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斎藤由多加さん、豊田啓介さんに訊いた“カタイ建築”を楽しく[前編]~人のインタラクションを生むコトバ~

スマートフォンやスピーカーに話しかけて何かを質問することがいつの間にか日常化しました。
でも、少し込み入った要求は伝わりにくく、もどかしい…。そうかといって、スムーズなだけでも味気ない…。
テクノロジーは人のコミュニケーションをどう変えるのか? AIの言語エンジン開発者の斎藤由多加氏と、AIによる「都市の全体最適化」を設計する豊田啓介氏への問いかけは、刺激的なコトバで返ってきました。
ファシリテーター:山下PMC 取締役 専務執行役員 木下雅幸

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斎藤由多加さん(@YootSaito
ゲームクリエイター。シーマン人工知能研究所所長。1962年、東京都生まれ。リクルートを経て、1994 年、オープンブック株式会社を創業。1994年、高層ビル経営シミュレーションゲームTower」(海外名SimTowr」)を発売し、国内外で高く評価され全米パブリッシャーズ協会賞ほか受賞。1999 年、育成シミュレーションゲーム「シーマン 禁断のペット」を発売。国内外で受賞多数。2015 年、日本語口語の会話エンジンの開発を目指して「シーマン人工知能研究所」を設立。

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豊田啓介さん(@toyoda_noiz
建築家、東京大学生産技術研究所客員教授。1972年千葉県生まれ。1996~ 2000年安藤忠雄建築研究所。2002~2006年SHoP Architects(New York)。2007 年より東京と台北をベースに蔡佳萱・酒井康介と共同でnoizを主宰。建築や都市領域へのデジタル技術の導入と、新しい価値体系の創出に積極的に関わる。2025 年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017~ 2018年)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ ディレクター(2020年)。

コミュニケーションの鍵となる日本語のメロディ

木下雅幸(以下・木下) CM(コンストラクションマネジメント)という立場で、私がもっとも大切にすると同時に苦労してきたのは、コミュニケーションでした。デジタルの最先端にいるおふたりと、まず語り合いたいのはその点です。テクノロジーが発達するとコミュニケーションはどう変化するのか。それは建築にどう影響するのでしょうか。
豊田啓介さん(以下・豊田) コミュニケーションの必要がなくなる世界は考えられません。しかし、その種類は変わっていきます。現在、人のあり方自体が、性別や人種だけではなくグラデーショナルに捉えられ、コミュニケーションを介するパラメーターは、人と人以外の外側へと伸びています。すでにネット上の人格が「どの程度自分なのか?」と感じるほど、身体性の根拠が曖昧になっていますね。さらに80%程度人間のようなアバターや建物の機能など、「何と何の間で?」「何をもってして?」と、コミュニケーションの定義自体が拡大していくことでしょう。
木下 斎藤さんは、20年も前に「シーマン」で、人とデジタルの会話によるコミュニケーションを多くの人に体験させました。現在は人工知能(AI)の開発に取り組んでいるそうですね。
斎藤由多加さん(以下・斎藤) 具体的には、日本語による会話エンジンです。それ自体を製品として売るのではなく、ロボットや機械、設備を「しゃべらせる」ためのテクノロジーの提供が目標です。

シーマン

シーマン 禁断のペット(1999年)
音声認識技術を利用して、画面上の水槽のなかにいるペット「シーマン」と
マイクで会話しながら飼育する。「シーマン」が飼い主との会話から情報を
得て知識を増やすことで会話内容も変化していく。日々、会話が複雑になる。使われた技術は「囲い込み」と呼ばれ、プレイヤー側の発話を誘導尋問する仕掛け。しかし、その自然なコミュニケーションに世界が驚いた。

木下 日本語の会話をAIにさせるうえで難しい点はどこですか?
斎藤 よくいわれるのは、主語の省略ですよね。たとえば川端康成の『雪国』の冒頭を読み、絵を描かせると日本語版と英語版の読者では異なる傾向が表れます。
日本語版の読者はトンネル内部から出口の先に見える白い世界。
一方、英語版の読者はトンネルから出てきた列車が雪景を走る風景を描くのです。
小説の冒頭は有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」ですが、ここには主語がありません。英語翻訳では「The train came
out of the long tunnel into the snow country.」と、列車が主語に設定されているため、その姿が描かれるのです。
日本語のコミュニケーションは、主語がなくても成り立つのです。
豊田 絵には、神の視点のような俯瞰して全体を見たイメージがありますね。言語の違いは、長くゆっくりとした時間をかけ、その社会のなかで交わされたコミュニケーションの結果と考えることができます。すると、都市を設計する際にも、主語のある都市、主語のない都市というふうに、言語の違
いを念頭に置く必要があるかもしれませんね。
木下 主語がないコミュニケーションが成り立つことが、AIの学習に影響を与えましたか?
斎藤 すでにいろいろな音声対話サービスが実用化されていますが、まだ多くの人が、AIとの会話が成り立ってないなと感じるのは、開発において「主語が必要」「文法に則して」を入口にしているからです。
しかし日本語の会話を分析すると、情報としての名詞は中国由来の漢字熟語や欧米由来の外来語などがほとんどです。対話は外国からの素材を活用し、実はコミュニケーションの要となっているのは、それをつなぐ接続詞や語尾の変化だと考えました。そこで日本語会話エンジンの開発に「メロディ言語認識」と名付けた技術を導入しています。

日本語の対話を可能にする「メロディ認識」と「願望エンジン」

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斎藤さんが所長を務める「シーマン人工知能研究所」では、従来のAI のような一問一答の会話ではなく、記憶をもち、人間の言葉にウケたり、相槌を打ったり、自然な日本語の会話生成が可能な日本語口語の会話エンジンを開発している。ユーザーの発話したコトバのイントネーションを解析し文法化する文法体系「メロディ認識」によって省略補完や文脈を生成。さらに「願望エンジン」が話者の願望に着目。その願望を抽出しベクトル化することで、会話に反映させる独自のアルゴリズムだ。

木下 たしかに語尾によって、誰が何について何を話しているかの道しるべがつくられていますね。
斎藤 しかし、現状のAI学習は「今日、夕食に行きませんか」「はい、行きます」といったやりとりを延々と繰り返しています。しかし、現実の返答は「ああ、今日はちょっとお腹が痛くて」とか「私、既婚者なんです」だったり。
木下 現状のAIでは「回答になっていない」としか判断できない。
斎藤 そうです。しかし、私たちは、そこに言外の意を探ります。「本当ですか」というコトバを学習していれば疑問だと判断できますが、「マジ」だけでは分からない。発話の抑揚を数値化し、そのメロディを学習することで「マジ?」と尋ねられていると判断できる。これを将棋対局の棋譜のように蓄積させているところです。
豊田 その棋譜が揃えば、より高次(メタ)な対局としての人とAIとの日常会話が可能になるわけですね。
斎藤 あと1年以内には、皆さんにお披露目できると思います。

時代の変わり目に登場する強いフィクション

木下 我々も業態上、コミュニケーションの本当の難しさを感じるのは、管理のためのやりとりだけでなく、相手の専門を理解し、真意を捉えた質の高いコミュニケーションです。そこは技術だけでは解決できないと感じます。
豊田 集団を相手にするほど、それはありますね。
木下 先ほどの棋譜が揃い、それに基づくAI学習が始まれば、コミュニケーションの課題解決に到達することはあるのでしょうか。
斎藤 僕は到達しないと考えます。先ほどの言外の意には「勘違い」も存在します。人間同士の勘違いは機械が補えば解決することでもないですし、勘違いのない真意だけのやりとりをしたら逆に人間は滅ぶという説もある。
木下 人が人であるがゆえの価値を生み出すノウハウがそこにある。いわばフィクションを許容する力のようなものでしょうか。
斎藤 生まれ育った国や世代によっても背負っているフィクションは違ってしまう。僕がつくったゲームに夕方になるとカラスの鳴き声が聞こえる場面がありますが、米国人はゲームを絶賛してくれましたが、そこだけ疑問だと言う。「夕方だから? ニューヨークのカラスは朝から鳴いているよ」と。

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「それぞれ背負っているフィクションは違います」(斎藤さん)
よく「若い人が」と聞くが、コミュニケーションの能力は世代差ではない。

豊田 僕は人工知能学会にも所属し、そちらの論文もよく読んでいます。「会話情報学」(西田豊明教授)では、「秋の夕暮れ」というコトバの背景には、夕陽や飛ぶトンボ、夕げの香りなど、対話者同士の共通の概念があって初めて会話が成立しているそうです。
斎藤 夕方のカラスの鳴き声は、日本人の多くが共有しているフィクションの一例です。強いフィクションほど、個々の背景を乗り越えて人びとを惹き付ける。国家や法律、通貨もそうしたフィクションといえるでしょう。
木下 建築業界では、今、まちづくりについて語り合うとすべてスマートシティの話題になる。これは最新のフィクションの例かもしれません。しかし、リアルな社会の現状に重ねようとするとどうしてもフィクションの「ほつれ」のようなものを感じてしまう。豊田さんはどうですか。
豊田 スマートシティは、空間的スケールが従来のまちづくりとは劇的に異なります。扱うべき幅や束ねるレイヤーなど、まったく新しい世界。しかし、過去の成功体験、僕は「昭和の成功体験という強すぎるモデル」と呼んでいますが、その強すぎるフィクションをいまだに重ねようとする人が多い。

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「僕がこういったファッションをしているのは、『あなたとはそもそも違う人です』を伝えるためでもあるんです」(豊田さん)
スーツを着ているだけで、「昭和の価値観」を求められる。それを断ち切るためにファッションを活用。キャップの「雑音」は社名のnoiz から。

木下 これまでのフィクションが新しいフィクションを邪魔してしまう。それが私の感じる「ほつれ」なのかもしれませんね。
斎藤 フィクション同士が邪魔し合う関係であることは事実です。しかし、新しい強いフィクションが過去の弱いフィクションをひっくり返すタイミングが必ず訪れます。それが時代の変わり目となるのだと思います。
木下 時代が変わっても、建築をつくることに携わる根源には「楽しさ」があると思います。もっと自由にいろいろな人が建築を楽しめる時代は来るのでしょうか。
豊田 来ると思います。ただ建築業界は、よく言えば真面目で、それはカタくて重い。そこで僕が注目しているのは、ゲームのもつ楽しさです。ゲームの世界はまさにフィクションですが、ロジカルかつ科学的に構築されていて、真面目に取り組む必要もある。けれども何度も失敗でき、何より楽しい。
木下 建築に必要なゲームのチカラについては、引き続き次号で議論を深めていきたいと思います。

後編に続きます。

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山下PMC 取締役 専務執行役員 木下雅幸(@kinoshita_massa
山下設計での設計業務、大手生命保険会社、不動産投資グループでの新規投資・バリューアップ等の投資事業を経て、山下PMCに入社。ビジネスモデル創出型のサービスを展開し、まちづくり、スポーツ、学校、オフィス等、多数の大規模プロジェクトを担当。また、CIO(最高イノベーション責任者)として改革を推進している。著書に 『ムダな努力ゼロで大成長 賢い仕事術』(ダイヤモンド社)がある。


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