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【6】進化心理学で考える性差 (2)男と女の違い


種によって事情は様々

〔前回の続き〕
 哺乳類の大半が一夫多妻もしくは乱婚であるのに対して、鳥類は9割以上が一夫一妻でオスとメスのつがいが協力して子育てをする。とはいえ、そうした種であってもペア外の父親から生まれた子が多数確認されており、立地の良い場所に巣を構えていたり、餌をより多く採ってこれるなど優れたオス(とそれに惹かれるメス)による浮気傾向があるようだ〈1〉〈2〉〈3〉。
先ほど例にあげたクジャク、ウグイス、フウチョウは鳥類の中では例外的に一夫多妻でオスは子育てをしない。

 少数ながら、子にかける投資量がオスとメスで逆転している種もいる。鳥類の中でもレンカクやアメリカイソシギ、ヒレアシシギといった渉禽類(しょうきんるい:シギ、チドリの仲間)は抱卵やヒナの世話をオスが行う。つまり子への投資量がオスの方が大きい。そのため、これらの種は一妻多夫の配偶形態をとりメス同士がオスをめぐって争うという珍しい生態が見られる〈4〉。  
 こうした例から、単純にオスであれば繁殖において積極的・競争的というわけではなく、それぞれの種で、子への投資量が相対的に少ない方の性が積極的・競争的になるということがわかる。

繁殖速度の違い

 「投資量の違い」だけでは説明がつかない種もいる。ヨーロッパの一部に生息するサンバガエルのオスは、メスが産んだ卵の連なりを後ろ足に巻き付け、孵化(ふか)までの数週間、卵が乾かないよう湿った環境で保護する〈5〉
 中南米に住むローゼンベルグアマガエルは、オスが作った水たまりにメスが産卵するが、メスは卵を産むとその場を去ってしまい、孵化するまでの数日間オスが卵を保護する〈6〉。これらの種では、オスの方が卵の世話を受け持つにも関わらず、やはりオス同士の競争があるそうだ。
 
 こうしたケースは「潜在的繁殖速度」という考え方によって説明されるという。これはある生物のオスとメスそれぞれが1回の繁殖から次の繁殖にとりかかるまでに要する時間のことで、「配偶子の生産にかかる時間・配偶そのものにかかる時間・子育てにかかる時間」の合計を表す〈7〉。 

 通常はオスの方が配偶子(精子)をメスよりもはるかに短時間で生産できる上に子育てもほとんどしないので、潜在的繁殖速度はオスの方が速い。
 すると、オスとメスの個体数の比率が1対1であったとしても、繁殖の準備ができている個体の数は常にオスの方が多くなる。その結果、繁殖可能なメスという貴重な存在をめぐってオス同士が競争することになる。
 
 上にあげた一部の種のカエルでは、子育てへの投資量は確かにオスの方が大きいのだが、オスが1回目の子育てを終えて次の繁殖にとりかかるよりも、メスが次の卵を準備するのに要する時間の方が長いのである。
 サンバガエルの潜在的繁殖速度は、オスが2~3週間なのに対しメスは4週間、ローゼンベルグアマガエルの方は、オスが4日間なのに対しメスは23日間である〈7〉。そのため、これらの種でもやはりオス余りの状態が発生し、オス同士が競争関係になると考えられる。

人間の場合はどうか

 では我々人間はどうか。前回出てきた用語「親の投資量」で言えば、子供を作るにあたっての投資量は明らかに女性の方が大きい。
 一人の子供を作るために、男性は最低1回の性行為で済むのに対し、女性は少なくとも9か月間、体の中で胎児を育てなくてはならない。産んだ後も1~2年ほど子供に授乳する期間がある。時間とエネルギーの投資量が大きいのはもちろん、出産自体も時に命の危険を伴う。

 「潜在的繁殖速度」についても女性の方が明らかに遅い。男性の精子は1秒間に1500個以上ものスピードで作られ続ける〈8〉のに対して、女性が生涯で排出する卵子は400~500個だけである〈9〉。
 男性は(実行できるかはともかく理論上は)1年間に複数の女性を妊娠させることが可能だが、女性は同じ期間に1回しか妊娠できない。また、出産後の授乳期間中は排卵を抑制するホルモンが出て次の子供を妊娠しづらい。どの角度から考えても女性の繁殖能力は男性のそれより貴重なのである。

競争する性としての男性

 これらのことから当然、他の哺乳類と同様に人間においても配偶の機会をめぐる競争は男性同士の方が激しいことが予想される。実際、生涯繁殖成功度(個体が一生の間に残せる子の数)の偏りは、女性より男性の方がはるかに大きい。

 心理学者のスティーブン・ピンカーは、男性が母親から受け継ぐY染色体上のDNAよりも、男女ともに母親から受け継ぐミトコンドリアDNAの方が多様性が大きいことを指摘している。
 これは過去何万年にもわたって、一部の男性が多くの子孫を残した一方で、一人の子孫も残せない男性たちが大勢いたこと(その結果、Y染色体は異なるタイプが少ない)、多くの女性は男性よりも均等に自分の子孫を残してきたこと(その結果、ミトコンドリアDNAは異なるタイプが多い)を示しているという〈10〉。
 
 この傾向は人類が農耕と牧畜を開始した新石器革命以降、男性間で富や権力の格差が拡大することで特に強まったらしい。
 2015年に発表された研究によると、アフリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニアなど世界各地に住む人々456人のY染色体を分析し、ミトコンドリアDNAの分析結果と比較したところ、約8000年前の新石器時代では、子孫を残せた男性は女性17人に対して1人の割合だったことが判明したという〈11〉〈12〉。

 文明の誕生以降この数千年の間、古代バビロニア、エジプト、中国、インドなど世界中の様々な地域におこった巨大帝国では、莫大な富と権力を手にした専制君主が数百人~数千人もの側室をもち、性的な快楽を享受するとともに大勢の子孫を残してきた。より小さな集団であっても、多くの伝統的な社会では富と地位を持つ有力な男性が複数人の妻を得て多くの子孫を残してきた。
 
 他方で、性比がほぼ1対1である以上、一部の男性が多数の女性を独占する社会では、その裏で一人の妻も持てず一人の子孫も残せなかった男性が大勢いたことになる。逆に、女性は生涯で残せる子供の数の限界値は男性よりはるかに少ないが、男性と比べて多くの女性がより均等に一人以上の子供を残すことができたのである。

子だくさんの最多記録

 人類史上最も多くの子供を残したとされる男性は17~18世紀にかけてモロッコの皇帝であったムーレイ・イスマイルで、巨大なハーレムを抱え生涯で888人の子を残したとされている〈13〉。
 888人というのはギネスブックに掲載されたこともある公式記録であるが実際には1000人以上の子を作ったという説もあり正確な数は不明である。どちらにしても信じがたい数ではあるが、数十年にわたって毎日のように別の女性とセックスし続ければ理論上は達成可能である〈14〉。

 一方、最も多くの子供を残したとされる女性は18世紀のロシアの農民ヒョードル・ワシリエフの妻で、生涯で69人の子供を産んだとされる。出産回数は27回で、その全てが双子や三つ子、時に四つ子の多胎産だったという〈15〉〈16〉。
 この女性の69人という記録も驚きではあるものの、イスマイルが残した記録と比較すると桁が一つ少なく、男性と女性で繁殖速度にいかに差があるか、また、男性の繁殖成功度にいかに偏りがあるかがわかる。

人間の配偶者選択は双方向的

 前回も述べたとおり、多くの哺乳類では、オスはじっくり特定の相手を選ぶより複数の相手と性関係を持つことでより多くの子を残そうとする。
 一方、メスはどれだけ配偶相手を増やしたところで一定期間に作れる子の数は変わらないので、むやみに相手を増やすより特定の優秀なオスを注意深く選ぶ。子への投資量と潜在的繁殖速度の違いにより、人間の男女にも当然同じ傾向が見られる。
 
 だが、哺乳類の9割以上の種でオスは子育てに関わらないのに対して、人の場合は男性も子供に多くの投資をする。男性は授乳こそできないものの、子供に対して、食料を提供する、安全な住居を与える、外敵から守る、知識や技術を伝える、といった様々な世話や支援を行う(ただし、どの程度熱心に行うかにはかなり個人差がある)。

 このような、男性による子供への投資は、人類の配偶形態がチンパンジーのような多夫多妻から一夫一妻へと進化するに連れて増大していったものと考えられる。

 個人差はあるものの、一般に男性は「多くの異性と短期的な性関係を持ちたい」という哺乳類としての根源的な衝動を持っているし、そうした一時的なパートナーを探す際は相手をあまり選り好みしない。

 しかし、共に世帯を構える長期的なパートナーを選ぶとなると話は別である。子供への投資量がゼロではない以上、男性もまた慎重に配偶者を選ばなくてはならない。そのため、女性も一方的に選ぶだけでなく男性からの選別にさらされることになる。男性も様々な形で子育てに関わるというヒト特有の性質から、ヒトの配偶者選択は他の哺乳類よりも双方向的なのだ。

 とはいえ、子供を作るにあたっての身体的な投資量で言えば、やはり圧倒的に女性の方が大きく、配偶機会をめぐる競争は常に女性同士よりも男性同士に強く働いていると言える。



〈1〉長谷川寿一『ヒトのセクシャリティの生物学的由来』日本心理学会
https://psych.or.jp/publication/world079/pw03
〈2〉『鳥類も浮気する⁉ 鳥たちの夫婦関係、秘密の戦略』BuNa、2018.9.5
https://buna.info/article/1574/
〈3〉ジャレド・ダイアモンド『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(文庫版)長谷川寿一訳、草思社、2013、p.53-59
〈4〉前掲書、p.46
〈5〉クリス・マチソン『世界カエル図鑑300種』松井正文訳、ネコ・パブリッシング、2008、p.40-41
〈6〉前掲書、p.242-243
〈7〉長谷川寿一、長谷川眞理子『進化と人間行動』東京大学出版会、2000、p.192-194
〈8〉『ヒトの精子生産のメカニズム解明』ナショナルジオグラフィック、2010.3.19
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2443/
〈9〉『生殖医療Q&A』一般社団法人日本生殖医学会
http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa24.html
〈10〉スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える —心は「空白の石版」か—(下)』山下篤子訳、NHKブックス、2004、p.127
〈11〉『新石器時代に生殖できた男性は「極度に少なかった」』WIRED、2015.11.10
https://wired.jp/2015/11/10/neolithic-culture-men/
〈12〉『7000年前の人類に起きた奇妙な出来事。子孫を残せる男性が激減、女性17人に対してたった1人。その理由とは?』カラパイア、2018.6.5
https://karapaia.com/archives/52260642.html
〈13〉前掲『進化と人間行動』p.211
〈14〉ジョン・H・カートライト『進化心理学入門』鈴木光太郎・河野和明訳、新曜社、2005、p.42-43
〈15〉前掲書、p.42
〈16〉アラン・S・ミラー、サトシ・カナザワ『進化心理学から考えるホモサピエンス』伊藤和子訳、パンローリング、p.51-52
※この本については第3回で色々と文句を言ったが、こういうエピソード的な記述には特に誤りはないと思われる。

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