見出し画像

No.100 『オハラ』 光学ガラスの名門の行方

社内の法人営業部門に対して少し前に書いた文章を今回は紹介したいと思う。鬱屈とした現在の状況が早く終焉し、企業の決算説明会に再び参加できる日を待ち望んでいる。

デジタルカメラ市場の縮小による影響を受けているのは、キヤノンやニコンなどのカメラメーカーだけではない。主要部品であるレンズの材料メーカーも大きな痛手を被っている。その代表がオハラと言っていい。

オハラはガラスの専業メーカーである。ガラスメーカーといえば、AGCや日本板硝子などを想起する人も多いだろうが、彼らが手がけるのは建築や自動車、液晶用のガラスだろう。これに対して、オハラが得意としているのは、レンズ交換式カメラ(一眼レフとミラーレス)や半導体露光装置などに使われる光学ガラスである。普通のガラスとの違いを聞かれると答えに窮するが、光学ガラスの場合には屈折率が技術的には重要なポイントであろう。原料の配合を調整することによって、それぞれの用途に求められる最適な屈折率を導き出だすことがノウハウだ。屈折率がいい加減だと、きれいな映像を撮影したり、微細な半導体を製造したりすることができない。オハラは光学ガラスの分野において、世界でもトップクラスの技術を有する企業と考えられる。

主要な株主がオハラの重要性を物語っている。セイコーHD、トプコン、キヤノン。創業者の小原甚八氏が起業するとき、それを資金面で支えたのがセイコーであった関係から、今でもオハラの筆頭株主となっている。次いで歴史的に関係が深いのはトプコンだろうか。戦時中に同社が陸軍へ光学製品を供給していた時、光学ガラスの製造を担っていたのがオハラであった。セイコーやトプコンに比べると、キヤノンとの関係は若いと思われるが、レンズ交換式カメラや半導体露光装置を中心に、現在の主要顧客という意味ではオハラにとってキヤノンが最も重要な相手と考えて良い。一方で、ニコンの名前が出てこないことを不思議に感じる人もいるかもしれないが、彼らはもともと光学ガラスを内製していたので、オハラとの関係は相対的に希薄なのではないかと思われる。

直近の決算は厳しかった。2019年10月期の業績は、売上高234億円(前期比▲17%)、営業利益9億円(同▲72%)。振り返ると、この一年間は期中で2度、業績予想を下方修正している。2回目の減額は2019年9月とそれほど前の話ではない。にもかかわらず、営業利益の見通しは当初の13億円から更に大幅な未達となった。四半期で見ると、4Q(8-10月期)だけでは4億円の赤字に転落している。

なぜ、これほど損益が悪化したのか。最大の理由はレンズ交換式カメラの数量減と考えられる。工業会の統計によると、2019年の1月から10月までの生産数量は前年比▲28%であった。もっとも、スマホの台頭によるデジカメ市場の縮小は今に始まったことではない。レンズ交換式カメラも2012年がピークであった。にもかかわらず、会社側の説明が改めて衝撃的だったのは、今年に関しては「クリスマス商戦に向けた作り込みの動きすら見られなかった」からである。あてにしていた季節需要が期待外れに終わったことで、光学ガラスの在庫が積み上がり、4Qは生産調整を余儀なくされた。ガラスの製造は装置産業的な色彩が濃いだけに、稼働率の低下は損益の悪化に直結しやすい。

もう一つ理由があるとすれば、新しい用途として注力するスマホ筐体向けのガラスが想定よりも伸びていないことだ。衝撃に強く、透明性に優れた高付加価値ガラス(『ナノセラム』)を、中国のスマホメーカーへ納入する計画となっているが、「加工メーカーの変更や評価項目の仕様変更により、商流確立が遅延している」。要するに生産面でトラブっている模様だ。そもそも、カメラや露光装置に比べて、スマホの生産ロットはケタ違いに多い。だからこそ、オハラも魅力を感じたのだろうが、製造技術に優れているとしても、量産技術に優れているとは必ずしも限らないだろう。オハラは今、高い授業料を支払っているのかもしれない。

懸念されるのは、損益悪化に直面しているにもかかわらず、コスト構造の改革に踏み込む話が全く聞かれないことだ。むしろ、プロジェクターや監視カメラ、車載カメラなど成長が見込まれる用途の製品力を強化するために、研究開発費を19年10月期の9.5億円から20年10期は14億円へ大幅に増やすとしている。在庫調整の一巡と用途の拡大を前提に、20年10期の営業利益は8億円(前年比▲11%)と引き続き減益ながら黒字確保を予想しているが、攻めの姿勢一辺倒が災いして損益をさらに悪化させる可能性も否定できない。

オハラの苦境で想定されるシナリオは何か。ひとつはHOYAによるオハラの買収である。光学ガラスのメーカーといえば、HOYA、オハラ、ニコンの3社。ニコンに買収する体力はないが、HOYAにとっては光学レンズの川上を独占できるチャンスだ。あるいは、キヤノンが防衛的な意味合いで名乗りをあげるかもしれない。HOYAに材料を独占されるのは本意ではないだろう。または、光学ガラスの技術を求めて、中国企業が食指を動かすかもしれない。

精密機器の業界も再編の機運が高まりつつある。

無名の文章を読んでいただきありがとうございます。面白いと感じてサポートいただけたらとても幸いです。書き続ける糧にもなりますので、どうぞよろしくお願いいたします。