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日本の伝統文化にみる食事の祈りと共鳴その3 お箸が結ぶ心身の次元調和

割引あり

日本の食事文化は、食を通じて神聖な側面と日常の側面を結びつける独自の特徴を持っています。古代からの伝統と現代の変遷が交錯し、独自の価値を持つものとして存在しています。これは神仏習合という文化的背景と、食事を通じた心身の調和を探求する姿勢との結びつきから生まれています。食卓においてお箸が担う役割、そして位置エネルギー、姿勢反射、重力の影響について考察し、その深層に迫ってみましょう。

お箸の歴史と役割

お箸の歴史

箸の起源は古代中国に遡ります。紀元前7,000年以上前には既に存在しており、当初は調理した食材を火から遠ざけるための道具として使われていました。日本では弥生時代の遺跡から一本の竹を折り曲げたピンセットの形をした「竹折箸」が見つかっています。祭祀や儀式用の祭器として神に配膳するための神器だった可能性が高いとされています。神様へのお供え物を素手で汚さぬように、穢れを避けるためと考えられている。

古事記にみる箸(波之)
【古事記に素箋鳴尊が、出雲の国の簸川(ひのかわ)の川上にある鳥髪の地で、その川に箸(古事記では波之と記してある)の流れ下るを見て、上流に人ありとして遡って行く描写が記されている。

推古天皇と聖徳太子の箸食制度導入: 推古天皇は、6世紀末から7世紀初頭にかけて日本を統治した女性天皇で、聖徳太子と連携して多くの改革を行いました。その中でも、箸食制度の導入が日本独自の食事法の重要な出来事とされています。

随国(隋)への遣使により、推古天皇が隋の食事作法や風習に触れ、それを取り入れることで食事文化を改革しようとしたという説があります。小野妹子が随使として派遣され、その帰国後に箸を持ち席を立たずに食事する風習を宮中に持ち帰ったとされています。

変化の背景と意義: 当時の日本では、手食(指で食べる)が一般的でした。しかし、志那の影響を受け、箸を使った食事文化が持ち込まれることで、宮廷や貴族層の食事スタイルが変わっていきました。

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