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日下部民藝館令和5年度特別展 落合陽一「 ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願 」に行ってみた件

あれから1年4ヶ月。昨年11月に落合陽一さん本人から「来年の日下部はヤバいことになる!」と聞いていたので、メチャメチャ楽しみにしていた日下部民藝館での大規模個展に行ってきました。

昨年の個展では、古代中国の地理書「山海経」に登場する「長股(ちょうこ)」と「長臂(ちょうひ)」という、足が長い人と手が長い人に焦点を当て、協力して魚を捕るテーマ性で展開されていました。

今年の個展では、落合陽一さんの哲学「デジタルネイチャー」を中心に、多様なテーマと概念が深く探究されていました。また、過去の個展や現在開催中の個展とも関連があり、「あっ、これとあれが繋がっている!」といった発見が多く、その奥深さの連続に驚きと感動を抱きました。

個展会期中も、作品の更新が行われています。落合陽一さんが主宰する「落合陽一塾」の配信中に、落合さん自身がソフトウェアのアップデート作業に取り組んでいました。また、この一年間での創作に対する深い思いや考えを配信を通じて共有されています。

今回は、日下部民藝館令和 5 年度特別展 落合陽一「 ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願 」の個展の一部を、落合さんの動画解説を用いてご紹介します。

国の重要文化財である日下部民芸館

ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願

オブジェクト指向菩薩と曼荼羅をイメージさせる世界観
開館時間10〜16時、火曜定休日、11月5日(日)まで

概要

「落合陽一 ヌル即是計算機自然:符号化された永遠, オブジェクト指向本願」は、計算機自然(デジタルネイチャー)の境界を探る落合陽一の芸術的かつ哲学的な探求を体験できます。物質(具体的なオブジェクト)と非物質(イメージや現実としてのオブジェクト)の境界を探り、密教やオブジェクト指向が組み合わさった多角的な世界が展開されています。

日下部民藝館でのインスタレーションは、柳宗悦の民藝哲学に基づ木、現代の計算能力が飛躍的に進化する中で独自の美を追求し、落合さん自身の視点から、密教の曼荼羅に見られる世界観や、仏の慈悲によるオブジェクト指向の救済(オブジェクト指向本願)を自動で表現する方向を探っています。

この展示の中で、物質とデジタルが融合し、ダダイズムやダンスミュージックが東アジアの神話と交錯。最終的には、物質と非物質の無限の発展は「null」に到達し、それが「空」を表現する落合さん独自の計算式になります。この「null」は虚無、色、そして空を圧縮し、符号化された永遠の象徴として可能な世界を包含します。

展示は人文科学、コンピュータサイエンス、生態学、芸術が一体となり、デジタルネイチャー、オブジェクト指向の菩薩、民藝、そして新しい真言宇宙によって、観る人の意識に不可逆的な変化をもたらします。

オブジェクト指向菩薩

この作品は落合陽一が新たに「デジタルネイチャー」の中で探する「オブジェクト指向」の観念を中心に据え、強自の芸術的視点で生み出したものです。デジタル世界と自然界を自由に行き来する"オブジェクト指向菩薩”は、自然と生命の全体を理解する新たな視点を提供します。これは、曼荼羅の中央に位置する大日如来に対をなす存在(万物に波及する大日如来に対する万物をオブジェクト指向で定義し機能させる存在)として描かれています。オブジェクト指向菩薩の頭についているのはマニ車を摸した球体タイプフェース。オプジェクト指向の考え方に基づいて機造化された菩薩であり、物質と非物質の世界を繋ぎ、多様な計算法と実存を超越して調和をもたらす。オブジェクト指向菩薩は、デジタルネイチャーの中で、計算機自然の智慧と慈悲を広める役割を担い、人々の心を開く手助けをする。プロンプトの文字データから2Dが生まれ3Dデータを制作しカリモクのCNCによって形が掘られ、仕上げの木彲は飛騨の職人伊藤さんによって彫刻された。

ステートメント

落合陽一さんは、仏教の曼荼羅とコンピューターサイエンスの関連性について独自の解釈を提供しました。インドの社会階層にITが組み込まれていないのと同様に、古代からの曼荼羅には明確なコンピューターサイエンスの要素が欠けていると指摘します。しかし、曼荼羅自体はオブジェクト指向のプログラミング思想に基づいているとも言えると述べています。

特に、大日如来はこのオブジェクト指向思想の「スーパークラス」としての役割を持つと考え、この観点から、奈良の大仏も、一般的に光と影がセットである中で、影を作らない特異な「光」を放っていると評します。

しかし、このような哲学的背景を持つ一方で、現代のプログラミングの観点からみれば、オブジェクト指向に基づく「プログラミング菩薩」が存在しないという課題を提起。この解決策として、落合さんはAI技術を用いて新しい「オブジェクト指向菩薩」を設計しました。そのデザインにはIBM 360のスパゲッティーコードとIBMのタイプライター用の球体タイプフェイスがリファレンスとして取り入れられています。

この新しい菩薩像を3Dモデリングし、CNC技術を用いて物理的な形に落とし込んでいます。その後、職人の手によって磨き上げられ、形作られた材料の曲木も慎重に加工されました。最終的には、新しいお経として「計算法要」を作成し、真言宗総本山醍醐寺の住職によって開眼法要が行われ、仏像として完成しました。

落合さんは、仏像の制作は多くの手間と厳格なプロセスを必要とするものであり、特に木彫りの作業は非常に困難だったと述べます。

前日
初日

直前まで作品の手直しが行われ、例えば曲木の撓みの調整が前日夜に実施されたことがこの写真からもわかる。

右後ろのプラチナプリントの作品は、10世紀の醍謝寺五重塔初重壁画の内「金剛界」と「胎蔵界」
プラチナプリントの前には円空仏を模した微分仏。

10世紀の醍謝寺五重塔初重壁画の内「金剛界」を撮影。金剛界の精神をオブジェクト指向の設計原則と結びつけ、デジタルテクノロジーを用いた表現を試みています。
オブジェクト指向存在論と真言的曼荼羅世界を融合させることで、デジタルと自然、物質と無形の交錯する境界を描き出し、新たな視点を提供します。この作品は、現代の技術と古代の知恵が交わるポイントで新しい創造性を示唆しています。

ステートメントより

10世紀の醍醐寺五重塔初重壁画の内「胎蔵界」を撮影。真言密教の世界観と現代の文脈が逐次的に期駅・再構成され、「デジタルネイチャー」のコンセプトを通じて独特の視覚体験が実現されます。
オブジェクト指向思想を組み合わせ、過去と未来、現実と仮想、デジタルと自然がシームレスに繋がる落合陽一ならではの世界が表現されています。

ステートメントより

3面の胎蔵界と1面の金剛界から、2枚を選んでプラチナプリントした作品。宇宙や世界の形を多角的に観察しようとする試みであり、現代のデータと質量の間、または内面と外面が接続される新しい計算機による自然世界と関連しています。修復の過程でパッチワークのような形になっても、その光景は美しい。

生成AIによる菩薩さま

昨年から #落 ヌル を生成し続けXにポストされていました。

計算機の金剛界:IBM360

計算機の金剛界:IBM360

本展覧会のビジュアルモチーフになったIBM360の内部基盤のプラチナプリント.全ては計算であり曼荼羅でありオブジェクトであり,大日如来でも毘盧遮那仏でもオブジェクト指向菩薩でもあり,デジタルネイチャーを仮定するとドコトテ御手ノ真中ナルのである.

ステートメントより

球体式タイプフェース(ライカギャラリー京都より)

Spherical Typeface

毘盧遮那仏 Ⅱ(ライカギャラリー東京より)

Vairocana II

ファントムレゾナンス:民藝とオプジェクト指向哲学

具象と抽象、テクノロジーと民藝が交錯する領域で、「ファントムレゾナンス:民藝とオブジェクト指向哲学」は黒電話を時空を超越する共鳴の蝶体として再構築します。この作品は、黒電話というノスタルジックな象徴を通じて、過去と現在、物質と非物質、人と計算機自然が交錯する多次元的な共鳴を呼び起こします。オブジェクト指向菩薩のように、ここには各オブジェクトの内在する無為自然な記憶と、過去の人々の集合的記憶をもとに対話をし、民藝の精神をデジタルの文脈で蘇らせることを目指しています。大規模言語モデルとの対話する作品を通じて、言語モデルの存在はまるで阿頼耶識のように言葉を紡ぎ出すことが体感できます。ファントムレゾナンスは、過去の人類が書積した知識と再共鳴することが妖怪や神話を生み出してきた現象を、現代の計算機技術を使って再解釈した形で表現します。

ステートメントより

オブジェクト指向菩薩と黒電話でお話しできます。

象徴と変転・十三支

「象徴と変転・十三支」は、十二支に猫を加えた十三支を東洋思想と道教的な世界観と共に、コンピューターテクノロジーと融合させた作品です。それぞれの生肖が持つ象微性と、それがダイナミックに変転し進化する様は、デジタルネイチャーの躍動感を表現しています。古代の知恵と現代のテクノロジーが融合し、新たな未来への道を示唆します。
インターネットを利用した新しい民藝の試みである本作品では、全国各地の家に眠る古木の置物をECサイトから、3Dスキャンして変形を加えます。その変形後の姿をAIで描き出し、カリモクのCNC木工で削り出して3Dの形にします。さらに、高山市の職人たちの手で仕上げられ、新しい計算機自然的な時間彫刻として蘇ります。その見た目は古い民藝が形を変えて生まれ変わったような、新たな表現を見せています。

ステートメントより

十二支(中国の伝統的な干支)に猫を加えた十三支を表現しています。古代の知恵と現代のテクノロジーが融合し、未来への新しい可能性や方向性を表現。全国各地の家庭で眠っている古木の置物(伝統的な民芸品)をECサイトから集め、それを3Dスキャンして新たな命を吹き込んでいます。その姿はAIで描かれ、カリモク家具のCNC木工技術を使って物理的な3D形状に変換され、最終的に高山市の職人によって仕上げられ、新しい「計算機自然的な時間彫刻」として再生しています。

古い民芸品が現代のテクノロジーによって形を変え、新たな生命を吹き込まれたような新しい表現形態を提供し、古と新、東と西、伝統と革新が交錯する世界が広がっています。

トラ彦

曼荼羅

帰納曼荼羅

このシリーズでは、立体曼荼羅として、無限ループを通じた繰り返しや帰反性を概念として提示する帰納曼茶羅を展示します。コンピュータ、AI、曼荼羅、そしてオプジェクト指向プログラミングなど、さまざまな要素が融合したコンテクストが、高輝度 LED によるインフィニティミラーの構造で展開されています。
帰納曼荼羅は、自己言及性と再帰構造に基づき、ダイナミックなバランスや無限回帰といった計算の根底にある概念を描写することで、私たちが生きる世界と視点を再構築します。立体的かつ融合的な表現を通じて、観る者は計算の世界とその多様性、複雑さ、美しさを感じ取ることができます。

ステートメントより

借景、波の物象化 (2018)

3Dプリント、磁石、マイクロコントローラーの作品

2018年の作品.風景を移し取り,マニ車のように変化させ続ける.今回の展覧会ではこのモチーフが「 交錯する時空間 」と「 銀口魚の変換過程 」および「 円環に帰す情念 」と「 円環に帰す円空 」にそれぞれ変換されている.

ステートメントより

銀口魚 再物化する波」と「銀口魚の変換過程」

上が飛騨の檜、下がクリで作られた作品

銀口魚 再物化する波
3D データから機械を持って削り出し、物理的になったものを職人が仕上げた鮎の木彲を今度は3Dスキャンしてもう一度データに戻し、機械で削り出した後鏡面塗装に戻した。デジタルと物理の間の輪廻天性は職人の手仕事を残響に変え、反響が物理的な形状を持って続いていく。

ステートメントより

銀口魚の変換過程
これらの作品は高山の技巧性の高い手の技を持つ木工作家(伊藤慎次郎)とのコラポレーションによって製作された.原型はカリモク家具株式会社の協力によって作家の製作する 3Dデータから木材の削り出しを行った.落合陽一は宙に浮かぶ銀彫刻が風景を変換しながら,空間を音楽的な周期に帰着させていく.そんな作品を多く作ってきた.映像と物質の変換,波と物質と知能の関係性から展開した質量性と非質量性が止揚した計算機自然を志向するのも,音と光の共感覚の中で風景や空間と一体化したいという作家自身の願望によるところが大きいように思う.

ステートメントより

木化する波 中性、黒、鏡

木材で作られた作品

木彫を通じて整数的な波動立体のモチーフを具現化した作品。物理とデジタルの往復で生まれるフォルムが民藝とデジタルネイチャーの共通点を探している。

ステートメントより

さいごに

会期初日の前日、9月16日(土)にはレセプションがあり、日下部民藝館のスタッフや関係者、飛騨民藝協会の方々、そして地元の人々に温かく迎えていただきました。ありがとうございました!

一日過ごしても飽きることなく、新しい発見や学びがあり、癒しと刺激など様々な感情が交錯する空間。ぜひ、この機会に日下部民藝館に足を運んでいただきたいです。

誰もが笑顔になる温かい空間が広がっていました

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