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【7】10分で振り返る人類700万年史


霊長類の中の人類

 この連載は進化心理学(的な発想)を一つの柱としている。である以上、他の動物と比較するだけでなく、人間自体の進化史も一通りおさえておかなくてはならない。ということで今回は、600万年とも700万年とも言われる人類の進化史をなんとか4000字程度に押し込んで振り返ってみたい。

「そこまでさかのぼるか!?」という感じではあるが、一応、最初の最初、霊長類の登場から始めると以下の順序になる(後ろの数字は注の番号)。

・約6500万年前:霊長類が登場〈1〉
6500万年前と言えば白亜紀末の恐竜絶滅と同じ頃である。恐竜が絶滅したことで生態系に余裕が生まれて、霊長類の進化が始まったらしい

・約3000~2500万年前:類人猿が登場〈1〉 
類人猿は霊長類の中でより人間に近縁の種のことで、現存する種ではチンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータン、テナガザルがこれにあたる。

・約1600~2000万年前:テナガザルとの共通祖先から分岐〈2〉

・約1800万年前:オランウータンとの共通祖先から分岐〈3〉

・約1000万年前:ゴリラとの共通祖先から分岐〈4〉

・約600~700万年前:チンパンジー、ボノボとの共通祖先から分岐〈1〉

⇒ ここから先に現れた一群を総称して「人類」という
   
 

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霊長類から人類へと至る道(筆者作成)

※ チンパンジーとボノボは約100万年前に別の種へと分岐している〈5〉

 遺伝情報の違いで見ると、ゴリラとチンパンジーの違いは1.63%、チンパンジーと人間の違いは1.24%である。意外ではあるがゴリラとチンパンジーより、チンパンジーと人間の方が遺伝的に近縁なのだ〈6〉。

人類の中のホモ・サピエンス

 日常用語で「人類」というと、ここ1万年ほど栄え続けてきた現生人類のことだけを指す場合があるが、人類学上の定義はそれよりもはるかに広い。      
 おおまかに言えば、700万年前に「チンパンジーとの共通祖先から枝分かれして、現生人類の方に進化を始めた一群の動物」〈7〉を指して、こう呼んでいる。
 これまで地球上にはいくつもの人類種が現れては消えていったが、その中で最も新しく、かつ最も繁栄したのが私たち現生人類(学名:ホモ・サピエンス)なのである。

 かつて人類進化の過程は「猿人」→「原人」→「旧人」→「新人」と、順調にステップアップするような単線的なイメージで考えられていた。しかし、ここ数十年で研究が進んだ結果、実際はもっと複雑な経過をたどっていたことが判明している(なので、この記事の見出し画像はちょっと誤解を招くものである。かわいいから使ったけど)
 最近の研究に基づく進化の系統図を見ると、チンパンジーとの共通祖先から分岐した初期の人類は、そこから木のようにあちこちに枝分かれし、枝分かれした末に絶滅した種もあれば、また別の人類に進化した種もあったことがわかる。複数の人類種が同じ時代に生きているという状況がむしろ普通だったらしい。

 それでも、わかりやすくするためにあえて旧来の4段階図式にあてはめると、だいたい以下の流れとなる。

・猿人:約700~130万年前
 サヘラントロプス属、アウストラロピテクス属、パラントロプス属など。脳容積は類人猿と同程度。直立二足歩行を開始。その辺の石ころをそのまま道具として使うなど、原始的な石器の使用はあったようだ。

・原人:約240~10万年前
 ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトス(ジャワ原人・北京原人を含む)、ホモ・エルガステルなど。脳の大型化が始まり体形も現生人類に近づく。原人以降の人類種をホモ属と呼ぶ。石器の本格的な使用(打製石器や磨製石器を作るなど)、火の使用、狩猟の開始もこの段階からと考えられている。

・旧人:約50~3万年前
 ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・アンテセッサーなど。脳容積は現生人類とほとんど同じ。石器製作の技術も進歩し、用途に応じて複数の道具を使い分けるなどかなり知能が高かったと思われる。

・新人:約20万年前~現在
 現生人類(ホモ・サピエンス)のこと。約4万年前にヨーロッパにいたクロマニョン人は我々と同じ種である。それまでの人類種とは比較にならないほどの繁栄を遂げる。

進化史は刻々と書き換わる

 系統図は新たな化石の発見がある度に書き換わるので常に不確定である。2005年に出版された『人類進化の700万年』にある系統図〈8〉では、アウストラロピテクス属 → ホモ・ハビリス → ホモ・エレクトス → ホモ・ハイデルベルゲンシス → ホモ・サピエンス、というルートで現生人類につながったように描かれている。
 一方、今年(2021年)1月に出版された『人類史マップ』にある系統図〈9〉では、アウストラロピテクス属 → ホモ・エルガステル → ホモ・アンテセッサー → ホモ・サピエンス、というルートで描かれている。

※ホモ・エルガステルをホモ・エレクトスの亜種とする見方もあれば別種とする見方もあるらしい〈10〉。

 系統図を見ると「アウストラロピテクス・○○」とか「ホモ・○○」が、覚えきれないくらい何種類もいたことがわかる。
 新たに化石が見つかると、それをすでに発見済の種と同一とみなすか新種とみなすか、新種とまでは言えなくとも亜種とみなすか、研究者間で必ずと言っていいほど論争が起こるそうだ。
 
 第2回でも触れたように、何十万年、何百万年も前の人類の化石が全身揃った状態で出てくることは極めて稀で、見つかるのはたいてい数本の歯や体の一部だけだったりする。
 従来の化石と大きさや形が違っても、同じ種の中での個体差なのか、それとも種の違いによる差なのか、見極めが非常に難しいだろうことは、専門家でない私にも想像がつく。
 人類学者の中でも新種の設定に積極的な人もいれば慎重な人もいて、20種類以上の人類がいたとする研究者もいれば、10種類ほどだったとする研究者もいる。「系統樹は研究者の数ほどあるとさえ言われる」〈11〉そうだ。

アフリカからの拡散

 チンパンジーとの共通祖先から分岐して以降、人類は約500万年間アフリカだけで過ごしていたが、180万年前ごろから「出(しゅつ)アフリカ」、つまりユーラシア大陸への進出を繰り返すようになる。
 北京原人やジャワ原人は、180万年前以降にアフリカから拡散したホモ・エレクトスが各地で独自化した亜種だと考えられている。 

 「出アフリカ」(旧約聖書の「出エジプト記」になぞらえて、こう呼ぶらしい)と聞くと、何か決意を持ってアフリカを出発したかのような印象を受けるが、本人たちにはそんなつもりは全くなかったはずだ。
 世界地理の知識がない当時の人々に明確な目的地があったとは考えにくい。狩猟採集をしつつ居住地を転々と変えていくうちにいつのまにかシナイ半島を通過してしまった、という感じだろう。

 アフリカからヨーロッパや東アジア、東南アジアまでよく徒歩で移動したものだと思うが、時間さえあればそれほど大変なことではない。
 グーグルマップで測ってみると、現在のエジプトのカイロから中国の北京まで直線距離で約7500キロ、カスピ海を迂回すると約7600キロである。1世代を30年として1つの代で20キロ移動したとすれば、11400年で北京にたどり着く計算になる。長い人類史の中ではたいした時間ではない。

現生人類はどこから来たのか

 現生人類(ホモ・サピエンス)の起源については二つの説がある。一つは「アフリカ単一起源説」で、現生人類は約20~30万年前にアフリカで誕生し、その後アフリカ以外の各大陸に拡散したとされる。この時代にアフリカにいた一群が、現在世界中にいる全ての人々の祖先だという。
 この説によれば、ネアンデルタール人は現在のヨーロッパ人の祖先ではないし、北京原人もジャワ原人も、現在の中国人、インドネシア人の祖先ではない。

 これに対して、より古くからある仮説として「多地域進化説」というのがある。こちらの説では、約180万年前以降にアフリカから各地に拡がったホモ・エレクトスなどの原人が、それぞれの地域で独自に進化し現生人類になったと考える。
 この説によると、ネアンデルタール人は現在のヨーロッパ人の、北京原人は現在の東アジア人の、ジャワ原人は現在の東南アジア人やオーストラリア先住民(アボリジニ)の祖先だとされる。

 遺伝子の系統解析や化石の分析により、現在では「アフリカ単一起源説」が圧倒的に支持されている。
 先にユーラシアに来ていた人類種は、ホモ・サピエンスがやってくるはるか前に絶滅してしまったか、同時代に生きていたとしてもやがてホモ・サピエンスに取って代わられ絶滅してしまったようだ。北京原人は約20万年前、ジャワ原人は約10万年前までに何らかの理由で滅んだと考えられている。

消えてしまったネアンデルタール人

 ネアンデルタール人は約20~30万年前に出現し、最も栄えていた5万年前ごろはイベリア半島から西ヨーロッパ、南ヨーロッパ、コーカサス、カスピ海の東側までの広大は範囲に暮らしていた。次第に数を減らしながらも約3万年前まではヨーロッパにいたとされる。 
 つまり、現生人類と同時代を生きていたことになり、アフリカからヨーロッパに進出した現生人類が彼らと遭遇した可能性は十分にある。男性の復元図〈12〉を見るとプロレスラーみたいにガタイがよく(といっても平均身長は160cmほどだったらしい〈13〉)、火を使って調理をし、衣服を着て、おそらくは言語を話し、現生人類に近い知能を持っていたようだ。

 両者の接触があったとして、友好関係だったのかよそよそしかったのか、時には小競り合っていたのか、色々と想像はできるが本当のところはわからない。
 化石の形状や遺伝子解析の結果から現生人類の直接の祖先でないことは確かだが近縁種ではある。アフリカ人を除く現生人類のDNAには、ネアンデルタール人由来のDNAが2~4%の範囲で含まれているそうだ。しかし、それが両者の間で交雑があったことの名残なのか、それとも両者の祖先が共通であったことを示しているだけなのか、はっきりしていない〈14〉

【追記】
最近の研究によると、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人との間に交雑があったことはほぼ間違いないらしい〈15〉。

 絶滅した理由もまたはっきりしていない。何かの理由で一遍に滅んだというよりも、知能が高く狩猟技術に勝る現生人類が勢力を増すに連れ、徐々に生活圏を狭められ数を減らしていったのではないかと考えられている。


参考文献
三井誠『人類進化の700万年』講談社、2005
テルモ・ピエバニ/バレリー・ゼトゥン『人類史マップ』日経ナショナルジオグラフィック社、2021


〈1〉前掲『人類進化の ~』p.61
〈2〉『ヒトとチンパンジーの系統学的位置』京都大学大学院理学研究科 人類進化論研究室
https://jinrui.zool.kyoto-u.ac.jp/ChimpHome/keito.html
〈3〉齋藤慈子・平石界・久世濃子編『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』東京大学出版会、2019、p.137
〈4〉『800万年前にゴリラ祖先 人類と1000万年前分岐説を裏付け』日本経済新聞、2016.2.12
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H1H_S6A210C1000000/
〈5〉クレイグ・スタンフォード『新しいチンパンジー学 —わたしたちはいま「隣人」をどこまで知っているのか—』的場和之訳、青土社、2019、p.281
〈6〉前掲『人類進化の ~』p.237
〈7〉前掲書、p.13
〈8〉前掲書、p.29
〈9〉前掲『人類史マップ』p.26-27
〈10〉「ホモ・エレクトス」Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A2%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%82%B9
〈11〉前掲『人類進化の ~』p.28
〈12〉前掲『人類史マップ』p.63 
〈13〉『ネアンデルタール人 その絶滅の謎』ナショナルジオグラフィック、2008年10月号
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0810/feature02/index.shtml
〈14〉前掲『人類史マップ』p.75
〈15〉更科功『私たちとネアンデルタール人が交配した事実、なぜわかったのか 塩基配列から謎を読み解く』講談社ブルーバックス、2020.4.7
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71473


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