろ事態は逆で,「理解できる内容だから適切な日本語訳をつけることができる」と言うべきでしょう

【3】"I love you." を訳せますか?

▼ごくシンプルな英文で例を挙げてみましょう。次の英文を訳してください。

ex) "I love you."

▼こう尋ねると,たいていの人が「私はあなたを愛しています」と訳します。中には「月が綺麗ですね」という人もいますが(笑)。ちなみにこれは夏目漱石が "I love you." をそのように訳したとまことしやかに言われていますが,実際にはこれは後世の創作のようで,実際にはそのようなことは言っていないようです。参考までに,国語辞典編纂者の飯間浩明さんのツイートを引用しておきます。

▼さて,本題に戻りますが,確かに何の文脈も与えられていない状態で "I love you." を日本語に訳せ,と言われたら「私はあなたを愛しています」と訳すでしょう。しかし,以下のような例文の場合はどうでしょうか。

ex) The three-year-old boy said to his mother, "Mommy, I love you."

▼3歳の男の子が母親に向かって「ママ,私はあなたを愛しています」と訳すのは明らかにおかしいはずです。この場合,「ママ,だーいすき」ぐらいが妥当ではないでしょうか。

▼この英文を和訳する場合,「3歳の男の子は母親に向かってどのような話し方をするのか」という背景知識がかかわってきます。状況を理解できていなければ,適切な訳をつけることができないのです。この英文がどのような状況のどのような内容なのかを頭の中で理解できているからこそ訳せるのです。今のはとても卑近な例かもしれませんが,もし英文を和訳していて「単語も熟語も知っていて,文法的にも正しく読めている」にもかかわらず,なぜかしっくりこない,という場合,往々にして「内容を理解できていない」という原因が考えられるのです。

【4】和訳問題を出題する意義

▼「和訳問題は英語力を診るものではない」という批判もあります。しかし,受験生がその英文を正しく理解できているかどうかは,たいていの場合,わずか1文だけでも和訳させてみればすぐにわかるものです。だからこそ大学入試では英文和訳問題が出題され続けているのです。和訳問題は単に単語や熟語や文法や構文を問うだけのものではなく,内容理解ができているかどうかを問うという点で,重要な意味を持っているのです

▼ちなみに,以前,ある英文の和訳問題を採点した時,"our closest relative, the great ape"(私たちの最も近い親戚である大型類人猿)というフレーズの訳で,the great apeを「偉大な類人猿」「偉大なサル」と訳した答案が何枚かありました。百歩譲って「サル」と訳すのはまあ許容したとしても,greatを「偉大な」と訳してしまっては,まるで『猿の惑星』で支配された人間たちが支配者に向かって「ゴリラ様バンザーイ!チンパンジー様バンザーイ!」と祝福しているかのようです。

【5】たくさんの意味がある単語はどうすればいいのか

▼これは,辞書で訳語を選ぶときにも言えることです。一つの単語で様々な意味を持つものを「多義語」と言います。受験生からよく受ける相談で「一つの単語にたくさん意味があるとどれにしていいかわからない」というものがあります。

▼もちろん,文法的に決まるものもあります。たとえば名詞の "work" は通例,「仕事」と訳すのは不可算名詞として用いられている場合なので,"works" と複数形になっている(つまり,可算名詞として使われている)場合,「作品・製品」と訳します。このように文法的に判断できるものもありますが,中には文法的に判断できず,前後の内容から適切な訳語を選び出さねばならない場合もあります。

▼だとすれば,「一つの単語にたくさん意味があるとどれにしていいかわからない」という悩みに対しての一つの回答は「前後の内容から考えて,最も〈親和性(つながり)〉の強いものを選ぶ」となるでしょう。前後の内容が理解できていなければ訳を選ぶこともできないのです。

【6】スキーマの重要性

▼ある表現を見聞きした時に頭の中に広がるネットワークのことを schema(スキーマ)と呼びます。たとえば,昨今,世間を騒がせている「コロナウィルス」という言葉を見聞きしたら,「マスク」「伝染病」「休校」「医師」「病院」「院内感染」「買い占め」…などの表現が頭の中で連想ゲームのように広がります。このネットワークが広い人の方が,英文を読むときにも速く正確に読めるはずです。

▼スキーマを広げ,背景知識を養い,適切な訳語を身に着けたり選んだりするには,英語だけでなく日本語でも様々な文章を読み,言葉に親しむ必要があります。ぜひ,日ごろからそうした意識をもって文章を読み,言葉の経験値を高めていきましょう。

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