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せめて、人間らしく

感情は殺せない

近所のコンビニに恐ろしく無愛想な店員さんがいます。お預かりしますと言う時もあれば言わない時もある。もちろん目を合わせることもなく、「あしたー(ありがとうございましたと言っている)」と流されるように退店を促されます。安い時給に見合わない、多様な業務を任されているのだから適当にやれば良いと思っているし、お客さんがいない時はスマホをいじろうが雑誌を読もうが好きなようにすれば良いんですが、せめて人間扱いだけはしてほしいと思うのです。工場のライン作業のように、物のように扱われるたびに、生命力が落ち、無気力になります。
その店員さんはレジに向かうとたまに舌打ちする時があるのですが、この舌打ちに人間らしさが感じられて妙に安心します。お客さんに舌打ちするのはもちろん良いことではないですが、「生身の生き物同士のやりとりをしていると実感できること」は、互いにロボットのように扱い、扱われることが多い昨今では貴重な、温度のある機会なのです。

「クソ野郎」と書いた“お客様メモ”でNTTドコモが大炎上

携帯ショップ店員同士で連絡に使うメモにお客さんの悪口が書かれており、それを本人に渡してしまったという話ですが、これももちろん書いた人を擁護はしませんが人間味を感じます。疫病神でも神様として扱え、感情は殺せ、体調は崩すな、崩しても働けを強要する社会が生み出している。こんなメモはどんな業界でもいくらでも出てくるでしょう。メモの内容はひどいですが、どうしても憎めない、むしろその人間臭さに愛しさまで感じてしまう(自分が書かれたらブチ切れますが)。

せめて、自分の言葉で

怒りや悲しみを人にぶつけることは良いことではないけれども、自分の感情を自分の言葉で吐き出す姿に人間味や安心感を感じることもあります。逆に自分の感情、言葉を持たない、出さない、そして人の言葉だけを音読する人には不気味さを感じます。
政治の話は教室でもツイッターでもしないようにしていますが、コロナ騒動の中でより浮かび上がってきた不気味さは過去に味わったことがありません。

何を聞かれても壊れたテープレコーダーのように同じ文の音読を繰り返す。時間が過ぎるまで繰り返す。最低限の会話が成立していない。
その分野に何の知識もない、質問にも答えられない、なぜ自分が選ばれたのかもわからない人がトップに立つ。

国会中継を10分でも見れば、サルの喧嘩を見せられているような、老人の音読練習を見せられているようなで発狂と無気力の間を何往復するかわかりません。

生身の人間同士の、活きた会話、活きたやりとりを見せてください。その分野のプロフェッショナルがトップに立って活躍する姿を見せてください。

政治家自身は感染症のプロではないし、何が最善の選択かなんて誰にもわかりません。そんな不安な人たちが温かみを感じられるのは、人が用意した原稿を読むだけの人ではなく、自分で考えたことを自分の言葉で話す人の姿勢です。拙くてもかまわないのだから、自分の言葉で喋ってほしい。緊急事態でも準備が必要なので質問は事前に受けたものだけ、決められた時間まで、ではなく、手が挙がらなくなるまで何時になろうがガチンコで対応する姿を見せてほしい。

今、個人経営の飲食店は本当に潰れてしまうというところまで来ているにも関わらず、小刻みに先延ばしされる自粛要請。給付などの開始日は決まらない。商店街で起きている現実と記者会見の内容にあまりにも乖離があります。政治家は今すぐ飲食店を訪ねて現状を聞いてほしい。そして怒鳴られ、一発くらい殴られた方が良いでしょう。生身の人間の熱に触れれば、人間らしさを取り戻せるかもしれません。

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