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【13】進化心理学で考える性差(5)女が惹かれる男とは ①

いいか悪いかは別として

 前回と前々回の記事では男性の女性に対する選好について考えた。「男性は若くて容姿の良い女性に惹かれる」という、極めて当たり前の事実について、それは文化や慣習によるものというより(それもある程度はあるが)生得的な、つまり生まれつきの心理である可能性が高いことを述べた。

 この見方は女性にとってあまり気分の良いものではないと思う。年齢は自分の意志でどうにかできるものではないし、生まれ持った容姿も基本的には変えられない(現代の美容整形技術をもってしても変えられる幅には限界がある)。私が女性だとしたら、自分の努力ではどうすることもできない要素で女性としての価値を測られるのは理不尽だと感じるだろう。

 ただ、進化心理学も含めて人間を対象にした科学というのは、人間がどういう存在「であるか」を探求するものであり、どういう存在「であるべきか」を指示するものではない。私の関心も前者にあるので、事実(だと自分が思うこと)はありのままに書いていきたい。「それが良いか悪いか」という話はここではしない。

 それに、では男性に生まれさえすれば無条件にラクな人生を過ごせるのかと言えば全くそんなわけではない。その辺は第6回を読んでいただければわかると思う。また、前回の話に限らずこの連載はあくまで「ヒトという種全体の一般的な傾向」について考えるものであり、どの見解にも例外はいくらでもあるし個人差も大きいことは強調しておきたい。

女性が男性を選ぶ基準はかなり謎

 前回までは男性視点の話だったので、当然今回からは女性視点の話、つまり女性にとって魅力的な男性とはどういう存在なのかがテーマである。しかし、これがまた難しい 。女性の男性に対する好みというのは、男性以上に多様で複雑で謎めいているように思える。

 男性の女性に対する好みも様々ではあるが、女性と比べれば単純でわかりやすい。多くの男性は、女性を選ぶ基準としてやはり若さや外見を優先する度合がとても高い。多産であることが必ずしも必須ではない現代社会では、どちらかというと年齢より外見の方が重視されているように思う。
 「俺は内面重視」という男性もいるが、それはたいてい見た目でふるいにかけた上で、残った女性の中から性格や価値観の合う相手を選びたいという願望を意味しているように思える(本人が自覚しているかはともかく)。
 
 こういうのはちゃんとした統計などとりようがないが、男性の場合、「外見(顔と体形)が自分にとってタイプでなければ、少なくとも許容範囲内に入っていなければ、どんなに性格や趣味が合う相手であっても恋愛対象にはならない」という人が女性と比べて圧倒的に多いように思える。
 ただ同時に、男性は好きな外見や許容できる外見のバリエーションが人によって様々であり、たいていの女性はいずれかの男性の好みには引っ掛かるようになっている気がする。
 
 一方、女性の場合、見た目の優先度は男性ほどには高くない。「外見がタイプじゃない相手はどうしても好きになれない」という女性もいるにはいるが、外見がタイプでなくても「何か尊敬できるところがあれば好きになる(こともある)」とか「趣味や興味の対象が一致してれば好きになる(こともある)」という女性も多い。

 見た目以外の要素についても、「年収○○○万円以上ないとダメ」という女性もいれば「性格や価値観が合うことが一番大事で収入は気にしない」という女性もいる。「優しくて尽くしてくれる人がいい」という女性もいれば「優しい人はなんか物足りなくて、雑で自分勝手な男に惹かれてしまう」という女性もいる。「最初はなんとも思ってなかったけど、何度も告白されるうちに『付き合ってもいいかな… 』と思うようになった」という女性もいれば「最初はいいと思ってたけど、向こうが追いかけてきた途端に冷めた」という女性もいる。
 さらに不可解なことに、浮気性、仕事が続かない、ギャンブルで借金を重ねている、DV癖がある、といったダメ要素を持った男ばかりを好きになってしまう女性もいたりする。

 このバラつきの激しさが我々男たちを「結局どうすりゃモテるんだ!?」と混乱させたり、「あんなクズ男でも彼女ができるんなら、やっぱ俺でもいけるんじゃ!?」と諦めを悪くさせたりするのである。

意外性ゼロの結論だが…

 一般に女性は、高収入で社会的地位が高い男性を好むと言われている。確かにそういう傾向ははっきりとある。第11回でとりあげたデヴィッド・バスによる世界規模の調査では「女性は男性よりも経済力に高い価値をおく」という仮説が、対象となった37の文化圏のうち36の文化(97%)で支持された(男女で有意差がなかったのはスペインのみ)〈1〉。

 また、「女性は男性よりも野心と勤勉さを高く評価する」という仮説については、28の文化(76%)で支持された(仮説に有意に反していたのは南アフリカ共和国のズールー族のみ、男女で有意差がなかったのはザンビア、イラン、フィンランド、オランダ、ノルウェイ、スペイン、スウェーデン、コロンビアの8か国)〈1〉。
 さらに、全ての文化圏で女性は自分より年上の男性を好んでおり、これは男性の女性に対する選好とは正反対である。希望する年齢差の平均は約3.5歳年上であり、これが最も小さかったのはフランス系カナダ人の女性で2歳未満、最も大きかったのはイランの女性で5歳以上だった〈2〉。
 
 収入や社会的地位を上げるには、野心的かつ勤勉に仕事に取り組む必要があるし、どんな社会でも一般に年齢があがるほど富が蓄積され社会的地位も上がる傾向にあるので、これらは男性に経済力を求める心理に連動した好みなのだと解釈できる(バスはそのように説明している〈3〉)。

 総じて「女性はとにかく経済力を重視する」という世の中でイメージされている通りの結果が出ており、男性の女性に対する選好についてと同様、意外性はゼロだと言える。しかし、この傾向がどの程度普遍的で生得的なものであるかについては議論の余地があると思う。

 第11回で書いたとおり、この調査が行われたのは80年代後半、今から30年以上も前のことである。この30年間で世界はだいぶ変わった。おそらく世界中のほとんどの地域で、当時より(程度の差はあれ)女性の経済的地位は向上していると思われる。
 前述のとおり、80年代後半の時点でも北欧やオランダなどでは「女性は男性よりも野心と勤勉さを高く評価する」という仮説は有意には支持されなかった。これらの国では当時から男女の経済的平等が進みつつあり、また社会保障が手厚いことなどにより、女性が男性に経済的に依存する度合が低かったのだろう。
 2020年代の現在、少なくとも西ヨーロッパの国々は似たような社会環境に近づきつつあると思われ、女性の「とにかく経済力重視」傾向は、以前より弱まっている可能性がある。
 
 だが一方で、女性は、自分自身に十分な経済力がある場合でも自分以上に収入や地位の高い男性を好む傾向がある、というのはよく指摘されることである(いわゆる「上昇婚志向」が高収入の女性にもみられる)。
 この心理が女性にとって生得的なものなのだとすれば、西ヨーロッパにおいても30年前とそれほど状況は変わっていない可能性も考えられる。この辺についてはいずれ検討してみたい。

なぜ経済力のある男性に惹かれる?

 バスは女性が男性に経済力を求める心理は進化の過程で形成された生得的なものであると考えており、その理由を概略以下のように説明している〈4〉。

人類史を通して、男性は様々な資源(土地や生産手段など)を所有し蓄積し、コントロールしてきた。

しかし男性の間でも人によって所有する資産は大きく異なる。貧しいホームレスからドナルド・トランプやロックフェラー一族のような大富豪まで極端な個人差がある
※ 参照元の本の原著が出たのは1994年なのでトランプはまだ有名実業家の一人でしかなかった(日本語で読めるバスの著作は古めのものしかない)。

また、男性の間では、自分の資産のうちどの程度を女性や子供のために費やす意志があるかも個人ごとに異なっている

豊富な資源を持ち、それを提供する意志のある男性と配偶関係を結んだ女性の方が、そうでない女性より自分の生存と子孫の繁栄をより確実なものにしてきた。

これが人類史を通して繰り返されてきた結果、女性は、より豊富な資源を持ち、かつその資源を惜しみなく自分と子供に提供してくれる男性を好む傾向を進化させた。

 バスは人間の配偶者選択に関する研究のパイオニア的存在であり、アメリカの心理学会では高く評価されているようだ〈4〉。この説明も実にもっともらしい。しかし、よく考えるとどこまで鵜呑みにしていいのか疑問に思えてくる。
〔次回に続く〕



〈1〉David. M. Buss『 Sex Differences in Human Mate Preferences: Evolutionary Hypotheses Tested in 37 Cultures』
https://labs.la.utexas.edu/buss/files/2015/10/buss-1989-sex-differences-in-human-mate-preferences.pdf
〈2〉デヴィッド・M・バス『女と男のだましあい —ヒトの性行動の進化—』狩野秀之訳、草思社、2000、p.54-55
〈3〉前掲『女と男のだましあい』p.45-51
〈4〉ワン・シアオティエン/スー・イエンジエ編『進化心理学を学びたいあなたへ』東京大学出版会、2018、p.8

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