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「美乃鮨」の富山湾鮨@富山

 宮本輝さんの小説が好きだ。新作が出ると待ちかまえていたように購入してすぐ読むし、旧作には何度も繰り返し読んでいる作品が少なくない。宮本さんは関西の出身で学校も大阪近辺だから、その作品には関西を舞台にしたものが多い。デビュー作の『泥の河』や自伝的青春小説『青が散る』など、関西の風土や人々が通奏低音のように色濃く感じられると思う。そして、熱心な読者なら、富山が舞台の作品が複数あることもご存じだと思う。父親をモデルにした「松阪熊吾」の人生を描いた全9巻の大河大長編『流転の海』では、第4巻あたりで商売に失敗した熊吾一家が、富山市内の仮住まいにいったん「都落ち」する姿が描かれる。宮本さんの少年時代と重なってみえる「伸ちゃん」もしばらく街はずれの職人さんの家の二階での生活を余儀なくされる。芥川賞受賞の『蛍川』は、このときの経験が下敷きになった私小説的な作品と思って読んできた。
 2015年に北陸新幹線が開通してから、おとなりの金沢同様、富山にも旅をするようになった。立山連峰と富山湾の自然に恵まれていて、素晴らしい食材の宝庫。落ち着いた富山市内の風情もいい。特に路面電車が走る、中町、西町あたりの市街地は、伸ちゃんが暮らしたであろう昭和30年代あたりの日本の地方都市の魅力的なたたずまいを残しているように思える。
 富山にくるとかならず食べているのが「富山湾鮨」だ。富山湾の地ネタと県産米を使うことをお約束として、県内の多くのすし店で共通ネーミングのメニューとして供されている。今回は到着した日の夜、富山城址公園すぐの「美乃鮨」でいただいた。写真は全10貫のうちの前半の6貫だ。アジ、サクラマス、ノドグロ、バイガイなどの地ネタをゆっくりと楽しむことができる。マグロ中トロやウニなどの全国共通高級ネタは含まれないがまったく不満なし。夏のネタ満載の素敵な握りにあわせて、地元蔵元の人気銘柄、東京では入手困難の「勝駒」をゆるりといただく。お城のおひざ元の高級感あふれる店構えの「美乃鮨」では、富山湾鮨は1人前10貫3000円。安いと思いませんか。ちなみに翌日はこれも行きつけの人気居酒屋「醸家」で白海老の唐揚げ、氷見うどんなど。うーん、富山旅やめられません。
『田園発 港行き自転車』は比較的新しく2015年集英社刊、最初は地元紙の北日本新聞で連載された。この小説では富山県下日本海沿いの入善、滑川といったあたりが主要な舞台になっている。今回の旅で、あいの風とやま鉄道に乗ってこの界隈を訪ねてみた。富山駅を出て北東、糸魚川方向に列車は進む。常願寺川、黒部川など山なみと富山湾を繋ぐ見事な河川風景を堪能する。この地の食材の豊かさは川の流れが育んでいると聞いている。入善駅、滑川駅で下車してそれぞれ海岸沿いをすこし歩いてみる。日本海はあくまでも青く、振り返るとどこからでも黒部、立山を望むことができるが、人通りはない。こんなところで育ったら、『田園発 港行き自転車』の登場人物のようなおっとりした優しい性格になりそうに思ったりする。そして2023年8月の富山、暑かったです。

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